文系(舞台とか)

2012年8月21日 (火)

リアル脱出ゲームって、なんだ?

ある暑い夜、いい年こいたおじさんとおばさんたちが集まって四方山話をしていました。

話の流れから「リアル脱出ゲーム」なる言葉が出てまいりまして、全員で

「それはなんだ?」

言いだしっぺも

「リアルに脱出するゲームらしい」

というマヌケなことしか答えられませんでした。

早速調べるざます。

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リアル脱出ゲームとは」というサイトがありました。

http://realdgame.jp/archives/category/about

読んだだけではよく分からない人のため?の動画付きです。

What is the Real Escape Game?

http://youtu.be/jbPW10koNj0

ほー、おもしろそうだけど、中高年には息が切れそう。

あちこちでやっていて、中国やシンガポールなど海外にも進出してるとか。

↓サンフランシスコでも。

The Escape from The Werewolf Village

(予告編みたいなの)

(サンフランシスコリアル脱出ゲーム vol.1 人狼村の脱出)

http://youtu.be/eY6iM0Pu2oE

Jinrosanfrancisco_realescape Drmad_sf_flier_660

次はこれらしいです。

http://realdgame.jp/archives/3031

Evaxreg_660

2012.8.25 Saturday - 8.26 Sunday

サンフランシスコリアル脱出ゲーム第3弾
Escape from an Angel
Real Escape Game x Evangelion

サンフランシスコの日本街に偽装された NERV 本部。
突如、何者かにより取り囲まれてしまった。
姿が見えない謎の「使徒」により、閉じ込められてしまう職員。
聴こえてくる謎のメロディー、そしてMAGIに表示される謎の暗号。
NERVの職員であるあなたは、この謎めいた場所から脱出することが出来るだろうか?

あらま、今週末じゃありませんか。

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2012年7月13日 (金)

サバイバル俊寛

『俊寛』その2

wikipedia『俊寛』にこんな記述があります。

『源平盛衰記』によると、藤原成親は松の前・鶴の前という二人の殿上童を使って、俊寛を鹿ケ谷の陰謀に加担させたという事になっている。松の前は美人だが愛情の足りない女で、鶴の前は不美人だが愛情に溢れた女であった。成親がこの二人に俊寛の酒の相手をさせた所、鶴の前に心をよせて女児を生ませた。すっかり鶴の前に心を奪われた俊寛は、謀反に加担する事を同意したのだ、という。〉

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%8A%E5%AF%9B

『平家物語』とは趣きが違います。

この『源平盛衰記』を下敷きにしたと思われる作品2点。借りてきました。

『俊寛』芥川龍之介 新潮社文庫(『羅生門・鼻』に収録) 昭和43年7月20日(初出「中央公論」1922(大正11)年1月)

『俊寛』菊池寛 講談社 歴史小説名作選2(源平・鎌倉 もののふの譜に収録) 1992年3月19日(初出は1921年「改造」10月号)

まずは芥川『俊寛』から。

有王の語りで始まります。世間には嘘ばっかり伝わっていると。

鬼界が島に渡った有王の前に現れたのは、〈昔よりも一層丈夫そうな、頼もしい御姿だったのです。〉

島の〈土人〉たちに大切にされ、暮らしむきもまあまあ。島へきて何が嬉しかったといえば、

〈あのやかましい女房のやつに、毎日小言を云われずとも、暮らされるようになった事じゃよ〉

陰謀を計ったことなどない、とさえ言います。中御門高倉の大納言様の屋形へ、鶴の前という女人目当てに通ったばかりに災難が降って湧いた、と。

共に流された成経は己が身を嘆いてばかり、康頼は願掛けも数で勝負とばかり卒塔婆を流しまくる・・・

やっと赦免船が来たが、俊寛の名がない。ないのは高平太(清盛)が自分を恐れているからだと。

〈天下は誰でも取っているが好い。〉

〈この島に一人残されるのは、まだ仕合せの内かもしれぬ。〉

が、赤児を抱いた成経の妻は船に乗せてくれろとすがる。裾をつかまれた成経は冷たく女の手を刎ねのける。それを目にして俊寛、大爆発。僧にもあるまじき罵詈雑言の限りをつくし、(女を乗せろと)遠ざかる船に返せ返せと手招きをした・・・・

で、この騒ぎが俊寛の狂乱として都に伝わったのだと。

有王は俊寛を置いて帰ります。

〈相変わらず御一人悠々と、御暮らしになっていることでしょう。〉

菊池『俊寛』 

逞しい俊寛です。

ともに流された成経、康頼はへこたれて愚痴ばかりで、俊寛は二人にうんざり。

迎えの船が来て喜んだのも束の間、許されたのは成経、康頼だけ。

いっときは絶望した俊寛だが、清冽な泉をみつけ椰子の実を貪り食うと、その旨さ有難さに都のことなど空虚なつまらないものに思え、生きる力が湧いてきた。

それからの俊寛の行動は目覚しい。自力で新しい家を建て、弓を作って狩をし、魚をとり、畑を開墾し、物々交換で種を手に入れ麦を育てる・・・

毎日の生活に意味を見出すと、平家のことなどどうでもよかった。

そして、島の娘と出会い結ばれ次々と子供が生まれる。

有王が尋ねてきたのは文治2年(1986年)と書かれ、平家物語の治承3年(1179年)とは大分ずれがあります。1185年に平氏は滅んでいます。

有王は変わり果てた主人の姿に驚き、都に帰ろうと言葉を尽くします。

が、俊寛は島の暮らしにすっかりなじみ、有王の説得に応じません。

〈都に帰ったら、俊寛は治承3年に島で果てたという風聞を決して打ち消さないようにしてくれ。(中略)俊寛を死んだものと世の人に思わすようにしてくれ〉

で、平家物語の記述とつじつまが合うようにしています。

この部分、『源平盛衰記』がそうなっているのでしょうか、はたまた作者の創作か・・・

知りたかったら『源平盛衰記』を読みなさい、ということでしょうね。

なお、菊池『俊寛』では、妻が松の前、娘が鶴の前となっておりまする。

それにしても、小説家も講釈師と同じで、大昔のことをさも見てきたように書くものですね。

いえいえ、嘘っぱちと非難しているのでなく、菊池『俊寛』は読み物として面白いということです。

ちょんちょん。

・・・待った、『愚管抄』が残っている。

ネットには

「『愚管抄』などによると使いが到着した時にすでに俊寛は死んでいたようです。」
朗読 平家物語
http://roudoku-heike.seesaa.net/article/95948352.html )

という記述があります。

となれば、歌舞伎や小説『俊寛』は成立しませんが、これ以上詳しい話は今のところネットでみつかりません。となれば・・・

『愚管抄』を読みなさいってことですか。無理だあ・・・と言いつつ

愚管抄 第五巻
http://www.st.rim.or.jp/~success/gukansyo05_yositune.html

たしかに文中に

〈俊寛と検非違使康頼とをば硫黄の嶋と云所へやりて。かしこにて又俊寛は死にけり。〉

(カタカナをひらがなに変換→読みにくいので。)

という記述がありますが、いつ死んだとは書いてないと思ふのですよ。気になるなあ・・・

(まだ続けるつもり)

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2012年7月12日 (木)

足摺る俊寛

先日の歌舞伎見物は「俊寛」でした。

正確に言うと、

平成24年6月歌舞伎鑑賞教室「俊寛」
近松門左衛門作 平家女護島(へいけにょごのしま)
俊寛 一幕 鬼界ヶ島の場

お話はあまりに有名。

平家討伐の陰謀がばれて、俊寛僧都、平判官康頼、丹波少将成経が絶海の孤島鬼界ヶ島へ流されて3年。
若い成経は島の海女の千鳥と恋に落ち夫婦となります。
ささやかな祝言の最中、船が現れ、康頼、成経の赦免が告げられます。
が、どこにも俊寛の名がありません。
嘆き悲しんでいると、別の使いが現れ俊寛も許されます。
しかし通行証は3人分だけ。千鳥は乗れません。
自分が残るから千鳥を乗せてくれと俊寛は懇願し非情に拒まれ、ならばと侍を斬り殺し千鳥を乗船させます。
残ると決意したものの、いざ船が出て行くと、俊寛の思いは乱れ、遠ざかる船を必死に呼ばわるのでした。(ここが見どころ「足摺」の場面)

さて、近松門左衛門さんが「さあ感動しろ」と脚色したこの話の史実はどうなっているのでしょう。
恥ずかしながら日本史は不得手。なにがなんだかさっぱり分かりません。

図書館で本を借りてきました。
『俊寛』日本の物語絵本18 ポプラ社 2006年6月 松谷みよ子・文 司修・絵
『俊寛』絵巻平家物語(三)ほるぷ出版 1985年12月 木下順二・文 瀬川康男・絵
『平家物語』四 鬼界が島の巻 あすなろ書房 文・生越嘉治 絵・佐藤やゑ子

歴史書じゃなくて全部児童書・・・とバカにしてはいけません。実にわかりやすいのですよ。生越嘉治さんのほかの二冊も『平家物語』を下敷きにしているようです。と、わざわざ断ったのは、他に『源平盛衰記』『愚管抄』などの資料もあるからです。

どのみち歴史とは勝者の都合の良いように書いた物語じゃございませんか。

松谷みよ子作『俊寛』

赦免されず残される俊寛の高僧であったとも思えぬ未練の振る舞いを描き、その後家来の少年有王が尋ね来たときにはやせ衰えたみすぼらしい姿を晒す。

有王は悲しい知らせをもたらす。妻も子も死んだと・・・俊寛は食を断ち23日後に37歳の若さでなくなる。

近松千鳥はでてきませんよ~。

〈はなやかな都から罪人として孤島へ送られ、恩赦にも見はなされ、ただ一人島に残されたまま死んでいく男の哀切さは『平家物語』のテーマである「盛者必衰のことわり」を示すばかりか権力者の非情ぶりまでも鮮やかに象徴させています。〉

と、西本鶏介昭和女子大学名誉教授が解説しています。

木下順二作『俊寛』

こちらは「鹿ケ谷の陰謀」も描いています。多田の蔵人行綱の裏切りで発覚するのですが、清盛の息子重盛のとりなしで、死罪を免れ島流しとなります。「平家物語」の記述にもとづき、俊寛を気性激しく傲慢、僧にも拘らず“天性不信第一の人”=信心度ゼロ、としております。他二名は信心厚く、結局はそれがために赦免されることになったと。

この話でも、俊寛は去り行く船に未練たっぷり「やあれ、のせてゆけ、つれてゆけ。」をわめき叫んでおります。

やがて有王が苦労して島に渡ってきますが、主はやせおとろえたみすぼらしい姿をあらわします。

有王から身内は娘一人を除いて死に絶えたときき、食を断ち23日目になくなります。

作者のあとがきから抜粋

〈『平家物語』は、俊寛の性格をはっきりと、「僧なれども、心もたけく、おごれる人」といっている。(中略)清盛へは恩をあだでかえし、すべてのことにごうまんであった、というふうにかかれている。
(略)
人間の運命はすべて、因果応報の道理にみちびかれているのだという、『平家物語』のあの最初のくだりとひびきあう思想である。

しかし、いまひとつ、さらにくっきりと私たちに印象づけられるのは、(中略)なんとか生きのびていこうと全力をつくしてたたかう、すさまじいまでに行動的な俊寛の姿である〉

(この、「なんとか生きのびていこうと全力をつくしてたたかう、すさまじいまでに行動的な俊寛の姿である」というのが、正直この絵巻ではぴんとこなかったのですが、「源平盛衰記」を下敷きにしたと思われる小説(芥川龍之介、菊池寛)を読むと納得。)

、『平家物語』四 鬼界が島の巻 

原典を読んだことがございませんのですが、たぶん、わかりやすく噛み砕いたものでありましょう。

「鹿ケ谷の陰謀」の陰謀から始まり、ばれて流され、37歳でなくなるまでです。

平清盛の息子重盛が父の横暴をおさめる様がえがかれています。清盛は重盛に頭が上がらなかった・・・だから近松俊寛で、重盛が赦免状を出す話になったのかも。

この本では言葉は押さえていますが、俊寛が他二人と別に暮らしたのは、俊寛の不信心で傲慢な性格であったと示唆しています。

以上、とりあえず、やさしい読み物3冊。

ひとつ気になったのは、年号が微妙に違うことです。

松谷版『俊寛』の解説には「治承元年(1177年)の鹿ケ谷事件」とかかれ、木下版『俊寛』では島流しは安元三年(1177年)と書かれています。国立劇場の解説は島流しは治承元年。

元号の治承は

安元3年8月4日(ユリウス暦1177年8月29日) 改元
治承5年7月14日(ユリウス暦1181年8月25日) 養和に改元

つまり1177年8月29日から1181年8月24日までのこと。

wikipediaによると「鹿ケ谷事件」は1177年6月1日に発覚しています。俊寛らは4日に一網打尽にされています。8月29日まで待たず、さっさと流しちゃったと思うのですが・・・

(続く予定)

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2011年7月 8日 (金)

歌舞伎と一口に言っても・・・

先日またお友達にお誘いいただいて歌舞伎見物に行ってまいりました。

今回は国立劇場で演目は「義経千本桜」。

うふふむふふ、いかにも「これぞ歌舞伎」って感じのタイトルです。ザ・カブキ。It's the KABUKI・・・

歌舞伎に関しては薀蓄のひとかけらもない素人ですので、手元にあったアンチョコであらすじだけ読んでいきました。

が、ですね、素人の悲しさでありまして、「義経千本桜」は話がいっぱいありましてですね、いつも全部上演するわけでなく、選んで二場くらいするものらしいです。

で、あらすじを読んでいったのと全く違う場が今回上演された訳で・・・

110708yositune

「義経千本桜」とはそういう具合に上演されるものだと分かっただけでも勉強になりました。

(江戸の昔の芝居見物は弁当持って一日がかりと聞いたことがあります。もしかして全部上演してたのかしらん。)

いろんなお話があると分かったのは、劇場においてあったチラシ↓を読んでです。

110708siryokan

このチラシによると、原作は人形浄瑠璃でして、原作による場割は以下の通りだそうです。

〈初 段〉大内の段、北嵯峨の段、堀川御所の段、堀川御所塀外の段

〈二段目〉伏見稲荷鳥居前の段、渡海屋の段、渡海屋奥座敷船矢倉の段、大物浦の段

〈三段目〉下市村椎の木の段、下市村竹薮小金吾討死の段、下市村釣瓶鮓屋の段

〈四段目〉道行初音旅、河連法眼館の段、河連法眼館奥庭の段

〈五段目〉蔵王堂花矢倉の段

と、全部で15話。

読んでいったのが「下市村釣瓶鮓屋の段」と「河連法眼館の段」で、今回の上演が「渡海屋の段」「大物浦の段」・・・

源義経を縦糸とするなら、死んだはずの帝(安徳天皇)や平家の武将たちが横に絡んできて、それはもう聞くも涙、語るも涙(のはず)のお話でした。

滅びゆくものを哀れと思う庶民の心情が、帝や平家の武将を劇の中で生かしてしまったのでしょう。

源義経だって、実は死なずにモンゴルに落ちのびてチンギス・ハーンとして名を馳せた、なんて話も出来上がっちゃってますし。

劇評は通の方々に任せるとして、これで最近続けて3回歌舞伎見物をしたのですが、いやあ、歌舞伎っていろいろ実に広範囲の芝居を含んでいるのですねえ。

1回目が明治座「怪談牡丹燈籠」、2回目シアターコクーン「盟三五大切」、そして今回。

全部雰囲気が違います。歌舞伎をよく観ていらっしゃる方ならご存知なのでしょうが、歌舞伎には種類がある、ということを今回知りました。

↓国立劇場でいただいてきたパンフレット「歌舞伎 -その美と歴史-」河竹登志夫。

110708kawatake

実に分かりやすく書いてありました。

それを適当にまとめると、

○まず「純歌舞伎作品」と「丸本物(義太夫狂言)」。

 違いは、最初から歌舞伎として書かれたか、元来人形浄瑠璃のためかかれて後から歌舞伎化されたか。

次に、普通の劇と舞踊劇。

○普通の劇は二大別すると「時代狂言」と「世話狂言」。

 ◇「時代狂言」は三つに分けられ、

 1「王朝物」平安末までの王朝の皇族やお公家さんの話。

 2「時代物」源平から戦国時代へかけての武将を主人公とするもの。

 3「お家物」徳川時代に方々で起こったお家騒動の話。

 ◇「世話狂言」は、当時(徳川時代)の現代世間の話題を狂言化したもの。

○舞踊劇

 1「能取り物」能の曲を歌舞伎にしたもの。

 2「狂言舞踊」(能・狂言の)狂言をもとにした軽妙でこっけいなおどり。

 3「純歌舞伎舞踊」はじめから歌舞伎のためにつくられたもの。

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「義経千本桜」は、というとですね、もとが人形浄瑠璃なので「丸本物」、かと思ったのですが、「時代物」のところに作品名が上がっていました。

前回「盟三五大切」、前々回の「怪談牡丹燈籠」は「世話狂言」ですかな。前2作がいまどきのお芝居風で実に分かりやすかったのですが、今回は原作が人形浄瑠璃と聞けばああそうかと納得がいくような静止場面の多い「古典的」な舞台でした。

見得も切るし、定番の名台詞「恨み晴らさでおくべきか」「知らざあ言って聞かせやしょう」などもあるし、歌舞伎メークもあるし、義太夫が話を運ぶし・・・ 

義太夫には字幕が付きました。さもなければ、何を言ってるかさっぱり分かりませんでした。助かった・・・・

この程度の知識なので、劇評なんてとても出来ません。期待して辿り着いちゃった方がいらしたら、ごめんなさいまし。

蛇足:

当日渋谷駅で乗車した地下鉄半蔵門線が動きません。駅員さんに聞いたら車輌故障発生しているとのこと。

半蔵門駅か永田町駅に行きたいと相談したら、銀座線「赤坂見附駅」が国立劇場最寄の「永田町駅」と繋がっているという説明を受けました。

運行再開を待つか迷った挙句、渋谷駅構内を延々と歩いて銀座線に乗りなおして「赤坂見附駅」で降りました。

そしたらですね、繋がっているとはこういうことだったのですか、改札をでないで構内地下通路を「永田町駅」まで多分1駅分くらい延々と歩いて移動する羽目に。

ようやく国立劇場に辿り着きましたが、乗り換えて正解でした。永田町に着いた時点で半蔵門線はまだ止まったままでした。

それとですね、半蔵門線の渋谷駅から出るのに振り替え手続きのためか有人改札に長い行列が出来ていて、あれに並ばなければ出られないのか(それは嫌だ)と、改札にスイカをかざしたら「出られません」と案の定拒否され(普通スイカだと、入ったその駅では改札を出てくることはできません)、あ~あ困ったなと思ったら、隅の開けっ放しの改札をパスカードかざして出て行くお姉さんがいて、試しにそこにスイカをかざしたら「0円」で通してくれました。

わあ、どういうこっちゃ。(さっさと行ってしまお・・・)

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2011年6月15日 (水)

牡丹燈籠

一月前になりますが、歌舞伎「牡丹燈籠」を友人にお招きいただいて観に行きました。

歌舞伎座改修中につき、明治座での公演です。

「牡丹燈籠」はあまりにも有名な話ですから、生涯二度目の歌舞伎見物なれど、よもや理解可能にての居眠りもしまい・・・(無粋極まれり)

そう、お話は分かりやすくて面白うございました。それまで明治座では歌謡ショーのおまけの芝居なんぞばかり観ておりましたので思わず、

「やっぱり歌舞伎はいい・・・」

と、通でも(半可通でもさえも)ないのに嘆息。

しかし、やっぱり無粋な観客には落とし穴がございます。

演目は他に「高坏」とありまして、全部で3幕です。

1幕目はご存知の通り、侍萩原新三郎に惚れて焦がれた娘お露が、盆の十三日恋しい新三郎様の元へ、牡丹紋様の燈籠下げたおつきのお米とともに、カランコロンカランコロンと下駄の音を響かせて尋ねてくる・・・

お露とお米が死霊であることが分かって、心配した知人は新三郎が取り殺されないように家に御札を貼り金無垢の海音如来を持たせるが、使用人夫婦が金に目がくらんで死霊の手助けをし、哀れ新三郎は・・・ という話。

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)も書いている話です。(というかラフカディオ・ハーンの怪談しか知らなかったので、今回とんちんかんな歌舞伎理解になったのですが。)

似たような話もあります。上田秋声の「雨月物語」の「吉備津の釜」。これも男が女の死霊に魅入られて家に御札を貼って身を守ろうとするが最後の夜にだまされて夜明け前に戸を開ける・・・ 両方とも昔の中国の話(「剪燈新話」の中の「牡丹燈記」)に由来するといわれています。

1幕目の緞帳が下りて、さあ、終わったと夕食のお弁当を食べながら、頭の中では小さな疑問符がオクラホマミキサーしておりました。もう一つの演目の「高坏」はいわば小咄。それが2幕もやるかあ・・・ どんな演出だあ・・・

2幕目が開いてたちまち疑問氷解。こっからが「牡丹燈籠」の本編みたいな込み入った話になってきました。1幕目の冒頭に出てきたお国と源次郎、新三郎を裏切った使用人夫婦の供蔵とみねとが絡み合って、どろどろの血みどろの話になります。

拙い文章で書いても面白さは分かりませんので、ご鑑賞を。といっても気楽に観られる料金ではありません。ご招待いただいたので見ることが出来ました。持つべきはチケットくるる友よ・・・

歌舞伎牡丹燈籠の原作は、落語家三遊亭円朝の「怪談 牡丹燈籠」です。歌舞伎観賞後に気になって読んでみました。

そしたらですね、歌舞伎とは話が違うじゃありませんか。歌舞伎のほうは芝居向けに話を整理してアレンジして、それが成功しているのですが、原作には歌舞伎とは違った面白さがあります。原作では忠義者孝助が話を回しているようなところがありますが、歌舞伎では孝助はすぱっと割愛されてます。

そして大前提の新三郎とお露の死霊の話も、読み終わってみれば、死んでもなお恋しい純愛の正体はあっと驚くそんな話かよー、みたいな。

興味があったら三遊亭円朝の「怪談 牡丹燈籠」を読んでみてください。江戸末期から明治にかけての人ですが、落語をそのまま速記で採録しているので、言文一致で読みやすい話です。円朝は絵師歌川国芳の弟子になったりもしています。

読みましたのは

「怪談 牡丹燈籠」三遊亭円朝作 岩波文庫 
1955年6月25日 第1刷発行 
2002年5月16日 改版第1刷発行

永く読み継がれているようです。

さて、肝心の芝居のできばえはどうだ役者はどうだ、といいますと、根が無粋な観客に聞くのが野暮というもの。良かった、のほかに語彙を持ちあわせませぬ。どだい、市川染五郎と聞けばラ・マンチャの男の先代(現松本幸四郎)しか思い浮かびませぬ旧弊な凡人でございまする。

(中村七之助さんの二役のうちお露は無理無理感ありありでしたが、お峰は大変よろしゅうございました。)

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2011年4月30日 (土)

「天一坊」とはなんぞや 3

4月26日の「「天一坊」とはなんぞや」、のその3。

●『天一坊事件』 菊池寛 
 菊池寛全集 第三巻  
 文芸春秋 平成6年1月15日発行
 (初出「日の出」昭和8年1月号)

浜尾四郎(昭和4年)、直木三十五(昭和9年以前)の天一坊と発表時期に大きな隔たりはありませんが、「天一坊の真偽より幕府の利益優先」の前2作とは違い、一言でいうなら「純愛小説」の趣きあり。

天下の名君吉宗公は不遇の若き日、忠誠と愛慕に溢れた少女「沢の井」と結ばれ、沢の井は懐妊する。その頃吉宗の周囲が動き始めており、沢の井は涙ながらに身を引く。将軍職についたあとも吉宗公は沢の井を忘れたことはなかった。

そこへ出現した「天一坊」。できるだけのことはしてやろう・・・

確かに証拠の品は持っていたが、不審がある、と大岡越前守が部下を遣わして調べると、沢の井とその子は出産と同時に死んでおり、天一坊は、沢の井の母からお墨附と短刀を奪っていたことが判明。一味は捕縛された。

しかし吉宗の心は晴れない。

「心の虹が、めちゃめちゃに塗りつぶされたことが、限りなく悲しかった」

と菊池寛は書いています。

***********

以上とりあえず短編の「天一坊」数点。

まだ柴田錬三郎『徳川太平記』が残っていますが、590ページの長編です。気力を蓄えてから読まないと挫折しそう・・・

早乙女太一主演「新説・天一坊騒動」観劇から始まった「天一坊」めぐりですが、さて何が新説であったか。

『芝居の裏おもて』三田村鳶魚
『殺された天一坊』浜尾四郎
『大岡越前の独立 大岡忠相・天一坊』 直木三十五
『天一坊』下母澤寛
『天一坊事件』 菊池寛

になくて「新説・天一坊騒動」にあるもの。それは、

母が死んだのではなくて女郎屋に自ら身売りし、なおかつそこで天一坊の妹を生んでいること。

天一坊と吉宗公が対面していること。

この2点が、どの資料から出てきたのか気になります。脚本家のイマジネーションのなせる描写でしょうか。

三田村鳶魚を除く上記4点いずれも見てきたような話に仕上げておりますし、要するに、より感動させた方が勝ち、の表現者の世界ですから、観る方もつべこべ言わずに楽しむべし・・・

**********

なお、三田村鳶魚『芝居の裏おもて』で俗説とされている『天一坊実記』は

国会図書館「近代デジタルライブラリー」
http://kindai.ndl.go.jp/

で公開されています。

「天一坊実記」
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/881661/1

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2011年4月28日 (木)

「天一坊」とはなんぞや 2

4月26日の「「天一坊」とはなんぞや」、の続きです。

●『大岡越前の独立 大岡忠相・天一坊』 直木三十五 
 時代小説大全集4 人物日本史 江戸 
 新潮社版 新潮文庫 平成2年9月25日発行
 (初出不明、1934年(昭和9年)4月から刊行された直木三十五全集(改造社)全21巻中の20巻に収録されている)

本編に入る前の編集部の文章でいきなり

「天一坊事件として知られる将軍後落胤事件も、実際には、吉宗の御落胤と名乗って金品をだまし取った山伏が処刑されたという事実があったにすぎない。」

と断定的に書かれています。さらにその文章の前で

「現在もテレビで親しまれている名奉行大岡越前の物語、いわゆる“大岡政談”は、そのほとんどが、中国の裁判小説「棠陰比事(とういんひじ)」や「イソップ物語」からの翻案、もしくは換骨奪胎であるとされている。」

と、ばらしてしまっています。

「大岡越前守の業績としては、まず評価しなければならないのは、物価安定のための流通組織の確立や、街火消、或いは小石川養生所の設置といった政治的手腕なのである。」

この作品のテーマは「いつの世でも変わることのない為政者と庶民」と書かれています。

この作品が発表された昭和5年の時代背景は浜尾四郎『殺された天一坊』昭和4年とほぼ同じかと思われます。

さて、作品中では、松平伊豆守信祝(まつだいらいずのかみのぶとき)が阪井右京を遣わして調べたところ、天一坊は御落胤間違いなしとの報告。

一方の天一坊本人は、取り巻きがそういうのでそういう気にもなったが、越前守に激しい言葉で問われると自分の素性に自信なし、自分で落胤だと信じていい何の証拠も無い、と弱気。

信祝は越前守を呼びつけて申し渡します。

「偽物と明かになれば、申し分はない。万一御落胤ときまった折には― 
(中略) 
徳川家のために、仮令(たとい)、本物であろうとも、贋物として処置しなければならぬ」

その理由として、「氏より育ち、二十を越すまで、素性卑しく育った者を、この城中へ入れることは、いろいろと弊がある。」「周囲には、浪人者の不逞な徒輩がいるらしい。(中略)患いの種を蒔くことになる。御当家万代のためには・・・」

つまり、はじめに結論ありき。天一坊が本物の御落胤を殺して御墨附と短刀を奪った、という証拠をでっち上げて処刑してしまう。

小説の中とはいえ、次のような恐ろしいセリフが出てきます。

「その時代の人心に、司政者に利のある時には、法を枉(ま)げてもよい、と」

●『天一坊』下母澤寛 
 時代小説の楽しみ六 大江戸指名手配 
 新潮社 1990年8月1日
 (底本は『飛ぶ野火』大道書房 1941年)

こちらは、一儲けを狙う詐欺師常楽院に丸め込まれた小悪党の天一坊がお白洲へ引っ張りだされるまでを書いていますが、実に品性に欠ける天一坊に仕上げています。

結局は、詐欺の片棒を担いでいた武士本多源左衛門が、集まった金をそっくり盗み出して品川の沖へ沈め、自分に有利にと案を練りに練って、関東郡代伊奈半左衛門江戸の役宅へ駆け込み訴えをした、という話。

なお、三田村鳶魚の『天一坊』では、本多源左衛門が訴えをした件をこう書いています。

「橘町小兵衛店十次郎方牢人、本多儀左衛門というものが、伊奈半左衛門忠達の用人遠山軍太夫へ、この頃南品川常楽院におらるる天一坊殿は、当将軍家御筋目のよしで、お目見えを願う者も多い、自分もお目見えを願うについて、一応お伺いいたしおきたい、と申し出たのは、享保十三年の夏の頃であったという。」

本多左衛門がここでは本多左衛門となっていますが、後半では本多源左衛門となっています。三田村鳶魚の書き違いなのか別人物かは不明ですが、話の筋からは同一人物と思われます。

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2011年4月26日 (火)

「天一坊」とはなんぞや 1

過日友人にお招き頂いて「新説・天一坊騒動」を観に行ってまいりました。評判の女形の早乙女太一さんの実物みたさでありまして演目は何でも良かったのですが、観終わって「天一坊とはなんぞや」といたく興味をそそられました。

「将軍吉宗公の落胤を騙り世を騒がした事件」とは知っておりますし、「昭和の天一坊」なる詐欺事件も耳にはしておりますが、実際どういう事件であったのか。

ネットで調べたら、なんともはっきりしない話ばかりでして、どうも公式文書さえきちんと残っていない事件だったようです。だからこそ、後世好き勝手に脚色可能なようで、いろいろな方がいろいろなことを書いています。その幾つかを読んでみました。

最初に読んだのが三田村鳶魚の「天一坊」でした。おかげで諸説の迷宮に入り込む前に心の準備が出来た気がします。

●『芝居の裏おもて』三田村鳶魚 鳶魚江戸文庫19 朝倉治彦編 中公文庫 1998年3月18日発行
(単行本は大正9年3月、玄文社より刊行。「天一坊」は「日本及日本人」大正4年7月1日号掲載)
(文庫本157頁に収録の)『天一坊』より引用

「 天一坊事件に関する、当時の文書も記録も伝わっていない。瀬名貞雄のような幕事に委しい人でさえ、かの申渡書のほかには、知らなかった。従って、臆説や脚色が極めて自由である。そうしたことになるのも、名君吉宗の素行を発端とする次第だから、他の犯罪のごとく、申渡書にさえ、科条を明記しなかった。誰も忌憚して、事件の顛末をいわないようにする。幕府では、名君の盛徳のために、本件を隠滅させるのにつとめたに相違ない。(以下引用略)」

 三田村鳶魚は、『夕日物語』(名古屋藩士高力種昌(こうりきたねまさ)の随筆)、『天一坊実記』(俗説)、『瀬田問答(らいでんもんどう)』、『古木集(こぼくしゅう)』、『醇堂漫抄(じゅんどうまんしょう)』、『楓林腐草(ふうりんふそう)』、『白竜子筆記(はくりゅうしひつき)』、『翁草』、『享保通鑑』、『耳嚢(みみぶくろ)』等を傍証に、天一坊事件はお粗末な姦計と結論づけている。

以下、三田村鳶魚『天一坊』説をお借りしてまとめたもの。

享保13年(1728年)夏に発覚し、翌14年(1729年)4月に関係者処刑で幕を閉じたこの事件、吉宗公が「覚えがある」と言ったために、もしやとの騒ぎになった背景には、「覿面な前例」が「徳川の宗家・分家に甚だ多い」からであった。「尾張の義直」などは本人が「一向覚えがない」と言っているのに近習が証人に立って庶子認知をさせてしまっている。

となれば、頭から天一坊を疑うわけにもいかず、伊奈半左衛門忠達(たださと)が慎重に取り調べを進めることになる。

処刑された享保14年、天一坊31歳。すると出生は元禄12年、当時吉宗公は鯖江の領主で16歳。天一坊の出生地とされる紀州で吉宗公が過したのは12歳まで。この段階で紀州落胤説が成り立たない。生母およしが江戸に出て来たときの落胤だとすると・・・

そこで紀州を詮索すると、およしもその子(落胤)も死亡しているのが知れた。およしの一家が死に絶えた後、証拠品の御短刀を手に入れた山伏が御落胤になりすまし・・・

三田村鳶魚はこうも書いている。

「さんざん騒がせて、財嚢の重さ次第で消える計画」であったのが「消え損じた幽霊だ」。「田舎芝居ならば、天下様の御落胤も、消えるのに便利が多い。天一坊が江戸近い品川で興行したから、引っ込み損じたのである。」

「お短刀一本で、藪から棒に御落胤が物になるわけはない。」「非公式にもせよ、幕閣の確認を求めてない以上は(中略)、世に出すことは思いも寄らぬ。庶子は実物でも、容易に確認されない。こうした運びを知らないのは百姓・町人で、大名の家でも、重役ならばきっと心得ている。それだから天一坊も幕府へ届け出て、自己の運命を決しようとはせずに、御目見金の方をしきりに稼いでいた。」

また諸説が天一坊に大岡越前守を組合わせていることについても「不出来な幽霊の処分」の項に、

「この不出来な幽霊は、南品川へ現れたのである。江戸の町奉行、裁判権は高輪限りとあれば、大岡越前守が出る場ではない。一件の申し渡しは、大目付鈴木飛騨守・御勘定奉行稲生下野守とによって済まされた。幕府では、大事件には五手掛りといって、寺社奉行・町奉行・勘定奉行・大目付・目付列席で裁判をする。天一坊事件は、尋常な法廷で宣告され、別に高等法院を開くこともなかった。畢竟、将軍の落胤だと触れ込んだのみで、更に見るべき規模もなく、関係も軽微なものであった証拠は、すなわち、五手掛りでなかったので知れる。天一坊事件の山は、将軍が覚えがあるといった、その当座にある。その後は、引っ込みの付かない幽霊、ざまは見られたものではないが、ただお覚えがあるというので、この不出来な幽霊事件を忌憚するの必要を生じ、事件全体を湮滅させようとしたから、多少深奥な意味もあるらしく、後世までも猜してやまぬのである。」

この『芝居の裏おもて』(三田村鳶魚)には「四谷怪談の虚実」だとか、面白い話がいっぱい載っています。

さて、各種「天一坊」です。

●『殺された天一坊』浜尾四郎 「昭和のエンタテインメント50篇上」文芸春秋編 文春文庫1989年6月10日
(追記:昭和4年改造10月号)

主人公は大岡越前守です。自分の裁きに自信を持つ名奉行のはずが、続けて誤審をして暗く沈みこみます。その一つは「子供を争って二人の母が手を引っ張りあい、泣き声に思わず手を離した方が本当の母親である。」というよく知られた話。

負けた女が後日身を投げます。懐の遺書には慄然とさせる文言がありました。「『私は騙りではない、真実の母だ。騙りと云われたのは奉行様なのだ。』と申しておきたいのでございます。」

奉行は『首尾よく勝った者に其の子を渡す』と言い、その言葉を信じた母親が痛みに耐えかねてなく子を、手を離せば未来永劫失われると必死に引っ張った。なのに奉行は自分で命じた言葉が一人の母親にどれだけの決心をさせたかご承知がない・・・と。

が、陰気に沈み込んでいた奉行が急に再び明るく輝きだす。その理由とは。奉行は「力」というものを知ったからだと。罪人かどうかはどうでもよいこと、奉行が負かしたからこそ悪人であり罪人であると、多くの人々は考え「信仰」すると気づいたからだと。

そして天一坊の裁きの段では、本物と知れたが「天下の御為」偽者として処罰せざるを得なかったと。氏より育ち、流れ野に伏し山に育ってきた人間を力のある位置におくことは天下に災いを生む事になると。

ここでは天一坊は、ただただ親に会いたいと願うだけの愚かにして真直な、美しい僧形の若人として描かれています。

4/27追記:非常に怖い内容がさらりと書かれたこの作品が「改造」に掲載されたのは昭和4年(1929年)、昭和2年に始まった金融恐慌がまだ尾を引いています。また大正14年(1925年)に制定された治安維持法は、昭和2年に改定され最高刑が死刑となりました。そんな時代背景を頭に入れて読むと、ただの時代小説ではないものがみえてきます。

●『大岡越前の独立 大岡忠相・天一坊』直木三十五 時代小説大全集4 人物日本史 江戸 新潮社版 新潮文庫 平成2年9月25日発行
 (内容紹介は別の日に)

●『天一坊』下母澤寛 時代小説の楽しみ六 大江戸指名手配 新潮社 1990年8月1日
 (内容紹介は別の日に)

他に、『徳川太平記』(柴田錬三郎)が、天一坊事件を伝奇的に扱った秀作として名高いようです。

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2010年9月26日 (日)

なま落語

昨日、池袋演芸場に落語を聞きに行きました。

こう見えてわたくし、落語が三度の飯より好きで・・・ではありません。お友達から「券があるから」とお誘いを受けまして、行く行くと二つ返事でついて行きました。

不肖わたくし、落語はさっぱり不案内です。噺家の名前を言われたって「へー、そー、ふーん」ですが、何ごとによらず、生で聞く(見る)のと、録画録音写真で見るのとでは大違い、生を見ないうちでは好きも嫌いも言えません。機会があれば(券さえ融通してくだされば)、浄瑠璃だろうが能だろうが漫才だろうがなんでも行きます。

で結論から先に言えば「落語は生がいい」。

「第31回 燕路・小染・禽太夫の会」でした。池袋演芸場は小さい寄席です。常連とおぼしき方々でいっぱいになりました。

落語の基礎もわかっちゃいない人間がどうのこうの講釈するのも野暮なので、感じたことだけ作文風に。

前座は若いお兄ちゃん、ナントカ一力さんの「子ほめ」。落語オンチといえども聞いたことあるよな話です。他人さまを心にも無くほめて酒にありつこうというとするものの、付け焼き刃の入れ知恵が空回りしてことごとくうまく行かない・・・

一力さん、声は通ります。話もなめらか。けど、メリハリがない、間がとれない。だもんでつい聞き流しそうになります。間が上手く取れればいいんでけすどね〜(経験でしょうね、きっと。年取ることも必要条件かも。)

次、こみちさん。女性の落語家です。恥ずかしながら、女性の噺家というのを初めてしりました。この人、噺が上手い。ご本人は可愛らしいお顔ですが、話の中のお妾さんの色っぽいこと。泥棒を前に嘘の身の上話をするに、おばあさんは「高橋お伝」という段で笑っちゃいました。稀代の毒婦を担ぎ出すあたり、お妾さんも相当なもの。はたして、夫婦話を真に受けた間抜けな泥棒の財布から大枚を抜き取ってその夜のうちにドロン・・・

その次、禽太夫さん(師匠というべきか)「錦の袈裟」。禽太夫師匠、その名の通り猛禽みたいな見てくれです。いかつい体でするのは与太郎の吉原話。うーん、吉原話は正直、話は面白いのに耳に少々引っかかります。いけませんわな、わははと笑い飛ばしてしまえばいいのに・・・

仲入りののち、小染師匠の「所帯念仏」。嘘か真か、こみちさん辺りから燕路師匠がまだ来ないので、とか燕路師匠がまだ噺を覚えていないので(あと何枚だ)とか、引き延ばし工作のような話をしますが、それもまた面白い。

で、小染師匠、朝のお勤めの念仏をとなえながら、おかみさんにあれこれ文句をつけます。みそ汁はシジミがいいから、と念仏の途中で「シジミ!」と大声でシジミ屋を呼ばったり。小染師匠、ほんとに声がでかい。(あとの燕路師匠が「無駄に大きい声を出して」とか言ってました。)

念仏をとなえながら木魚を叩いているのか、扇子で右膝(太もも)をいい音で打っておりましたが、腫れ上がるんじゃないかと秘かに心配になりました。

そして最後の燕路師匠「猫久」。覚えるのに必死になった新作なのでしょうか。普段おとなしくて「猫」と呼ばれている男がある日血相を変えて刀を取って駆け出して行く。それを目撃したおっちょこちょいの男。床屋へ行き、その様を面白おかしく話したところを侍に聞かれ、侍が詳しく聞き出そうとしますが、なにしろお侍さんとしがない町人、言葉が噛み合わない。とんちんかんな問答をしたあげく、家へ逃げ帰って、今度は偉そうに女房相手に先の問答を聞かせようとするが・・・・

噺の途中で廊下でガタッと物音がし、それがまた間が良くて場内が思わずげらげらっ。わたくしもこの時に笑いのスイッチが入ってしまいまして、その先は箸が転んでもおかしい状態に。余計な物音も実力のうち、でしょうなあ。

はねた後は、常連さんたちの集まりがあったようです。さっそくブログに登場していました。

「燕路・禽太夫・小染三人の会」
http://hi-pause.blog.ocn.ne.jp/blog/2010/09/post_c563.html
(庄助のよたばなし)さん。

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