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2015年10月

2015年10月29日 (木)

夢の小路と時の鐘と石臼と山手御門

間延びしましたが、甲府城の続きです。時間が経ちすぎて思い出すのに一苦労。

はてさて、駅北口のこの建物は何?

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予備知識ゼロなので、面くらいました。

左には時の鐘と、古そうな建物が続きます。

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なんじゃこりゃ、と歩いて行きましたら、「甲州夢小路」=観光商店街でした。

いつできたんじゃ? 知らんぞ。

と部外者が威張ることでなし。地方都市は観光客を呼び込むのに必死です。

↓全体はこんな感じ・・・じゃありません。この写真の左側に延々と続きます。

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「小江戸情緒が息づく、明治、大正、昭和初期の甲府城下町を再現」したんだそうです。へええ・・・

「情緒」のお写真はこちら↓に。
http://koshuyumekouji.com/about/

「時の鐘」も、明治初期まであったんだそうな。

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写真や図面が残っていないので、お寺の鐘楼をモデルにしたそうな。川越の時の鐘とはちと違いますわな。

で、この時の鐘ですが、現在は時を告げるんじゃなく、ボタンを押すと20秒後に「ごい~ん」と鳴るようになってます。

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つまり。

観光客が興味本位で押しまくるので年がら年中、ごい~ん、ごい~ん。うるさいっちゃうるさいな・・・ ワタシも押してくればよかったかな・・・

甲州夢小路にはさまざまなお土産物屋さんがあります。バブル真っ盛りに「夢工場」というのがありましたな。なんとなくあれを思い出しつつ、店から店へ流して歩きました。

見るだけ。買いませんぞ。

という客が多いか少ないかは知りません。

が。しかし。金なら使わんぞ、という固い決意はジャム屋さんであっという間に崩壊。

小さい瓶入りのブラックカシスジャムをお買い上げ・・・手のひらに収まるくらいに小さくて700円。新宿タカノ本店で買ったバラジャムの倍以上高いぞ・・・

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(タカノが175gで594円で、夢小路が100gで700円で、10gタカノ33.9円夢小路70円・・・つまらない計算するでない)

どうしちゃったかというと、原材料がブラックカシス、国産ビーツ、グラニュー糖だけ。うわ買うしかない・・・。

中高年は「添加物無・天然物」にイチコロです。生物分類「ヒト科」というより「いいカモ科」。むはは。

(充分頭が冷えた今、やっぱり高いな・・・いや高いのには理由がある、と葛藤中)

甲府名物宝飾品のお店の前にあった石臼。穀物をガラガラと粉にする碾臼ではなくて、餅を搗く石の臼。

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ワタシが可愛いらしい子どもだった頃、ウチにも似たような石臼がありました。一家総出で石臼で餅を搗きました。もち米を蒸かして杵でぺったんぺったん。時々杵を持たせて貰いましたが、なんせ力がない。ふらふらして石臼のヘリに杵をぶつけて、木端入りの餅を搗いておりました。遠い日々・・・

甲州夢小路の近隣はなにかしらの建築規制があるのか、住宅までもが時代がかった造りになっていました。

↓蔵ではなかった筈。民家?の屋根の下。

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「鶴」紋は、甲府城が「舞鶴城」と称せられるからでしょうね。

漆喰ですよね。材質が漆喰でないにしても、コンセプトは漆喰細工。

伊豆の長八さんが見たらなんていうだろうな。何も言わないだろうな・・・そもそも比べるべきじゃないだろうな・・・

で、本題。甲府城です。甲府城にあった3つの出入口の1つ「山手御門」(復元)です。

↓これは「山手門」 (高さ約6m、幅約5m)です。城門です。・・・って、話が分かりづらい。

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「山手御門」とは二つの門の総称です。上のが山手門(やまのてもん)で、

こちらが↓もう一つの「山手渡櫓門」(やまのてわたりやぐらもん)(高さ約12m、幅約14m)。武器庫だそうです。

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山手御門のあるところは「歴史公園」となっています。

「山手御門とは、山手門(やまのてもん)と山手渡櫓門(やまのてわたりやぐらもん)の総称で、甲府城にあった3つの出入口の1つです。山手門は城門として、山手渡櫓門は武器庫としての役割を果たしていたといわれています。」 

「山手渡櫓門の中は展示室になっていて、発掘調査で出土した瓦や陶磁器、山手渡櫓門のミニチュア模型、江戸時代の歴史資料などを展示しています。」そうです。

しまった。見てこなかった・・・

以上の請け売りの元は「甲府市観光情報」です。
https://www.city.kofu.yamanashi.jp/welcome/rekishi/rekishikouen.html

さて、お城の本体は線路の向こう側です。つまり、明治に線路を通す際に、お城を分断しちゃったのでした。今思うと「なんちゅうことを」ですが、徳川様の御威光の失われた時期、廃城の価値なんぞゼロに等しかったのでしょう。

あちら側へは陸橋を渡ってまいります。

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行くでよ。

(続きは次回に)

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2015年10月27日 (火)

入り口

入り口=入るところ。

↓どこへ? 

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奥まった扉の向こうは、魑魅魍魎世界。一歩踏み込んだ途端、漆黒の闇へ真っ逆さま。運が良ければ閻魔様(or魔王様or悪魔様)に気に入られて、丁稚奉公できるかも・・・

↓夜になるとランプにぽっと灯りがつきます。

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ぎぎぎぎぃーっと扉があいて、寸詰まりの怪物が手招きします。こっち来いこっち来い・・・

魅入られてしまったあなたは、拒もうにも足が勝手に動いて闇世界へすーっと・・・

↓こちらも入り口。

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窓がぎぃ-っと開きレースのカーテンが閃いて、枯れ枝のような長ーい黒ーい手が伸びて哀れな獲物を絡めとる・・・

一見何の変哲もない館には人食い鬼が棲んでいるのですよ。深い山の中ですよ。ふっふっふ。

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という与太法螺話をすると怒られます。

中断したままの一橋大学構内めぐりの残りの写真です。

↓西本館ね。

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入り口部分の青い屋根の下に「べろだしライオン」が付いています。

写真右下の緑が不自然なのは、真っ赤っかなコーンが目障りで消しちゃったからです。こういう雑な消し方すると、仕事だったら文句が来ますが、この場合はいいでしょ。言わなきゃ分からない筈ですし。(だったら言うな)

↓東本館。

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これも赤いコーンなどを消しています。せっかくの建築が台無しですもん。

「変人」中島義道氏が『醜い日本の私』で景観ぶち壊しの電線などをあげつらっています。ワタシは人間性が中途半端なので中島義道氏の真似はできません。腹の中で「ここにこんなモノ置くなっ」と文句つけるぐらいです。

置かないと困るから置いているのでしょうけどね。

余談ですが、「醜い」は「日本」と「私」の両方にかかります。中島義道氏がそう言っています。

東本館の窓。

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ブラインドがねえ・・・レースのカーテンの方が似合っていますけどねえ・・・ブラインドの方が便利なんでしょうねえ・・・

一橋大学構内は終わりです。次回は甲府城の続き(の予定)です。

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2015年10月25日 (日)

はたらくくるま

働いている、というより、遊んでるみたいな車列です。

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人間もフィギュアみたいだし。

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実はジオラマの一部です・・・なんちゃって。嘘っぱちはいけません。

実写ですよぉ。

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↓どう見てもミニチュア・・・

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周りがデカすぎるんです。

ここは羽田空港の国際線ターミナルです。

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屋上から滑走路を覗いたのが冒頭の写真。

立派なカメラ構えて離着陸狙いのおじさん(おばさん)たちが大勢いらっしゃいました。

ワタシはチンケなコンデジですから、重箱の隅突き専門でして、広大な飛行場でミニチュアみたいな写真を撮っとります。

久しぶりに羽田空港に遊びに来ました。いやあ、変わりましたなあ。ワタシが知ってるのは成田空港開港以前の旧ターミナル。紀州へ行きましたなあ。北海道へ行きましたなあ・・・

国際線ターミナルはピカピカでして、屋内に日本橋があったり、江戸商店街があったり、観光客用に日本情緒を演出しているのだとは思います。

が。ワタシの感覚がおかしいのか↓中華テイストに思えて仕方ない。

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上の写真の向き合いには、紅葉お化けがいるでござる。

両手をお行儀よく前につきましてザリザリ前進して「取って食うぞ」みたいな。

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紅葉の後ろの壁にはお札が一杯ぶら下がっておりました。絵馬、でしょうかね。

↓その「絵馬」の自動販売機・・・

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面白いところだなあ、日本の玄関口は。

(甲府城も一橋大学も中途でほったらかして、羽田に遊びに行っちゃいました。ここんところ、雑事のべったら漬け状態で、少々ストレスが溜まってるみたいでして。)

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2015年10月18日 (日)

あっちの岸

訃報が届きました。

数十年前、こどもを通して知り合ったグループの一人。

グループ内で一番若く、いつまでも若い印象があり、50代になったと聞いたときには、ええっ!?と皆が驚いたような元気な人でした。

どこか悪かったわけではなく、突然の心臓発作。

年に数回会う程度でしたが、最後に会った時も、じゃあ~ねえ~またねえ~、と気楽に別れの言葉を交わしました。

良く言えば、ピンピンコロリ。あまりに突然すぎて、いまだに実感がありません。時間が経っても信じられないだろうな・・・

苦労もした人でした。いろいろ悩んで。やっと落ち着き、孫たちも生まれて、これからだったでしょうに。

家族だけで見送るとのこと。

最近近所で亡くなった方たちの場合でも、家族だけで、ということが多くなりました。

さようならIさん。いろいろありがとう。安らかにお眠りください。

残された人たちも、いずれ後から行きます。ちゃんと迎えて下さいね。また宴会しましょう・・・

天国で、と言いそうになりました・・・少々死生観が混乱しています。平均的日本人の多くは先祖代々の仏教徒であり、行先は西方浄土のはず。たどり着くまでいろいろ試練はありますが。

途中で三途の川をこえる越える筈。

無事にあっちの岸へ渡ったら、とりあえず心配はないでしょうね。渡るのは二週間後だそうです。

罰当たり仏教徒のワタシですが、どうかちゃんと渡れますようにと、心の中で手を合わせています。

さようなら・・・

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2015年10月16日 (金)

「藤村記念館」-豪勢な小学校

甲府駅北口の「藤村記念館」を前回とは別角度から。バックが森だったら最高なんですけどね。仕方ありませぬ。

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藤村記念館の「藤村」は、明治の藤村県令のことです。

県令って何よ? 今でいう県知事さん。

いただいてきたパンフを要約しますと、

藤村紫朗(1845-1908)。熊本出身。明治6年(1873)~20年在任。文明開化諸施策に積極的に取り組んだ。市街を整備し擬洋風「藤村式建築」を推奨した。

明治前期の甲府には藤村式建築が多数存在し、英国公使アーネスト・サトウはその数を「町の規模からすれば私が知る限り日本一だ」と書いている (10.16少々追加訂正)

ほほう・・・くまモンですか・・・ごっちょでごいす甲州弁・・・

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↑撮った本人以外には、どうってことない写真・・・

甲府は城下町でもありました。

武田(信玄)家滅亡のあと、諸大名が支配し、江戸時代に柳沢吉保が城主となり、整備されました。その後幕府直轄地となり幕末を迎え、明治時代に廃城となって主な建物が取り壊された・・・

もったいないことを。今になって再建をしておりますが、甲府城はとりあえず後にしまする。

という訳で、昔の甲府はしっとりとしたいい街だったようです。

過去形になっちゃっているのは、太平洋戦争末期に大空襲を受けまして市街丸焼けになりまして、その後はバラックから始まり安普請新建材ナンタラカンタラ・・・情緒はどこへ行った。

実は亡き母は甲府出身でありまして、1945年7月6~7日の「たなばた空襲」で焼け出され、終戦後母の実家は開拓農家として山地にはいり苦労したのでありました。

母は家族と別れてお嫁に行きましたので、開拓の苦労はしておりませんです。

話が逸れました。

藤村記念館は旧睦沢学校校舎です。現・甲斐市に明治8年(1875)に建てられ、昭和32年(1957)まで小学校として使われたと。豪勢な小学校ですなあ。

この場所に移設されたのは最近の筈です。以前は武田神社境内にありました。その頃はぼろっちかった記憶がありますが、駅前に移設されてピカピカになったような・・・(記憶曖昧)。

当時の教室を再現。やっぱり豪勢な小学校ですなあ。

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天井の照明は違うでしょうけれど。

↓覚えがあるぞ、この机と椅子。

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あ、机の下の板が無くなっている・・・

懐かしのオルガン。足踏み式リードオルガンというそうです。

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休み時間にぷーかぷーか弾いていたのは、お家にオルガンがあるお金持ちの子どもたちでした。

当時の担任の先生が依怙贔屓で、お金持ちの子ばかり集めてオルガンを教えていましたなあ。よーく覚えておりますぞ。先生はお忘れでしょうが。

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↓どこのメーカーでしょうね。 

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左に「YAMANO」とあるような。山野楽器かな。

2階の窓から駅を見る・・・森だったらよかったのに。仕方ありませぬ。

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お祭りがあるようで、トンカントンカン舞台設定が始まっていました。

階段が急こう配でした。

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降りるのが大変。手すりにつかまってよっこらせと。

1階の上り口に、スリッパは2階にあります、と書いてありましたが、なるほど、スリッパ履いては上り下りできませぬ。

忘れていました。ガイドの方に、韮崎(甲府の隣)は今大注目です、と言われまして、「花子とアンのロケセット」ですね、と知ったかぶりで答えてしまいました。

間違いではありませんが、今現在話題なのは、今年のノーベル賞受賞の大村智先生の地元でありました。つくづく脳内がミーハー仕様・・・

(だらりだらりと次回へ続きます)

おまけ。甲州弁の変な動画がTouTubeに・・・去年の甲府大雪・・・

「生まれてはじめて~甲州弁ver~」
https://youtu.be/75GxZfI4xEU

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2015年10月15日 (木)

勝手にWindows10

昨日、勝手にWindows10にアップグレードされそうになりました。

おお、こわ。予約なんかしてません。

Windows8.1パソコンの終了時に「更新してシャットダウン」と出ました。

何かの更新プログラムがあるということですが、以前これを選択したら一晩中かかっても終わらない事態に遭遇しまして、以来、この表示があるときは、戻ってコントロールパネルで何がインストールされるのか確認の上、その場でインストールすることにしています。

戻ったら、うぎょっ、オプションなのにデカい面してWindows10アップデートが居座っている。

アップデートしません。断固しません。来年7月まで様子見ますっ。

●とりあえずチェックを外して、他の本来の重要アップデートにチェックを入れて、インストール。

再起動。念のためコントロールパネルを開いて・・・チェックを消した筈のWindows10アップデートがデカい面して居座っているぅ。

ネット検索しましたら、勝手にアップされちゃった助けて~、と泣いている人がいます。

●とりあえずの対策

おたおた、あちこち探しまくり、無い知恵を絞って、Windows10アップデートのチェックを外して、なおかつ右クリックで「更新プログラムを表示しない」にたどり着きました。

とりあえず安心。でも毎回「更新してシャットダウン」と出たときには、戻ってコントロールパネルで確かめることにします。

●以上のごとく、どっきりしましたが、その後ネット検索すると、コントロールパネルを開かず、「更新してシャットダウン」にすれば、「Windows10アップデート」がインストールされることはないとか・・・ホントかな・・・

そういえば、Windows7パソコンは「更新してシャットダウン」で終わらせちゃったけど、インストールされていなかったな・・・来てないのかな・・・

7のコントロールパネルを開いたら、げっ、デカい面してWindows10アップデートが居座っている。とっととチェック外して非表示にするざます。

という、アホな日常。

(2015.10.18追記:マイクロソフトのミスだったようです。)

http://gigazine.net/news/20151016-windows-10-automatically-update/
2015年10月16日 10時26分00秒
Windows Updateすると勝手にWindows7/8がWindows10にアップグレードされるエラーが発生

〈Ars TechnicaがMicrosoft広報に問いただしたところ、「Windows Updateプログラム内でWindows 10へのアップグレードプログラムが提供されています。最近のWindows Updateプログラムで、デフォルトでWindows 10へのアップグレードにチェックがついたままでしたが、これは間違いであり、すでにチェックはつかない状態に変更しています」と、Microsoftのミスであったという回答を得たとのこと。〉

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先日、法事で地方にお出かけしてきました。

お城の写真など、後日にするとして、とりあえず↓

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ゆるくないゆるキャラ。目がこええよ~~~

駅の北口の待ち合わせ広場にいました。甲府鳥もつ煮がB-1グランプリになったのは5年前でしたね。イメージキャラクターの「とりもっちゃん」着ぐるみも不気味でした。

「甲府鳥もつ煮」
http://www7b.biglobe.ne.jp/~torimotsu/yurukyaraname.htm

水晶の産地として知られています。昔の話ね。今は加工技術が売りです。

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クリスタルアース、というのは広場の名前かな、モニュメントの名前かな。

ネットには「ラピュタの飛行石」なんてことも書かれています。

広場を出て、デッキから見える風景。

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国指定重要文化財「藤村記念館」旧睦沢学校校舎」です。詳細は後程。

ほほほ、さっきの広場には「環境放射線モニタ・表示ユニット」がありましたですよ↓。

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下にいろいろ説明があるのですが、どこに表示されているのか分からず、もしかして上の時計が時々変わるのかなと思ったりもしたのですが、どうやら現在休止中らし。

本来、写真中央の球体に表示されるようです。

(だらだらと続く予定です。)

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2015年10月 4日 (日)

砂糖まぶしの家

横文字風だと、シュガーコーティングハウス。アイシング、って言うんでしたっけ。

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見つけた時、「あ、お菓子の家」と思いましたが、ヘンデルとグレーテルがたどり着いたのとはちょい違うようです。

チョコレートもクリームも塗りたくっていないしマジパンもアラザンも張り付いていなし。

硬く焼き上げた生地にシュガーコーティングしているみたいで、これはこれでおいしそう。

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窓の白い枠なんぞ、ぽろっと剥がしてつまむと、歯が浮くくらい甘いんだろうな。

柱の薄青はミントのイメージかな。ラベンダーかな。ぷよぷよに見えるガラスはゼリーかな。階段のマーブル状の黒はなんだろな。トリュフじゃありませんよね。黒ゴマかな・・・

↓あらっ、脇に回る興醒めですわね。チョウザメじゃございませんことよ。

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メルヘンしているこの建物は一橋大学構内の「旧門衛所」です。

文化庁の文化遺産オンラインによりますと

〈1931年  登録有形文化財 外装はモルタル塗,腰スクラッチタイル矢筈積及び下見板張で,側面に鉄板葺の出窓を設けたフランス瓦葺ハーフティンバーの瀟洒な洋風建築〉 (抜粋)

だそうです。へええ。

↓これも見ようによっては、お菓子製に見えなくもない・・・

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見えませんよね、ただの古い倉庫。でも土台が麩菓子を積み上げたみたいだな・・・

壁はイチゴ風クリームを塗って焼いたみたいな・・・

保健センターと職員集会所の間にありました。近寄って見たかったのですが、一筋島化して、じゃなくて、ヒトスジシマカの猛攻撃を受けまして断念。うまくかわした積りでしたが、数か所刺されていたと後になって判明。デング熱怖い。

↓こちらが「職員集会所」。

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こういうレトロ建物が現役です。一橋大学は奥が深い。あちこち草深い。お出かけの際は虫よけスプレー必携です。

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2015年10月 2日 (金)

モノは古ビル

昨日、XPが持っていかれました。

と書くと強奪されたみたいです。自分で電話して集荷に来てもらいました。

10年間付き合ったPCと別れるのは悲しい・・・かと思いきや、あっさりしたものでした。

不調が長く続いていましたものね。

あれと同じです。長く患った年寄が最期を迎えたとき、介護した人が安堵するみたいな。おじいちゃん(あるいはおばあちゃん)、頑張ったね。もう苦しくないね。むこうで懐かしい人たちに会えるね・・・みたいな。

人間とPCを一緒にするなっ、と怒らないでくださいまし。

もう苦しまなくて済むね、とは母が亡くなったときのワタシの正直な気持ちです。

さよならXP、後は7が頑張ります。とはいえ、7のメインストリームサポートは今年の1月に終わってるんですよね。その後5年で延長サポートも終わるんですよね。ああ、モノにも寿命がある・・・

↓へい、お待ちっ、みたいに突き出る照明。

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凝った意匠です。

ん? お猿さんがいる。

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ほれ、2匹並んでこっちを見てござる。

あ、いや、青蛙かな。いや、髭のないケムンパスかな・・・なんでも顔に見えてしまうのは、心がさみしいからかな・・・

失礼いたしました。ここは一橋大学構内です。附属図書館です。図書館入り口脇の壁についていました。

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見ての通り、アーチだらけです。

窓の上のほうの端っこのガラスを嵌めるのに苦労したでしょうね。

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嵌める前にカットするのも一苦労だったかも。パテでがっちり固めてあるんでしょうかしら。

昔のパテって、古くなるとカチンコチンに固まって、やがてひび割れて、学校の窓など、ついつい剥がしちゃったりしましたよね。たまにぐらぐらするのに剥がれないのがあって、意地でつつきまわしたり・・・いけないガキでした。その後の地震でガラスが落下したという話は聞いていませんが、補修などされたのでしょうか。

↓振り返ってみれば、緑多きキャンパスの中のロマネスク建築。

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感激しているおばちゃんの近くを学生たちが通り過ぎていきました。

慣れっこになってしまって、ろくに見てないでしょうね。国の登録有形文化財も“古びた校舎だなあ”なのかも。

卒業して何年も何十年も経ってから感慨深く思い出すんでしょうね。その時、建物が健在だったらいいんですけどね。

モノは古びる。建物は古ビル。

締まりのない話で済みませぬ。まだ続きあります。写真が大量に残っています。

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