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2015年12月 7日 (月)

老いる

3か月ほどジイさまが入院していた時、そのままボケられると被害甚大なので、連日様子見に通いました。

5時に仕事の区切りをつけて、とことこ歩いて行くと、たいてい晩御飯の真っ最中。

病院の食事は早い。6時に晩御飯。ナースステーション前のデイルーム兼食堂でいただきます。

食堂はお世話が必要な年寄ばかりで、老人ホームのようでありました。

食べない。自力で食べられない。食べることを拒否する。そもそもここ(病院)にいる理由を理解していない・・・

通りがかる人に「助けてください」と言い続けるのは品の良い奥さん風。点滴を引き抜いては血だらけになっていました。

ご飯を前にして、眠りこけている人。起こしても「いいっ」と拒否。食事の間中、喉からがーっ、と不快な音を出し続けている人・・・認知症と見受けられる方が多くいらっしゃいました。

病院が高齢化の受け皿になっているのか・・・

しばらく通ううちに、元気な病人?は、自分でご飯を取りに来て自室で食べているのだと気づきました。元気でない病人?が食堂に集まっていたのでした。

劇症期を過ぎたジイさまは退院後も長期に傷の処置が必要なので施設に預かってもらいました。

そこの入所者は様々でした。退院後のリハビリのためという人もいれば、ほぼ寝たきりの人まで。

ウチのジイさまは、普通というかお困り具合軽度というかまともというか、なに言っても適切な言葉がみつかりませんが、そこまで深刻ではない、と思ったことでした。

入所者が食事中に喉を詰まらせ吸引処置を受ける場面に遭遇すること3回ほど。食事中に発作を起こし意識不明になった人1名ほど。荷物をまとめて「わたくし帰ります」とおっしゃる方3名ほど。「大事な会議に行くからタクシー呼んでくれ」・・・ 

見た目は立派な方々が、認知症の典型的な行動をとっておられました。

言動を見ていると、現役時代は活躍したであろうな、と思われることもしばしば。

老いたくて老いたのではない。

認知症になりたくてなったのではない。

結果として、老いて認知症になってしまった。

そうなってしまったことを、誰が責められようか。

若い介護士さんたちが、にこやかにお世話をして下さるのが救いでした。

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コメント

健康だけが取り柄だと自慢していた母が病に倒れ、状況を受け入れられずに苦しんでいました。
切なくて涙が出ます。
責めることなぞ、できません。

投稿: kiri | 2015年12月 8日 (火) 19時54分

kiriさま おはようございます。
誰もが最期まで元気に生きたいと思いつつ、多くが病を抱えることになりますね。
こうして他の方々の人生を見させていただくことは、自分自身の老いへの準備となっている気がします。
気の毒なのは、身近に高齢者がいなかった、いたとしても介護を経験しなかった人が、自分自身の不本意な老いに直面した場合・・・かなと思います。

投稿: マイマイ | 2015年12月 9日 (水) 09時35分

大腿部骨折で入院した、アルツハイマーだった実母、脳梗塞から意識も無く、病院のベッドの義母の姿がよみがえりました。
奇しくも二人とも年を変え、1月7日に亡くなりましたが、良い事も悪い事も今では思い出。
不思議と、良い思い出は鮮明になり、悪い思い出は薄れるものです。

投稿: ユキ | 2015年12月10日 (木) 06時43分

ユキさん こんにちは。
私の母もアルツハイマーで、晩年は迷走状態でした。
介護初体験の私自身も迷走しました。
七回忌が過ぎましたが、今だったらもっと適切に対応できただろうな、と思ったりします。
子どもの頃の母と、晩年の母と、ごっちゃに思い出しています。

投稿: マイマイ | 2015年12月10日 (木) 12時08分

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