文系(本とか)

2015年3月14日 (土)

新 正体不明

『新 正体不明』 赤瀬川原平 東京書籍 2004年10月16日

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赤瀬川原平さんは昨年2014年10月26日に亡くなられました。

ワタシは勝手に「師匠」と思っていました。(私淑)

享年77は、今の世の中では若すぎるように思われますが、飄々とした風貌からは思いつかない神経の繊細な方だったようで、いろいろ気を揉みすぎて十二指腸潰瘍になり胃を切除したりしています。精神より先に体力が燃え尽きました。

赤瀬川さんの撮る写真が好きで、(借りられる)写真集はすべて(借りて)目を通したはずでしたが、先日この『新 正体不明』が図書館の棚にあるのを見つけました。

あれ?

見たのを忘れているだけかな。

いいえ、お初でした。全く、この十年間、何を見落としていたんでしょうね。

さて。中身は赤瀬川原平さんの目が捉えた日常の中の非日常世界・・・(下手な解説)

ぐだぐだ言うより写真集をご覧くださいまし。

少々引用させていただきました。

『毬藻の上陸』(43ページ・部分)

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「ドラムカンにステンレスの蓋。それが飛ばないようにブロックの重り。そのまま幾年月が流れて、見事な苔だ。この蓋ごと欲しい。大原。 98・4」(42ページ)

毬藻に見立てられた苔が生きています。うんこらしょ、えいしょっ。がんばれがんばれ。

表紙に使われた写真は、10ページに角度を変えたものが掲載されています。

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タイトル『天動説』

「天国が、刻一刻と動いている。その一刻の隙間に現れた爽快な空気。北陸の空は変わりやすい。新湊。00・8」

81ページには

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タイトル『ヒッチハイク

「岐阜県の洞戸で円空仏を見た帰り、いきなり自由の女神だ。フランスで生まれてアメリカに渡り、いまはこんな所に。98・1」

写真に添えられた言葉が日常を非日常へじわじわ引きずり込む手引きをしています。写真だけならワタシごときに何が読み取れたでしょうか。

目の鱗をごっそり落としていただきました。時には目玉が転がりでました。改めて、ありがとうございました。

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2014年8月28日 (木)

ねにもつタイプ

いきなり秋になっちゃいましたね。涼しいを通り越して冷涼、10月頃の気温だとか。猛暑はまたしぶとくぶり返すでしょうけど。

炎夏真っ盛りの数日前は、さすがの朝顔もしおれて花数が少なくなっていましたが、昨日今日と仕事場では大開花です。60くらいまで指差して数えましたが、それ以上は目分量で約100個ということで。

↓空に向かって一斉に叫んでいます。今日も涼しいぞ~虫ぃ、はよ来いや~

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面白くもなんともない写真です。

全体が撮れれば、わさわさした雰囲気が伝わるかもしれませんが、古いデジカメしか持ってきませんでした。

↓こっちは近すぎてピンボケ。破れ朝顔多し。

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自宅の、蒔くたびネズミにかじられ出遅れた朝顔も数日前ようやく咲き始め、一気に遅れを取り戻さんばかりのぼこぼこ開花。楚々という雰囲気ゼロ。ちっとは風情というものが欲しいよのう。

↓25日のです。今はもっとわっさわっさ咲いてます。

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奥のエアコン室外機の上に何か乗ってます。かぼちゃの種です。買ってきたかぼちゃがよく熟していて立派な種が採れたので、屋外乾燥しています。来年蒔きます。

が、翌日気づいたら、ネズミにかじられていました。おのれ~

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で。

ワタシ、あっけらかんを装ってますが、実は根に持つタイプです。

というのはジョーダン。

あれもこれも気楽に忘れてしまうタイプです。(←究極のウソ)

『ねにもつタイプ』(筑摩書房 2007年1月20日) は翻訳家の岸本佐知子さんの本です。

翻訳家が翻訳した本ではなく、翻訳家が書いたエッセイです。

翻訳家の書く話は面白いのです。金原瑞人さん(ひとみさんのお父さん)しかり、米原万里さんしかり、なんでこう面白い話を書くのでしょう。あ、米原万里さんは通訳でしたね。

金原瑞人さんは、一冊くらい訳書を読まなくちゃ、と思いまして、『逃れの森の魔女』を読みました。ヘンデルとグレーテルの、魔女側の諸事情の話です。

面白かったのですが、やっぱり金原さんの書く話の方が面白い。

で、岸本佐知子さん。これまでに

『気になる部分』

『ねにもつタイプ』

『なんらかの事情』

と3冊を出しています。

3冊とも、なんというか、微妙にずれているというか横滑りしているというか、しかし、そのズレ具合が実に心地よい(と思います。)

『ねにもつタイプ』を例にとると、25ページの「じんかん」

少々引用します。

それまで気にもとめていなかったことが、突然どうしようもなく変に思える瞬間がある。〉

という書き出しで、小学校の朝礼の時、うつむいて自分の体を見ていたら、肘の付き具合が間違っているのではないかと思い始めて、恐ろしくなったり。

別の時には、鼻の存在が気になりだし、集中できなくなり

〈こんなところにこんな出っ張りがあるのは、設計上の欠陥としか思えない。〉

妹と二人で部屋にいる時、

〈ふいに「妹という存在」に愕然となったこともあった。〉

中略

〈私は初めてみるもののように妹を見た。〉

この変な感覚は長続きはしないけれど

〈この「変な感覚」が訪れると、偏光ガラスを傾けたように、世界が変に見える。自分が自分でなくなるような、落ちつかない気持ちになる。〉

大人になってからは少なくなったが、ときにこの感覚に襲われる。

〈まず「人間」という字が読めなくなる。〉

じんかん? (←タイトルね)

と、いろいろ変だ不気味だと書いてます。

そして、

〈そうやって私を取り巻くすべてのものが、ゆっくりと意味のない記号に還っていく。自分と世界をつなぐ糸がプツプツプツと切れていき、ついに最後の一本も切れて、私は命綱の切れた宇宙飛行士のように、暗い広い宇宙空間を独りぼっちで遠ざかっていく。〉

うんうん、そうです、ワタシも子供の頃そうでした。

そして、

〈その感じを、私はそんなに嫌いではない。〉

ワタシもそんなに嫌いではない(=好き)です。

ネット評を見ると、

「普通の人はこんなこと絶対に考えないよなあということのオンパレード」

というのもありましたが、うーん、ワタシはこのたぐいのこと考えましたよ。

ワタシもずれていたということですか。

人間(じんかん、じゃなくて、にんげんとお読みください)て、みんな少しずつずれてるんじゃありませんかしら。

ただ、おばちゃん化した今は、めったなことではずれの谷間に落ちることはなくなっちゃいましたけど。

残念といえば残念ですけど、穏当な常識人として生きていかなければならない立場ですからね、人生が楽になったといえば楽になりました。

ああ、でも、岸本佐知子さんの脳内は面白そうだな・・・

新しい本が出ないかな・・・

『ねにもつタイプ』は

「ホッホグルグル問題」(読経がズンドコになってしまう話)

「べぼや橋をわたって」(小学生の頃住んでいた世田谷の何それ?話)

とか面白い話がいっぱいです。いや、全編が面白い話です。

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忘れてました。訳書も読みました。

『居心地の悪い部屋』(岸本佐知子編訳 2012年3月 角川書店)。

ガラスを爪でひっかいてるような音が脳内に聞こえる、面白くも居心地の悪い本でした。

いや、居心地悪くも面白い本だったのかな。

やっぱり、岸本さん本人の文章のほうが面白い・・・

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2014年8月26日 (火)

浅き夢

お盆前からずっと休みなし、いい加減脳味噌が炎症を起こし、気晴らしに出かけた近所で道に迷って・・・こりゃいかん、と日曜日は休息日。朝寝して昼も寝て夜寝られないと思ったらまたぐっすり寝て・・・復活しました。仕事も本日とりあえず一段落。しかしすぐ大きな山がくる・・・

↓近所の散歩中に野性的に葡萄出現。

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↓公園の一角でジャングル化していました。


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↓住宅街のド田舎風情景。

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ひまわりもオラオラと迫ってきます。一つ目小僧風。

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このセミの喧しいのなんの。

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近づいたら威嚇するようにボリュームをあげました。

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先日久しぶりに新宿南口に行った時、長いこと戦後を引きずっていたような煤けた街並みがあったことを思い出し、妙に懐かしくてもう一度見たいなどと思ったが、すでに跡形なし・・・

ずっと頭に引っかかっていて、そういえば路地裏三業地みたいなところのバーの話を読んだけどあれがそのまんまの雰囲気だったかな・・・なんだったかな・・・

で、しばし考えるともなしに考えて、ようやく出てきたのがバーおかだ・・・じゃないな検索にヒットしないな・・・ええと確か女流作家(今や差別用語)の書いた話で無頼な感じの人で、ええと戸川昌子かな・・・違うな・・・

で、以後潜在意識がずっと脳味噌を天地返しして探していたようで、いきなり「ばあ まえだ」が出てきました。

そうだよ、「まえだ」だよ。

で、再検索したら、中山あい子『浅き夢 新宿「まえだ」物語』が出てきました。

講談社 1997年4月14日発行。

読書日記をつけておけば、すぐにわかったでしょうにね。マメな人間じゃないんです。今も読み飛ばしては、後で「あれ?どこで読んだ話だったっけ」やってます。

思い出すのは脳味噌の訓練になるそうですから、この先も読書日記などつけませんでしょうね。

あ、無頼派じゃなくて、「女流の焼跡闇市派」(by色川武大)ですか。

どっちにしろ、死語ですね。中山あい子さんも忘れられてしまったんでしょうか。いろいろ読んでみたいのに、地元図書館にはほとんどおいてありません。

同じく「まえだ」を書いた田中小実昌センセの本も書庫に仕舞われちゃいましたね。さっさと読まないと処分されちゃうかも。

で、本題。『浅き夢 新宿「まえだ」物語』。

うん、そうだよ、そうだったよ、とうなづきながら読みました。無名有名作家がごちゃごちゃ入り乱れてたむろしている当時が懐かしくて・・・じゃなくて、以前読んだ時の記憶がよみがえってきて。南口の話じゃなくて、新宿ゴールデン街の話ですけどね。南口だって似たようなもんだったかも。

と同時にですね、以前読んで中途半端に残って気になり続けていた記憶が、思いがけず、この本の中にありました。

中途半端な記憶とは。

ある作家志望の男が志半ばで死んだ。一週間以上たって、原稿を取りに来た編集者に発見された、今でいえば孤独死。

田舎から男の兄と甥が出てきた。飲み仲間の作家(中上健次)が手伝いに行くとほとんど片付いている。

原稿がなかったか聞くと、二人は使っていない原稿用紙だけ残して後は全部捨てたと。

ぎゃっ。

作家仲間には「書いた」原稿用紙がなにより重要だったのに、兄とその息子には「使ってしまった」原稿用紙はゴミでしかない。

この話がずっと気になっていました。

ワタシの母が、ノートなんぞは書いた部分をびりびり破いて捨てて、真っさらな部分だけ残しておくような人でした。田舎にいた思春期のワタシはたびたび被害にあいました。修学旅行から帰ってきたら、新聞や週刊誌などを切り抜いて集めた資料が全部捨てられていたり・・・

仲間内で「ベア」と呼ばれていたその男の名は「松岡繁」。亡き竹中労の兵隊(取材記者)だったそうです。

原稿類は捨てられてしまったけれど、貰ってきた手帳類に克明に書かれたものがあって、中上健次さん他が遺稿集にまとめました。

以上、『浅き夢』の中の第2話「無名戦士の死」から。

ネット検索で出てくる「松岡繁を偲ぶ-ソレハデスネ… 編集委員会編 私家版 初版B1988年A5判156頁」がその遺稿集と思います。

夢半ばで死んだ人の「夢」はどこに行くんでしょうね。読んだ人の潜在意識で成長するんでしょうかね。今回読み直して「松岡繁」という実名を記憶したワタシの潜在意識の中で生き続けるんでしょうね・・・

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2014年7月31日 (木)

お食辞解

今朝の朝顔。チラと見える隠れ朝顔ふくめて4輪咲きました。

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右の下のは、見てわかるとおりの破れ朝顔です。

ワタシが破いたんじゃありません。昨日の蕾段階から怪しいなと思っていたら、やっぱり破れ花。

怪しい蕾とはこんな感じ↓です。これは明日咲く予定です。

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なんか、くしゃっとしてるのよね。

↓影絵のキツネみたいなこれは、どういう花が咲くんでしょ。

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ガクから曲がって突き出してます。明日のお楽しみ。

ほほほ、朝顔ブログと化しましたわね。本題行きます。

『お食辞解』 (金田一秀穂 清流出版 2012年11月21日)

趣味は読書です(←無趣味と言ってるのと同じ)。

とりあえず手当たり次第読みます。

近頃は、昼の部で勤勉誠実刻苦勉励等を使い果たすことが多くなりまして、読書しようにもベッドで本を掴んだまま爆睡・・・という面目ない事態が増えていますが。

で。

読んだ本から引用してブログ1日分をでっち上げちゃおうという手抜き更新です。

p90-91 読みやすくするため、改行しています。実際は3段落です。

食関係の話題を辞典風にまとめた面白い読み物です。

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そばや 【蕎麦屋】

 蕎麦などのめん類を食べさせる店。

  最近は、ちょっと外れた郊外に、新しい蕎麦屋があちこちにできている。昔ながらの町の蕎麦屋もあるけれど、国道から少し外れたところに、新築の匂いが漂う砂利の敷かれた駐車場つきの店。主人はたぶん脱サラで、蕎麦打ちの趣味が高じて、退職金をつぎ込んでしまったのではないか、心配な構えである。「こていなたたずまい。こざっぱりしたしつらえ。こだわりの器。巧みの匠の打ち立てのそばをたぐる」とかいう、読んでいて、書いた人の神経を疑いたくなる、赤面してしまう文章にあるような、蕎麦屋である。

  なぜか、あの人たちは、藍か紅のバンダナが好きである。ジーンズにTシャツ。あるいは作務衣。奥さんは素顔で、草木染の長いスカート。マガジンラックには、車の雑誌か周辺のドライブムック。いい音のするスピーカーからはモダンジャズが流されている。トイレにはそこらへんで摘んできた野草の花が挿してあって、一番見えるところに例の「○○だもの」とかいう字があったら、もう決定的である。

  なぜあんなに、皆同じになってしまうのか。蕎麦を打ちたいという人は、みんな同じような人であるのか。理解できない。〉

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異議申し立ては、どうか金田一先生にしてくださいまし。

ワタシはニヤニヤしながら読んだだけのマヌケです。

お口直しはセミの抜け殻で。

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あれ、まるでノミの抜け殻・・・

(追記)故坂東眞砂子さんの怖い小説『くちぬい』は、田舎に移住した夫婦が陶芸工房を開く話ですが、捏ねるのが粘土でなく蕎麦粉であったなら、金田一センセのいう蕎麦屋になっていたかも、とふと思いました。「○○だもの」はさすがに無いでしょうけど。

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2014年3月 4日 (火)

三毛猫三匹

オスの三毛猫は希少価値が高いから三匹もいたら一(ひと)財産だ・・・という話ではなくて。

池部良さんの本に出てくる話です。

池部良、と聞いてつるんとした美男を思い浮かべられるのは中高年・・・かな。

戦中戦後の東宝の看板俳優でしたが、そもそもはシナリオライターだったとのことで、文筆でも評価が高く、平成3年には第11回日本文芸大賞を受賞しています。

ワタシはむしろ、作家としての池部良さんに親しみがあります。

軽妙洒脱な名文の書き手です。きちんとまとまるので、安心して読めます。

最近見かける(と思われる)わざと外した(と思われる)斬新な文章がお好きな方には、「古臭い」と思えるかもしれませんが、人生後半になると、やっぱり池部良さんの名調子がいいです。

三毛猫が三匹出てくるのは、日本文芸大賞受賞作の『そよ風 ときには つむじ風』の続篇、『続 そよ風 ときには つむじ風』(池部良 毎日新聞社 1992年11月10日発行)の56頁「秩父・巡礼の御詠歌」。

その前に。

池部良さんの父上は、一世を風靡した画家・池部鈞さん。母上は、岡本一平の妹・篁子さん。岡本一平の奥さんは「かの子」さんで、二人の子どもが岡本太郎さん。芸術は爆発だ、の太郎さんです。つまり、池部良さんと岡本太郎さんはいとこ。

『そよ風 ときには つむじ風』は、池部家の話、特に父・鈞(ひとし)の素っ頓狂ぶりが中心です。まことに面白い親父さんではあります。自分の家族であって欲しくはありませんが。

さて、「秩父・巡礼の御詠歌」です。

鈞さんは妻おこう(篁子)さんの母親が苦手。たまに泊まりにきた母親が喘息持ちで咳き込むのが堪らなく嫌で、「いつ帰るんだ」と、くさすことしきり。

鈞さんの母親が一(ひと)月来て、のべつまくなしおならをしてたのを、おこうさんが我慢してたと言っても意に介しません。

で、話は違うが鈞さん、喉まででかかっている秩父の巡礼の御詠歌の最初の文句が思い出せない。

鈞「出そうで出ないっ、ていやなもんだ」

おこう「だったらお母さんが苦しんでいるのも解ってくださいな」

そこへ母親が「鈞さん、それはね、こうですよ」と歌って教える。

鈞さん、「なーるほど、お母さん十日でも十年でも居てくださいよ」と言いつつ「おこう、お前のおふくろ、変なことは知ってんだな」と言って画室に入って行く。

夫の身勝手と口先にうんざりしたおこうさん、ついにキレ上がる。

〈「あなた、御飯なのに」と大きな声を挙げてから「ばかやろ、どてっ腹に穴開けて三毛猫三匹突っこんでやるぞ」とつぶやいた。

 僕はおふくろが凄い言葉を使ったんで目を見張った。〉(58頁)

おこうさんも只者じゃありません。それにしてもなんで三毛猫、なんで三匹・・・

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猫じゃなくて、久しぶりのお気楽ワンコ。防寒服を着せられていました。

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連れのおじいさんが公衆電話で話をしているのを、駐車場で待っていました。

↓1月も寒かったんですけどね。自前の毛皮だけでした。

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春はもうすぐだよ~

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2013年9月25日 (水)

某日茫々

休日某日。

何もやる気がいたしませぬ。

家でぐだぐだしていると、生きているのが面倒くさくなりそうなので、とりあえず家をでて歩き始めました。

行き先は隣の駅・・・

特に目標はありませんが、ブックリサイクルをやっています。図書館に寄贈された本を、年に数回、欲しい人に持っていってもらいます、という催しです。

広くもない家をどうでもいい本で狭くする生活にいい加減飽きがきていますので行かないでおこう、とは思ったのですが、もしかしてパブロ・ネルーダの詩集でもありはしないかと、助平心を出して・・・

ありません。

二日目の、それも午後に行きましたので、目ぼしい本はとっくになくなっています。

ザーッと見て、そんなもんでしょ、と引き上げかけて目に留まりました。

「冬の落葉樹図鑑」 馬場多久男 信濃毎日新聞社 昭和56年1月20日

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喜んでいただいてきました。

なんでこんな良い本が残っていたのでしょう・・・見かけがボロいから?

葉っぱを落とした冬の落葉樹を、樹形で種類を特定する検索表付き。写真が豊富です。

それぞれの幹の写真に、葉と一部は花の写真も添えていて、分かりやすい。

うん、しばらく楽しめます。

家へ帰って気がつきました。その日はまったくお金を使っていません。人生、それでも楽しいんですねえ。それなりに・・・

その日、ちんたら歩いた道です。

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↑本村公園と申します。

↓涸れ川は仙川と申します。

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実に麗しい雰囲気で・・・

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無名橋という名の橋から写真を撮りました。

なんと浪漫的な名前、といいたいのですが、この川には無名橋があまたありまして、ところによっては「無名橋1」「無名橋2」・・・などと没浪漫的命名がされております。

その二日ほど前、サッカーグラウンドの横を通りましたら、熱心に観戦している虫がおりました。

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カメムシ、ですかしら。不明。

おお、撮りっぱなしの画像を見たら、旧式のコンパクトデジカメなのにお月様の表面が写っていました。奇跡。

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9月21日の月。大きく写せる機能はないので、トリミングしております。 

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2013年9月24日 (火)

黙っているのが好き

「Victor Jara canta a Pablo Neruda. Poema 15」が、何を歌ってるのかさっぱりわからないのは悔しい。

そこで詩を検索しました。スペイン語です。翻訳があるかと思ったのですが、探し方が悪かったようで見つからず。スペイン語を探して、自動翻訳しようとしたら英訳が見つかって・・・

この話、長くなりますので・・・というのが前回でした。

「ビクトル・ハラがパブロ・ネルーダの詩を歌う」
(Victor Jara canta a Pablo Neruda. Poema 15)

英語ならなんとかなる、と思ったのですが、その英訳がさまざまでした。

原詩は韻を踏んで簡潔なのに、英文が説明的に長い散文・・・

ひとつ選んで、以下、適当に日本語に重訳してみました。

*****

あなたの沈黙が好きだ ここにいないみたいだ
私の言葉を遠くに聞いて 声はあなたに届かない
あなたの瞳はどこかに飛び去り キスが唇を閉じてしまったよう

私の魂はあらゆるものに満ち 魂に満ちたあらゆるものから
あなたの姿が浮かび上がる
夢みる蝶よ あなたは私の魂のよう 憂鬱という言葉のよう

あなたの沈黙が好きだ 遠く離れているみたいだ
嘆きながら眠りに落ちた蝶のようだ
私の言葉を遠くに聞いて 声はあなたに届かない
あなたの沈黙とともに 私は心安らかになろう

話をさせておくれ ランプの灯のように透き通って
指輪のように簡潔な あなたの沈黙のうちに
あなたは夜のよう 静かで星が煌いている
あなたの沈黙は星と同じ そうも遠く離れて簡潔

あなたの沈黙が好きだ ここにいないみたいだ
死んでしまったみたいに 遠くて悲しい
一言 そして微笑んでくれれば それでいい
そうすれば私は幸せだ 幸せなんだ そうではないかもしれないけれど

*****

はてな、と思うところをスペイン語の自動翻訳結果と比べると、ずれがあるような気がしますが、よくわかりません。

以下スペイン語の原詩と、それを英訳している方(Translation: Terence Clarke)のサイトです。

Terence Clarkeさんは作家のようなので、著作権問題があるかもしれません故、英訳は引用しませんでした。

PABLO NERUDA

http://redroom.com/member/terence-clarke/blog/pablo-nerudas-twenty-poems-of-love-and-one-desperate-song-poem-15-a-trans

Poema 15

Me gustas cuando callas porque estás como ausente,
y me oyes desde lejos, y mi voz no te toca.
Parece que los ojos se te hubieran volado
y parece que un beso te cerrara la boca.

Como todas las cosas están llenas de mi alma
emerges de las cosas, llena del alma mía.
Mariposa de sueño, te pareces a mi alma,
y te pareces a la palabra melancolía;

Me gustas cuando callas y estás como distante.
Y estás como quejándote, mariposa en arrullo.
Y me oyes desde lejos, y mi voz no te alcanza:
déjame que me calle con el silencio tuyo.

Déjame que te hable también con tu silencio
claro como una lámpara, simple como un anillo.
Eres como la noche, callada y constelada.
Tu silencio es de estrella, tan lejano y sencillo.

Me gustas cuando callas porque estás como ausente.
Distante y dolorosa como si hubieras muerto.
Una palabra entonces, una sonrisa bastan.
Y estoy alegre, alegre de que no sea cierto.

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うーん、あきらめきれないので、歌詞の一部で、しつこく検索しましたら、

「20 poemas de amor y una canción desesperada」

という詩集であることがわかりまして、その翻訳

「二〇の愛の詩と一つの絶望の歌」 (松田忠徳訳 富士書院、1989.1)が出てきました。

よーしっ、と思ったのですが、地元図書館になし。国会図書館ならありますが・・・

アマゾンならどうだ、と検索しましたら、12490円~ですとお。おおおおお・・・

国会図書館行きましょうか・・・

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と、ぐだぐだやっていたら、

『粗忽主義貧民共和国』という素敵なサイトに、ちゃんとした訳が載っていました。

「2010/04/19 15:17」の分です。
時間のある方は先頭4月1日から読むことをお勧めします。面白いです。
http://www.theatrum-mundi.net/archivo/socots1004.shtml

我が粗忽訳は悔しいので、このまま残しておきます。

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と思ったら、図書館に本がありました・・・

「ネルーダ詩集」 田村さと子訳編 思潮社 海外詩文庫14 2004年8月1日

10ページ

十五

黙っているときのおまえが好きだ うつろなようすで
遠くで おれに耳を傾けているのに おれの声はおまえに届かない
おまえの目はどこかに飛び去ってしまったかのようだ
一度のくちづけが おまえの口を閉じさせてしまうかのようだ

あらゆるものは おれの魂でみちているので
いろんなものからおまえは浮かびでてくる おれの魂でみちて
夢の蝶よ おまえはおれの魂に似ている
そして メランコリーということばに似ている

黙っているときのおまえが好きだ ひっそりしていて
嘆いているようで 甘くささやく蝶よ
遠くでおれに耳をかたむけているのに おれの声はおまえに聞こえない
おまえの沈黙で おれを黙らせてくれないか

おれも ランプのように明るく 指輪のように素朴な
おまえの沈黙で おまえに話しかけさせてくれないか
おまえは 星をちりばめた静かな夜のようだ
おまえの沈黙は はるか遠くにある素朴な星のものだ

黙っているときのおまえが好きだ うつろなようすで
息絶えたかのように かなたにいて いたいたしくて
そんなときは ひとつのことばと微笑みだけでいい
すると おれは楽しくなる 楽しくなくても楽しくなる

うーん、訳詩が長くなるのは宿命か・・・

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どうせだから、もう一翻訳を掲載。

上記『粗忽主義貧民共和国』の「2010/04/19 15:17」です。

「ゆう」さんこと古屋雄一郎(ハンドルネームはゆうまたは粗忽天皇)という方が書いています。スペイン語が専門で、翻訳や舞台や執筆などいろいろやっていらっしゃいます。

勝手に引用してごめんなさい。目に留まっても、削除要請出さないでください。この訳、好きです。これからセンセの本読みますから・・・

黙っている時の君が好きだ ここにいないみたいだから
君は僕の声を遠くから聞く 僕の声は君に触れない
まるで君の目が飛び去ってしまい
まるで一度の口づけが君の口を閉ざしたみたい

あらゆるものは僕の魂に満ちているから
君はものから生まれる 僕の魂に満ちて
夢の蝶よ、君は僕の魂にそっくりだ
そして君はメランコリーという言葉にそっくりだ

黙っている時の君が好きだ 遠くにいるみたいだから
君は不満をこぼしているみたい 羽ばたく蝶よ
君は僕の声を遠くから聞く 僕の声は君に届かない
君の沈黙といっしょに黙っていさせておくれ

君の沈黙といっしょに話しかけさせておくれ
ランプのように明るく 指輪のように素朴な沈黙
君は押し黙り星を散りばめた夜のよう
君の沈黙は星のそれ あまりに遠く飾り気がない

黙っているときの君が好きだ ここにいないみたいだから
死んでしまったみたいによそよそしく悲しませる
ひとつのことば、ひとつの微笑みで充分
そして僕は嬉しい 確信がもてないから嬉しい

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で、ここでまた問題発生。

ワタクシメの貧相訳は英語からの重訳なので、「わたし」と「あなた」としました。

田村さと子さん訳は「おれ」と「おまえ」

古屋雄一郎さん訳は「僕」と「君」

好みの問題でしょ、ではありません。英語になくてスペイン語にあるもの、なあに?

アルファベットにくっつく変なごにょごにょ(アクセント記号)・・・正解ですが、もっと決定的に違うものがあります。いえ、スペイン語に詳しいわけでなく、うすぼんやり考えていて思い出しました。

スペイン語フランス語などラテン系の言語には、二人称が二種類あります。英語には、特殊な表現を除いて一種類こっきり。潔いっちゃ潔い・・・

二種類の二人称の使い分けは、目上の人初対面の人偉い人など用と、親しい人目下の人など用。

ネルーダの原詩のそれは、親しい人用らしい・・・よくわかりませんが、「te」「tu」とか見えます。おフランス語だと「チュトワイエ(tutoyer)」とか言っちゃって・・・えへへ、今思い出しました。

つまり、ネルーダの詩は親密な恋人同士の詩なのですね。

恋人に向かって「黙っているほうが好きだ」なんて・・・ぶっ飛ばされますよ・・・じゃなくて、物思いにふける恋人の美しさに惚れ惚れする詩です。

この詩集が出版されたのは、ネルーダ20歳のとき。原詩はきっと瑞々しい響きなのでしょうね。

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で、問題もう一個。

一人称側を「男」、二人称側を「女」に解釈しましたが、英文では判断できません。蝶に例えられているから、女かな・・・みたいなノリです。

ラテン系言語にはまた、英語にないものがあります。

なんでか知りませんが、単語に性別があります。夜nocheは女性で、沈黙silencioは男性で・・・理解できるかそんなものっ!!!

じゃなくて、田村さと子さんと古屋雄一郎さんは、なにをもって男が女の恋人に囁くと判断したのか。

理由:だって恋人への形容詞が女性形だもん・・・すんごく単純に。

田村さと子さん訳の「いたいたしくて」は原詩では「dolorosa」、dolorosoの女性形です。

便利といえば便利、面倒くさいといえば面倒くさい・・・(ワタクシがその昔、フランス語に挫折したのも、そんなことからでした)

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この「Pablo Neruda Poema 15」は南米で広く愛され朗読あるいは歌われているようです。

「Pablo Neruda Poema 15」もしくは最初の「Me gustas cuando callas」をキーワードにYouTubeを検索すると、朗読、歌、さまざまな動画がでてきます。

ビクトル・ハラと親しかったメルセデス・ソーサ版もありました。

Mercedes Sosa - Poema 15 (me gustas cuando callas) [1976]
http://youtu.be/r1wn4KR1voo

胸に沁みる声です。ビクトル・ハラの歌声も再掲↓

Victor Jara canta a Pablo Neruda. Poema 15 (HQ)
http://youtu.be/wEy-PDPHhEI

意味がわかると、また違って聞こえるかも。

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2013年9月23日 (月)

忘れられる911

今年2013年9月11日は、2001年のニューヨーク・ツインタワービル「911」から12年目でしたが、ほとんど話題になりませんでした。

事件が風化するのは早いんだな・・・

という話ではありません。もう一つの911です。

1973年9月11日に何が起こったか。

その日、ペルーのサンチャゴに「雨が降った」・・・

気象情報の話ではありません。「雨が降る」は暗号です。

1970年選挙によって選ばれたアジェンデ大統領は、穏健派の共産党や急進的な社会党などの「人民連合」が支持母体の、南アメリカ初の社会主義政権でした。

しかし、社会主義政策は富裕層や軍部の反発を招き、米国CIAの干渉するところとなります。

1973年9月11日、大統領のいるモネダ宮殿はチリ軍によって砲撃され、大統領は亡くなります。

チリ・クーデター
〈世界で初めて自由選挙によって合法的に選出された社会主義政権を、軍部が武力で覆した事件として有名である。〉 wikipediaより

攻撃開始を「雨が降っている」と暗号でラジオは伝えたのでした。

と、如何にも見てきたような話を書きましたが、「雨が降る」の部分は映画のストーリーを借りました。

『サンチャゴに雨が降る』(Il pleut sur Santiago)は、1975年制作のフランス・ブルガリア合作映画。

1973年9月11日早朝のチリ・クーデターの発生から首都サンティアゴを中心にした各地の市街戦、軍事評議会による権力掌握を経て、詩人パブロ・ネルーダの葬儀にいたる10数日間の出来事の描写を軸に、並行して、登場人物の一人である外国人記者の回想という形で、サルバドール・アジェンデの大統領当選からクーデターに至る流れが描かれる。〉 wikipediaより

この事件はリアルタイムで知っているはずなのですが、当時は関心が半径300メートル程度のアーパールーパーでした。映画も公開されたのを知っているのですが、見に行きませんでした。見ていれば、その後の人生が少しはまともになっていたかも・・・

グチっても仕方ない。今から見ましょう。

↓雰囲気の分かる予告編

『サンチャゴに雨が降る』 DVD用トレイラー IL PLEUT SUR SANTIAGO
http://youtu.be/RJdpM772SYI

130918_ilpleut

↓全編。フランス語。英語の字幕がついてて、その上にスペイン語の字幕が重ねてあります。2時間ちょっと・・・

Llueve Sobre Santiago-Subtitulada al Español-(Completo)
http://youtu.be/H3uBUdj4Xik

DVD買うべきかな・・・スティングレイから3800円で出てましたな・・・

130919_santiago_j

↑この画像で思い出しました。上部の血に染まった無念の表情をチラシかポスターか予告編で見て怖気づいてしまった・・・気がします。

今頃どうしてチリ・クーデターが気になったかというと、『革命商人』(深田裕介 新潮社 昭和54年(1979年)8月15日)を読んだからでした。

小説ですが、事実を下敷きにしています。革命(クーデター)を商機として活躍した日本商社の話でもあります。岩崎商事とか宮井物産とか、モデルがすぐ分かる名前がでてきます。

中心になっているのは、チリ陸軍にトヨタのランドクルーザーを売り込んだ宮井物産と、理想に燃え人民連合に肩入れし急進派に資金提供をすることになる江利産商。

江利産商に関しては、小説中にのみ存在する商社なのか、モデルが分かりません。小説では、クーデター後、命からがらチリを脱出します。

『革命商人』から少し引用。

〈「先刻からラジオが妙なことをいうとるし、煙があがっとるので、気になって(中略)、工科大学の寮がMIRの巣やいうんで今朝がた軍に襲撃されたらいいですわ」

(中略)

 坂部のいうとおり、背後の工科大学の構内からは盛んに煙があがっていた。

 エクアドール通りの入り口近くに息子や娘の身を案じて集まってきた両親なのか、中年の男女が数人立って不安そうに煙のほうを眺めている。〉 (下巻・206ページ)

江利産商支社長海野が、我が子同様に面倒を見ていた若いペルー人姉弟は前夜この寮に泊まり、行方が知れない・・・

「先刻からラジオが妙なことをいうとるし」は、「雨が降っている」とのラジオ放送のことを言っているはず。

〈この日、陸軍は左傾した学生がもっとも多い工科大学を中心にチリ大学薬学部、カトリック大学などを襲撃している。〉 (下巻・206ページ)

〈「子ども相手にひどいことをしたもんですよ」〉 (下巻・206ページ)

軍と学生が相容れないことを、著者は小説の始めのほうで、宮井物産チリの社長となる平川の、戦時中学徒動員により召集された体験とからめて記述しています。

〈学生が陸軍でいかに処遇されたかは、山本七平氏が「一下級将校の見た帝国陸軍」の中で指摘する「陸軍が最後の最後まで学生を信頼せず」、かつまた「インテリは兵士に向かず、学生は軍人に適さない」と頑固に信じこんでいた、という言葉に尽きるだろう。〉 (上巻・20ページ)

知識人も多くが犠牲になりました。

フォルクローレシンガーのビクトル・ハラ、国民的詩人のパブロ・ネルーダ・・・

ネルーダは直接殺害されたのではありませんが、クーデターが病気を致命的に悪化させたといわれています。

〈何もかも悲しいね。パブロはサルバドル・アジェンデの親友だった。社会主義へのチリの道は彼の生涯の理想だった。アジェンデが死に、社会主義政権が倒れてから、十四日後にパブロは死んだ。パブロは失望のあまり死んだのではない。だが、強い失望感を抱きながら死んでいったのだ、と思う。(ガブリエル・ガルシア=マルケス)〉  「ネルーダ詩集」田村さと子訳編 思潮社 116ページ。

↓スペイン語はわかりませんが、「ビクトル・ハラがパブロ・ネルーダの詩を歌う」という意味だと思います。心にしみる歌声です。

Victor Jara canta a Pablo Neruda. Poema 15 (HQ)
http://youtu.be/wEy-PDPHhEI

130918_canta

選挙で選ばれた大統領が軍部に殺害されたことも衝撃ですが、事件から40年たった今、改めて感じたのは、CIA(米国)の干渉・・・

2001年のニューヨーク・ツインタワービル「911」発生当時は、さまざまな「陰謀説」が囁かれました。半信半疑で聞いていましたが、今となっては自作自演説が眉唾ものでない気が濃厚にしてきます。

ことし「ニューヨーク911」が話題にならなかったのは、その後いろいろと綻びが出ちゃって、意図した国威掲揚どころでなくなり、「早く忘れてくれ」と権力筋が願ったから?

そんなことを思いつつ、9月11日をやり過ごしていたら、9月17日朝日新聞朝刊に「(世界発2013)軍政の傷、向き合うチリ クーデターから40年」という記事が掲載されました。

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デジタル版
http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201309160422.html

(登録(無料会員)すれば読めます。)

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「Victor Jara canta a Pablo Neruda. Poema 15」が、何を歌ってるのかさっぱりわからないのは悔しい。

そこで詩を検索しました。スペイン語です。翻訳があるかと思ったのですが、探し方がわるかったのか、見つからず。スペイン語を探して、自動翻訳しようとして英訳が見つかって・・・

この話、長くなりますので次回に・・・

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2013年9月 6日 (金)

『ひとり歩けば』

『ひとり歩けば 辻まことアンソロジー』
柴野邦彦編 発行:未知谷 2011年12月10日

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「辻まこと」と聞いてピンとくる人は山岳関係者?

恥ずかしながらワタクシ知りませんでした。

奥付によると、1914年生まれ1975年没。詩人、画家、グラフィックデザイナー。山岳、スキーなどをテーマとした画文でも知られる、とあります。

そして、父は辻潤、母は伊藤野枝だと。ひええ。両親が有名過ぎます。

知らん、という人でも、1923年関東大震災後の混乱と戒厳令の中、アナキストの大杉栄と伊藤野枝と大杉の幼い甥が、憲兵大尉・甘粕正彦に殺害された事件は、教科書に書いてあったか、どこかで聞いてるはずです。

辻潤はダダイストにして放浪の人・・・という説明ではちっともわかりません。

ダダイストは極端に言えば「既成秩序に反対の人・ぶち壊したい人」・・・その説明違うぞ、と言いたい方もいらっしゃるかもしれませんが、大体合ってるでしょ。つまり、芸術家としては斬新であるが、日常生活においてお知り合いになると非常に面倒くさい人。

そんな両親の子はどんな尋常ならざる人かといえば、この『ひとり歩けば』を読む限り、まっとうな人です。

まっとうの上に、ゆとりのある笑いを含んだ人です。

収められている短編の初出が記載されてないため、いつごろ書かれた作品か分からないのですが、亡くなったのが1975年ですから、それ以前・・・

絵も文もまったく古びていません。

1970年代に書かれた小説などを読むと、わずか40年ほど前のことなのに、耐えがたく古色蒼然としていて読む気が失せることがありますが、この短編集については、書かれたばかりのような気さえします。

思わず吹き出したのが「小屋ぐらし」「長者の聟の宝舟」「ずいどう開通」。ある山の麓の湖畔の村民達の、こすからくも逞しく、おかし味に溢れた暮らしが、気負いのない筆致で書かれています。

〈山で食えず、畑で食えず、湖で食えずの村だでなあ……〉

〈山稼ぎ、畑稼ぎ、湖稼ぎの三方忙しだでなあ……〉

〈村には智慧者と呼ばれる人物が何人かいた。お陰で村の連中は山を食い、畑を食い、湖を食うばかりでなく〉 発電所も食っちまいます。つまり、ああだこうだと理由をつけて補償を要求して・・・あげく、魚が取れないのは発電所のせいだと〈資金も稚魚も技術もめんどうをみてもらって〉養鱒場を設置し・・・

その鱒をあてに釣り人がきて、宿だ舟だで村は潤いますが、鱒は一匹も釣れない。調査にきた役人に、なんせ放流できなかったと村人は平然と言います。なんせ毎晩ドロボーがきて取っていくんで手に負えねえ。

〈じゃ峠向こうの観光旅館へ軒並みに鱒を売ってた奴はドロボーだというのか〉

〈村のもんをドロボー呼ばわりはしてもらいたくねえもんだ。〉

あれは村人が獲ったものだと。発電所のせいで獲れなくなったはずだ? 発電所も週に二日水を止めるようになったから、殖えたのだと。

ああ言えばこう言う智慧者にかなう人はいない・・・以上、「長者の聟の宝舟」から引用しました。

そうだろなあ、あの地方の商人(あきんど)は抜け目のないことで有名で、「○州商人の通ったあとはぺんぺん草も生えない」と言われましたなあ、テレビドラマにもなったなあ・・・と余計なことも思い出しました。

作品中では、S湖やM湖、F川などとありますが、モデルがどこかは東京近在の人ならすぐ分かります。(分からなくても、編者のあとがき「辻まことの山」で判明します。)

この村人たちに良く似た人々を知っています。大半が故人ですが。

本全体は静かな孤独の匂いがします。編者柴野邦彦さんが書いています。

〈辻まことに会った人は誰もが彼の穏やかな笑顔や、ユーモア、快活な笑い声の虜になる。そこには孤独の影など微塵も感じられない。一つの熟した人生が見せる、優雅な健康が見えるのだ。

(中略)

その一方で彼の作品を読むと、その屈託の無さは、数々の失望や孤独を突き抜けて出てくるものだと感じられる。辻まことは自分の孤独を完成させることで・・・(後略)〉 (184-185ページ)

文章も図版も組版も上等の、モノとしても優れたいい本です。紙の本なればこそ。

借りて読みましたが、自分用に買いましょうか。繰り返し読んで飽きることのない本だと思います。

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2013年9月 5日 (木)

『なぞの1セント硬貨』

『なぞの1セント硬貨 真実は細部に宿る in USA』 
向井万起男 講談社2009年2月20日

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著者の向井万起男さんは、(奥付によると)慶応義塾大学医学部準教授、病理診断部部長。つまりお医者さんですが、日本女性初の宇宙飛行士、向井千秋さんのだんな様として知られています。

テレビで見たことある人、多いと思います。おかっぱ頭でひげ面の、ちょっと怪しい雰囲気のおっさんです。

悪口じゃなくて、本人自身が認めています。

「私の顔を見た人は普通、私のことを医師ではなくテロリストみたいだと言います」

と何気なく書いたら、アメリカのあるホームページに載せた顔写真にそのまま付け加えられた。(189ページ)

始めから終わりまで、アメリカに関する、普通の人なら知りえない可能性大の、とにかく面白い本です。全部で15話。

題名になっているのはスチール・ペニーの話です(「プロローグ」)。以下要約。

クリスマス・イブにアメリカの国内線飛行機に乗っていた向井夫妻。スチュワーデスが明るい声で機内放送をしました。

みなさ~ん、ファーストクラスのシャンパンが1本あまりました。エコノミークラスのお客様にプレゼントします。

ついては、一番古いペニーをお持ちの方に差し上げます。さあ~、確認して下さ~い。

機内がガヤガヤするなかで、ある男性がガッツ・ポーズをとり叫びます。

「いただきだ!」

が、その男性、財布の中を調べようともしない。なぜ?

「スチール・ペニーを持ってるんです!」

「おお、そうかい、それじゃ間違いなく君のものだ」と近くの退役軍人が納得してしまいます。

鍵は「スティール・ペニー」。なんだ、それ? 

現物を見せてもらいましたが、その後が万起男さんの本領発揮。帰国後、あちこちにメールを送りまくり調べまくります。

この「メール送りまくり・調べまくり」がこの本の根幹をなしています。疑問をもっては徹底的に調べる・・・

「第9章 キルロイ伝説」で、あっと思いました。長いことワタクシの意識のどこかに引っかかっていた米兵の落書き「Kilroy was here」(キルロイは来たぜ)を、万起男さん、調べていました。

調べて調べて、「Rosie the Riveter」(リベット打ちのロージー・女性)まで発掘し、さらには「キルロイ伝説」なるサイトに新伝説を作り上げて投稿、伝説(7)として掲載されます。

この時、顔写真とともに、前述の「私の顔を見た人は普通、私のことを医師ではなくテロリストみたいだと言います」というコメントも載せていいかと聞かれ、特に断る理由もないからとオーケーし・・・

そのサイト検索してみました。

トップページは星条旗だらけで、一瞬ぎょっ。
http://www.kilroywashere.org/

該当ページを見つけるのに迷いましたが、上部のVolume 1をクリックすると、別ページが開き、その画面をスクロールすると、7番目に

Mukai, Makio — Legend 7とあり、クリックすると・・・ありましたっ、写真付、"Some people usually say that I look like a terrorist, not a doctor..."のコメント付。
http://www.kilroywashere.org/001-Pages/01-0KilroyLegends.html#Legend7

面白い本でした。

以下に目次と簡単な紹介。

プロローグ(上に書きました)

第1章 14という奇妙な数字
(14年間合衆国住民でないと大統領になれない。なぜそんな半端な年数?)

第2章 巨大な星条旗
(アメリカのトヨタ販売店はなぜバカデカイ星条旗を掲げている?)

第3章 空を見上げたポパイ
(巨大なポパイ像を見に行ったら、「キャンプ」があると言われて)

第4章 い~い湯だなin USA
(アメリカのシャワーヘッドはなぜ動かせないのか?)

第5章 黒い革ジャンの少年たち
(名リーガー、ハンク・アーロンの野球場を地元住民は知らない)

第6章 100万匹わんちゃん
(不要なペットは道路でひき殺される?)

第7章 制服を着ている人々
(スタッフが制服着ない陽気な航空会社)

第8章 シンデレラの暗号
(アメリカのパック売りは安くない。デパートのセールのお値打ち品を見分けるには・・・)

第9章 キルロイ伝説(上に書きました)

第10章 マクドナルド万歳!
(トイレをただで使えます・・・)

第11章 勝手にしやがれ
(アメリカは広い。が、一つの州の中に複数の時間帯なんて)

第12章 ヒューストン市警の対応
(交通事故を起こしたけれど、警察は忙しいから自分たちで解決しろって・・・)

第13章 オザーク高原のイエス・キリスト
(反ユダヤ主義の政治家が建てた巨大なキリスト像はヤケに真っ白)

第14章 ニューヨーク市への忠告
(自由の女神像はニュージャージー州にある?)

第15章 修道士からの手紙
(アメリカにはパルテノン神殿だってピラミッドだってエッフェル塔だってある)

エピローグ (テキサスの貝殻)

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昨9月4日、悪天候は竜巻となって栃木県に被害をもたらしました。

夜、東京地方も雷が鳴り響き、今日9月5日の朝、京王線が落雷により止まっていました。

朝8時頃には地元市には雷交じりの激しい雨が降りました。雨の降り止んだ時間を狙って仕事場に来ましたが、天候不安定。10時過ぎには一部青い空も見えますが、どうなりますことやら・・・

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