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2015年7月

2015年7月27日 (月)

腰板

壁などの下の方に貼った板のこと。

じゃなくて腰痛い・・・

爺様の再入院のそもそもは、脚がもつれたのか床に転がった爺様が起き上がれなかったことです。

ワタシより30kgは重い巨体なので抱き起すなんて不可能。近所の方に手伝ってもらって踏ん張りましたが、近所の方もろとも、「ダメっ。腰に来る~」でギブアップ。

あっちへ電話しこっちへ電話し、消防署へ電話し屈強な方々に来ていただきまして、そうこうするうち体温が上がっていることも判明して救急車と相成りました。

爺様、デカイ体して発熱には極端に弱い。心身ともに一気にレベルダウンしてしまいます。

後から考えると、今回も発熱にともなう脱力だったもよう。熱中症ではなく感染症でしたが。

で。

ワタシの腰は大丈夫、と思っていたのですが、じんわり痛い。年取ると筋肉痛はだいぶ遅れてやってくる、と俗に言います。ワタシ、俗人です。俗諺通りじわじわと・・・

思いました。腰(だけでなく全身)を鍛えなくては。

10年以上前のこと。父が亡くなった後、しばらく膝の痛みに悩まされました。

葬儀だ法事だなんだかんだと滞在した実家は車社会の田舎ゆえ、極端な運動不足だったと思います。

腫れ上がって曲げることもできない。病院に行けば「水を抜く」という処置が考えられる。

ワタシ、根がケチです。必要あって体内に溜まっているであろう水を抜いてはいけないのではないか。そう思いまして、急性期が過ぎたころから、せっせと歩きました。でいつの間にか快癒。

その後は意識的に歩くことを心掛けまして、膝の痛み腫れの再発はなし。

今回は猛暑で歩くこともままなりませんが、熱中症にならない範囲で体を鍛えねば。スポーツジムはお金かかるのよねえ・・・

あ、爺様は無事です。避暑地のような病院の快適なベッドで惰眠をむさぼっております。一種の寝たきりゆえ、おつむりの中身が少々心配な状況です。

ついでに。

爺様はその昔、調布中学校に在籍しておりました。今回の調布飛行場から飛び立った小型飛行機の墜落現場は、調布中学校のすぐそばです。

今回の事故のTVニュースに見入っておりましたが、爺様、調布飛行場の記憶は全くないとのこと。あれえ。戦中も戦後も飛行場だった筈ですよぉ。

飛行場は野川公園の近くでもありなじみのある場所です。昨日はニュース速報テロップで事故を知りました。痛ましい事故でした。

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2015年7月24日 (金)

救急車酔い

ほっほっほっ。

ワタシ、乗り物に極端に弱いのですが、最近は耐性ができてきて、バスであちこちお出かけできるようになりました。

バス、タクシーになじんだのだから、救急車なんてへっちゃら・・・

の筈でしたが、見事に酔いました。サイレン鳴らして走行する救急車の中で、マヌケが一人「気持ち悪い・・・」

ワタシが運ばれたんじゃありません。付き添い。

爺様です。退院したばかりなのに、また。

大変でした。三連休中でしたので、医療機関もお休みで、受け入れ先が決まらずすったもんだして、やっと少し遠くの病院からOKが出て向かって・・・・

それからは、その病院に感謝感謝です。いえ、そこに入院したんじゃなくて。

退院したばかりなら、元の病院が受け入れるべきでしょ。ウチに入院してもらってもいいんだけど、患者の負担が大きすぎるでしょ。

と交渉してくださいまして、かかりつけ病院へ搬送されたのが真夜中でありまして。

救急車酔いしましたマヌケは顔面蒼白。とりあえず爺様を預かっていただいて、夜道をとぼとぼ歩いて帰りました。

爺様、今回は別の感染症でありました。そろそろ、アレかな・・・

(アレ、にはお好きな言葉を当てはめて下さいまし。何を入れるかで、入れた人の事情が分かります。ふっふっふ。)

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2015年7月17日 (金)

くたびれた・・・

先月救急車で運ばれた爺様が退院なされます。

めでたしめでたし・・・なのですが、退院後も”処置”が必要とのことで、ここ数日病院に”実習”に通いました。手袋して滅菌ガーゼに滅菌棒でお薬つけてうんぬん。

蜂窩織炎というやつです。はあ。

で。

週末のお約束で仕事が入りました。

世間様は三連休ですが、ワタシはお仕事と爺様のお世話。なんてこった、ワタシの青春返せ・・・じゃなくて晩春返せか。

久しぶりの更新はぐっちぐちの愚痴でした。ぬお~

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2015年7月11日 (土)

不忍の池へ

6月7日上野恩賜公園散歩の12です。やっと終わりです。(^-^;

京成電鉄博物館動物観駅跡のはす向かいは、東京藝術大学の裏門でございます。

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右端にちょこっと見えるポスターは、次回行く予定の「ヘレン・シャルフベック展」。

勢いでこの日一緒に観てしまおうか、と思わないでもなかったのですが、「ついでに」鑑賞するようなものではございません。日を改めてまいります。

帰り道は「旧東京音楽学校奏楽堂」の前を通って、ああ今は休館中なのね見学できるのは3年後なのね十数年前に入ったことがあったわよねカメラ持ってなかったのよね、と嘆息しつつ・・・

なんですか、これ↓。

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芝生の中に柱が一本ぽつねんと。

巨大燭台じゃなくてえ。

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芸術でした。藝大の学生さんの作品のようです。

「私達は互いに溶けあう」

何と何が合体したのでしょう。

↓タケノコ?が伸びて、てっぺんにキノコ?

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蟹星人系生物が地中から地上を探索しているのかと。

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「めしべ」だそうです。そういえば巨大雌蕊です。インパクトあるな。

↓こちらは「発射台」。

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うそうそ。寛永寺「時の鐘」です。上野大仏の近くです。

寛永寺HPによりますと、〈寛文九年(1669)に設けられ、天明七年(1787)に改鋳。現在も正午と朝夕六時の計三回、毎日時を告げている〉そうです。(抜き書き)

台座がコンクリート?のように見えますが、石積みでしょうか。

↓こちらは花園稲荷神社の参道・鳥居でございますが、五條天神社の参道でもございます。

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はてな。いっしょくたでいいのか。五條天神社には菅原道真公もお祀りされております。

この奥には赤い鳥居が延々と続き、その先に花園稲荷神社があり、また「穴稲荷」があり、秘密めいた雰囲気満載ですが、なにせ人が多すぎて写真撮れませぬ。

穴稲荷さまに関しては撮影禁止。

なのにネット検索すると「穴稲荷」写真が出てくる不思議。祟りが怖くないのかなぁぁぁ。

五條天神社の写真は・・・こちらも人だらけで撮れませぬ。

さて、そろそろ撤収です。帰り道は弁天堂経由。

素通りするつもりでしたが、参道前に差し掛かって、あら不思議。数十年前、動物園帰りに子供の手を引いて参道の屋台に気を取られながら歩いた記憶が瞬時によみがえり・・・

あの時は目線が子どもと一緒だったのかしら。参道がもっと広く両脇に屋台のぎっしり建ち並ぶ誘惑の道だった気がしましたのに、いい年こいてからみると案外ちんけ。

参道も人いっぱいですから写真とりません。代わりに池の方をむいてぱちり。

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蓮の葉っぱばかりで面白みに欠けます。池の向こうは見事にビルばかりです。

「鳥塚」。これにかぎらず、弁天堂周囲は「~塚」で溢れておりましていささか食傷。

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人ばかりだし、もう帰ろうかな~と言う時、弁天堂の裏手で人の流れが途切れました。

↓この1枚ね。貴重ですのよん。

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で、何気なく振り返ると、あらあ、人のいない一角があるじゃありませんか。

なんざましょ。東京の上野の繁華街とも思えぬ、この田舎感は。

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ワタシの田舎でさえ、こういう風景は失われましたぞ。

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左端にビルが見えなければ、昭和の片田舎でありますぞ。

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石の擬宝珠もすり減っておりまする。

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ワタシの子ども時代、小さな川の橋はこんな具合の石橋でした。

思わぬところに昔日が残っているものですねえ。

後日ネットで調べましたら、この小さな島は「聖天島」というのだそうです。あれこれ話を寄せ集めると、「鬚地蔵」さまがいらっしゃり、後姿がナニにそっくりだとか。ここの神様は弁天様より古いんだとか。本格的に調べる価値ありそう・・・

ついでに「鬚地蔵」とは、飛鳥時代から奈良時代の呪術者・修験道の開祖、役小角(えんのおづぬ)のことだとか。

不忍の池は、明治に一部埋め立てられ、太平洋戦争中も食料不足から水田になっちゃって、昭和30年代に復活したとのことですが、今のところ詳細なネット情報に行きあたっていません。

で、こちら↓は見物人が一人もいませんでした。

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「豊太閤護持 大黒天堂」・・・

豊太閤って、豊臣秀吉ですよね。家康さんが秀頼くんにいちゃもんつけて、豊臣家は滅ぼされましたよね。なんで家康公ゆかりのここに・・・

という疑問を残して、6月7日の散歩は終わりました。やっと7月に入れる。お付き合いくださいましてありがとうございました。

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2015年7月10日 (金)

博物館動物園駅跡と黒田記念館

6月7日上野恩賜公園散歩の11です。後何回残ってるんだろ・・・

東京博物館を出まして、西方向に進みます。先には東京藝術大学大学美術館がありまして、そのチケットも持ってます。博物館から美術館へはしご・・・はさすがにきつい。

↓お目当てはこれ・・・でもありません。通り道の四つ角にある古代ギリシャと倉庫が合体したような不思議な建物ではありますが。

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何でしょう。駅でしょう。ここから電車に乗って帰りま・・・せん。

ご覧のとおり、今は使われていない、京成電鉄の「博物館動物園駅」の「跡」であります。

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〈老朽化や乗降客数の減少が響いたため、1997年(平成9年)に営業休止、2004年(平成16年)に廃止〉 (wikipedia)になっちゃったんですって。中はどれもレトロなんですって。惜しいことした。いっぺん入ってみればよかった・・・

悔しいのでネット検索。休止直前の映像がYouTubeにありました。

NEWS23 博物館動物園駅
https://youtu.be/narbk77nvt0

で、驚け。じゃなくて驚きなさいまし。あれこれ見ていたらなんと「寛永寺」の駅まであったんですと↓。

京成電鉄・・・かつて輝いた場所
https://youtu.be/4GDlM1gUXXE

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寛永寺駅跡(10秒目あたり)。知らんかった・・・

地上部は痕跡があるそうですから、今度行ったら見てこよう。(とことん野次馬です。)

休止直前(平成9年2月7日)の博物館動物園駅の内部の動画はこちら。おどろおどろしくレトロです。

京成電鉄 博物館動物園駅
https://youtu.be/azbKvWvwpes

↓これは左へ回ったところ。こちら側からも入れたのかな。

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何様式でしょうかしらねえ。

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ギリシャにもカンボジアにも思えます。

で、お目当てはこちらでございます。

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通りを挟んだ向かい側にございます「黒田記念館」。

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ほっほっほ。見事でございましょ。

国立博物館の1施設のようでございます。博物館HPによりますと〈黒田清輝の遺産と作品が国に寄贈されたことが契機となって建てられた施設〉だそうです。当然、展示物は黒田先生の作品。

玄関入って振り向いたところです。

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展示室は2階です。赤絨毯の階段を上がっていきます。

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踊り場の窓がなんともよろしい雰囲気でございます。

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2階の奥、廊下の突き当たりが「黒田記念室」。

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アトリエ再現・・・ではないでしょうね。

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イーゼルと椅子はお使いになっていたもののようです。

「昔語り図画稿 (舞妓半身像)」明治29年(1896)が展示されていました。

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おお素晴らしい、と見とれてしましました。図画稿とはいわば下書きのようなもの。これらのモチーフから油絵が制作されましたが、戦火で失われてしまったそうな。

黒田記念室から廊下側を見たところです。

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天井が素敵なんですよね・・・

隣の資料室の天井も。

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資料室の窓辺・・・

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それほど広い建物ではございません。2階には他に映像室と特別室。

ビデオみる気分でなし、何か調べにきたでもなし、これにて帰ります。

2階、階段手前で見る踊り場の窓。

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なんと乙女ちっくな気分にさせてくれるのでしょう。

下りも赤絨毯を踏んでまいります。

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で、1階に降りてきますと、その先に続きがありまして、ほとんどの人がそのまま地下へ降りて行ってしまいます。

如何にも「ここを降りていくのですよ」、という雰囲気。

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が。その先は行き詰まり。たいていの人が途中で、「あ」、と気づいて戻っていきます。

敢えて降りる物好きもおります。

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へへへ。降り切って見上げています。写真の右側は舞台裏的にゴタゴタしておりました。

で、まだ続くのですよ。あと1回で終われるかなぁ。

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2015年7月 9日 (木)

龍になるには

6月7日上野恩賜公園散歩の10です。数時間の散歩をここまで細切れにするか・・・

ええと、これは・・・そうそう、銅錫杖頭でした。杖の先っぽね。

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奈良時代・8世紀だそうです。

〈修験者や僧が山野を遊行する際、これを揺すって音を立て、毒虫害虫を防いだ〉 とこのこと。ははーん、それで。

何がははーんかと言うと、遠い遠い昔、ワタシが片田舎で子どもだった頃、もはや戦後ではないと言われて久しいけれど、世相は結構物騒で、親の言うこと聞かない子はサーカスに売っちまうよとか、人さらいに連れていかれるよとか、脅された時代でありました。

今と違って夜になると辺りは真っ暗。冬ともなれば、炭火で暖を取っていた時代、放火も失火も怖い。

町内会の「組」で、毎晩交代で夜回りをしていました。拍子木でちょんちょん「火の用~心」、ではなく、金属の輪っかのついた杖を打ち鳴らしては「火の用~心」・・・火災除けでした。

その杖のことを子どもは「ちゃんかりん」と呼んでおりましただ。

ドスンと杖を突くと、輪っかがちゃりんかちんと鳴るもので。

何十年も忘れていた遠い昔のことを思い出しました。まこと、モノは思い出のよすが・・・

で、上を見上げれば、昔の日本家屋に合ったような照明の笠。

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こっちの方が当時の民家のものより断然立派ですけれどね。

笠に黒い線や飾りを貼り付ける内職を近所のおばさんがやってたな・・・

あら、ダースベーダーの兜が紛れ込んでるぅ。

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ぴっかぴかの新品じゃありませんかぁ。と思いましたが、鎌倉時代・13世紀の「二十五間星の兜鉢」です。手入れよろし。

で。これはなんだ・・・

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「鯉水滴(魚跳龍門)」とありますが、鯉じゃね~よ~

じゃ何か? どう見たって、カバとかブタとか・・・尻尾は人魚系ですけど・・・あ、龍に成りかかっているのかな。登竜門の真ん中くらいかしら。

とことん変身してこうなるのかしらん↓。

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龍って、ほんと、玉がお好き。

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簪です。写真が暗いのは、フラッシュ使わないから。こういうとこでフラッシュ焚いちゃだめですよ。

で。まだ続きます・・・(さっさと終われや・・・)

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2015年7月 8日 (水)

チョコレート不動

6月7日上野恩賜公園散歩の9です。ひと月前の話がもう少し続きます。

浮動妙翁隆三・・・じゃなくて、不動明王立像にございます。

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平安時代・11世紀。

この時代のトレンドは、巻き髪、左に弁髪を垂らしまして、右目を見開き、左目は眇め、右下牙で上唇を、左下牙で下唇を噛む、苦み走った渋い男でございます。

分かりやすく言うと、パンチパーマ、片方にお下げ髪、ぎょろ目ウインク、歯並び悪し。

加えて、ちょいメタボ。

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アップで見ると、全身のチョコレートコーティングを何食わぬ顔でなめてるみたい。

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バレンタインにこんなの貰ったら、腰抜かすだろうな・・・

で、こっちは、ボビーオロゴンと誰かの掛け合い漫才みたい。

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右のおじさん、誰だったかな・・・山崎努じゃなくて・・・(敬称略)

四天王眷属立像だそうです。鎌倉時代・文永4年(1267)だそうです。

しらーっと立つこちらは、菩薩さま。鎌倉時代.13世紀だそうです。

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むさくるしいのと一緒にするでない、と言ってるような風情であります。

いい具合に侘び寂びているようですが、元はさぞかし金綺羅金だったのでは。

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極彩色の菩薩さまを見たいものよのう。

で。階段の脇の矢印をご覧くださいまし。

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あ~れ~、こっちでもやってるよ。

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↓鳥獣戯画 甲巻。

明治時代の模写(山崎菫詮)でございますが、どのみち教科書の挿絵でしか見たことありませぬ。本物も同然。どれどれ・・・

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ふふふ。楽しいよのう。

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と鑑賞しておりましたら、

「やっぱり目が違うわね」と本物を見てきたらしい夫婦の会話が・・・

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やっぱり違うのか。

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でも、よしといたします。

本物を労なく鑑賞したかったら、特別扱いされるような一流の人になるべし。

今からでも遅くありませんぞ・・・

続きます・・・

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2015年7月 7日 (火)

お獅子の歯磨き

6月7日上野恩賜公園散歩の8です・・・ひと月前の話になっちゃった。

いろいろありましてねえ・・・というのは後日に。とりあえず散歩を終わらせなくちゃ。

さて、当日の目的は東京国立博物館の「鳥獣戯画」展でありました。最終日・・・

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どうせ見られやしませんわよと、ちんたら行きましたら、あらすんなり入れました。

と思ったのは早計。鳥獣戯画には「甲乙丙丁」があります。

甲が一番人気がありますよね。それ以外は他人様の頭越しだったりしますが、すんなりと見物(見学といえるほどの知識人でなし)できましたが、甲の部でいきなり行列。

この時点で1時間40分待ち。それでも多分短い方だったのでしょう。博物館の正門から入場してすぐの場所に、この日は誰も並んでいませんでしたが、列の最後尾表示板が置かれていました。

会場内部の行列が1時間40分待ちなら、会場外のそこからは3、4時間待ち・・・凄い根性で並んだんでしょうね・・・

さっさと諦めて本館に行っちゃいました。

会場の平成館前の池で、甲巻から抜け出したウサギとサルが戯れておりました。

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ウサギとサルと、どっちが偉いんだろう・・・

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いい気なおサル。水面かっぽれ。

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ウサギも能天気に背面ダイブ。石に頭ぶつけるよ。

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「おーい、こっちだよ」だか、「ここまで来やがれ」だかは、観る人次第。

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鳥獣どもの総長はお髭生やした人間様。

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国立博物館によりますと、

〈鷗外森林太郎は大正6年(1917)、帝室博物館総長兼図書頭(ずしょのかみ)に任命され、同11年に在職のまま死去しました。〉
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1540

林太郎さんは森茉莉さんの「パァパ」です。

(パァパと記憶していましたが、ネットだとパッパと出てきます。はてな。)

本館内も系統だてて見て回ろう、なんて殊勝な気持ちは持ち合わせておりません。

壁のタイルだとか。

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上のアップね。

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天井からぶら下がる照明だとか。

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あら、腕時計みたいな壁時計。

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で。歯磨きするお獅子。どう見ても歯磨きライオン。

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ライオン歯磨きの回し者・・・じゃございません。

何に気を取られているんでしょうね。

「ん?ああ?あれ?そっち行くの?山の神が出るよ・・・」とか。

『織部獅子鈕香炉』 美濃焼。慶長17年(1612)。「加藤佐右衛門尉寄進」。

あら素敵なお茶碗。

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と思ったら、「仁清」ですって。

『色絵波に三日月文碗』 江戸17世紀。

国立博物館はお宝一杯です。

まだまだ続きます・・・

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