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2014年3月21日 (金)

空林荘跡地

巷は3連休ですが、ワタシはPC相手にシコシコ・・・日頃の心がけは良くありませんけど、なんかもう人生ゴタゴタ暇なし、なんの祟りでしょ・・・

(愚痴ってないで仕事しましょ。)

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3月15日小金井散歩の4です。

さて、跡地を見に行ったわけではありません。

地図を見て公園を探して浴恩館公園とあったので、行ってみたら「空林荘」は跡地になっていました。

そもそも「空林荘」なるものが存在することを、現地に行って初めて気づきました。

↓浴恩館公園入り口の案内です。

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浴恩館とは何か、知りたい人はクリックして拡大して読んでください・・・では余りに不親切。

現在、小金井市の文化財センターとなっておりまして、市のサイトには

〈文化財センターは、市内から発見された考古資料・古文書・民具等の文化財を保存・展示し、身近な郷土の歴史に親しんでいただくための施設です。

この建物は、「浴恩館」と呼ばれ、昭和5年(西暦1930年)から青年団講習所として使われた由緒のある建物です。

講習所長であった下村湖人の小説『次郎物語』の舞台としても知られ、空林荘と共に、市史跡に指定されています。〉

分かったような分からないような説明・・・(ワタシの頭の問題だとは思います。)

↓こっちの解説がそのものずばり。

エリアマガジン「ののわ」
http://www.nonowa.co.jp/areamagazine/magazine/201306/green.html

〈浴恩館(小金井市)
1928年(昭和3年)、京都御所で行なわれた昭和天皇即位式に使われた建物の一部を財団法人日本青年館が譲り受け移築した。

現在は市の文化財センターとして一般開放されている。〉

こんな建物です。

B0010_140315yokuonl350_2

玄関両脇をご覧下さい・・・残雪・・・うっそぉ。

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大雪降ったのは2月14日。1ヶ月経ちます。どうしたらこういう万年雪もどきになるのでしょうか。

で、空林荘とはなんでしょう。

↓ここに書かれています。

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ごく大雑把にまとめると、全国の青年活動の中心であった財日本青年館が講習所を開設したとき講師の宿舎として建てられまして、下村湖人先生が所長を務めたこともあり、次郎物語の構想はここで練られたそうです。

で、なぜ跡地なのか。

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昨2013年2月23日に火事になっちゃったからです。放火、らしいです。

(そういえば、火事を知らせる新聞記事を見たかすかな覚えがあります。)

焼ける前の空林荘を知りませんので、ワタシの脳には跡地だけが記憶されることになりますが、文化財センターに展示されている写真を見ますと、実に趣きのある建物のようでした。

放火だとしたら、どういう心理の人でしょうね。わからん。

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(↑入れ忘れの写真追加:跡地の上は青い空に大樹がすくっと)

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(↑入れ忘れの写真追加:園内は静寂そのもの)

放火のせいか、園内の建物に近づくと、昼でも警告ライトのようなものが点灯します。

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チッカンチッカン、少々気分が悪いのですが、仕方ない。

こうやって、一部の不届き者の行いによって、大多数の善人の自由が奪われていくのですぞ(大げさな・・・)

上の写真は、古いデジカメで撮りました。

↓こっちは新しいデジカメ。楽に全体が入る広角・・・

B0007_140315yoku

コンパクトデジカメの進化も素晴らしい。(ワタシの腕にはもったいない気がします。)

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(↑入れ忘れの写真追加:建物の裏の児童遊園には、元は池じゃなかったのかと勘ぐりたくなる砂場。ちょうちんアンコウの先にご馳走が群がっています。)

で、上の建物の名称ですが、ネットではわかりません。

入り口のところにあった案内図には何か書かれていたのですが、読めるような写真を撮って来ませんでした。ぐっ。再訪の可能性あり・・・

(追記:体育館だそうです。ネットで見つけた案内図の拡大版に記載されていました。)

↓こちらは「稗倉」だそうです。飢饉に備えた備蓄倉庫です。

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これまた、放火されたらひとたまりも無い・・・

稗(ひえ)といえば、幼少時代、実家は農家ではありませんでしたが、農地を借りて自家用の稲を育てておりました。

世話をするのはもっぱら半ドンの土曜と日曜日、今で言う週末農業でした。

当然、世話が行き届かない。周囲の専業農家の田んぼには稲穂繁れる麗しき光景となりますのに、我が家の田んぼは稗だらけ。

農家の人は笑いものにしておりましたな。「あれ、稗を作ってるだけえ?」

幼少でも笑われていることは分かりますので農家の人に複雑な感情を抱きましたが、それも今は昔、実家の周辺に田んぼなんぞ残っちゃいません。

田畑は跡取り息子が何をしでかしたかことごとく売り払われて、かつての農道沿いに家が立ち並んでおります。

閑話休題。

浴恩館の周囲を一回りしてみました。

しだれ梅満開です。静かで実に落ち着きます。

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同じような写真が2枚・・・旧と新とで撮りました。

B0008_140315sidaere

どっちがどっちか、こういう写真ではそれほど差が出ません。

といいつつ、色味が違いますわね。上が旧で下が新です。

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文化財センターとして無料開放されていますので、内部に入らせていただきました。

上の庭を、内部から眺めたところです。

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実によろしい眺めでありました。ぼけーっと外の景色を眺めて、脳みそから巷のちりあくたを洗い流す・・・人生にはこういう時間が必要ですね・・・と、しおらしく思ったことです。

もう1回分の続きがあるのですが、整理が間に合わず、先の話になります・・・

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コメント

こんにちは。

空林荘は、昨年11月に焼失したそうですね。下村湖人が、晩年に、「次郎物語」を執筆した居宅です。次郎物語は、著者の構想では、まだ続きがあったようで、未完の作品ではあります。
「次郎物語」の原稿を書いた場所という意味では、舞台ですが、”物語の舞台”は、しらこばとの故郷の佐賀です。吉野ヶ里遺跡から近いところです。映画では、しばしば、佐賀弁でした。
ところで、利根川は坂東太郎の異称がありますが、同じく大河で、筑紫次郎とも称される筑後川の近くでもあります。
彼の実家は名家で、それは立派な建物です。一度、家族で、訪ねたことがあります。

以下は余談ですが、彼は、私の母校の佐賀中学(のちの佐賀高校、しらこばとはこの学校を卒業しました。現在は、佐賀西校)の教師をしていました。県内の鹿島高校の前身の校長も勤めています。
余談の続き・・・
進学校でありながら、ピンチを制して、夏の甲子園で優勝した佐賀北高も、佐賀中学の流れをくむ高校です。”ピンチの裏にはチャンスあり”の張り紙が、貼られていた部室も有名になりました。
なつかしくて、いろいろ記しました。思い出させていただきまして、ありがとうございます。

投稿: しらこばと | 2014年3月21日 (金) 11時36分

しらこばとさん こんにちは。
コメントありがとうございます。
しらこばとさんの故郷は下村湖人氏のゆかりの地でしたか。
機会がありましたら、浴恩館公園にも是非足をお運びください。小金井はもう直ぐ街ごと桜で彩られる季節です。
 
空林荘の火事は、昨2013年2月23日でした。
ワタシが勝手に師匠と思っている方のブログに記事がありました。
「焼けてしまった下村湖人ゆかりの空林荘@小金井市」
http://irumamusashisanpo.cocolog-nifty.com/irumamusashisanpo/2013/02/post-44cd.html

残念なことです。

投稿: マイマイ | 2014年3月21日 (金) 13時26分

浴恩館、しばらくご無沙汰してます。
空林荘は土台を残して遺跡みたいに保存してるんですね。

ここの大久保から移植したツツジと紅葉が見ものです。
それと池の水は仙川から引いてます。

投稿: 多摩散歩人 | 2014年3月21日 (金) 20時50分

多摩散歩人さん おはようございます。
空林荘の再建は小金井市の財政事情などもあり難しそうですね。
 
3月ではまだ枯れ枝ばかりでした。新緑の季節にもう一度行ってみます。
次郎橋のところの仙川は涸れていました。下流の武蔵野市では桜堤で少しだけ復活しています。
浴恩館の近辺でも湧水により復活しているのでしょうか。(→自分で行って確かめます・・・)

投稿: マイマイ | 2014年3月22日 (土) 08時49分

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