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2014年3月

2014年3月30日 (日)

XP未練たらたら

本日桜満開なれど無念の雨降りにて候。

花見は幹事さんのはからいで急遽昨日いたしました(幹事さん、ありがとうございました)。

本日はカタクリの群生を見に深大寺方面へ行くつもりでした。少々雨が降るくらいなんなのさ人が少なくていいわよ、とお弁当と地図を用意して、さあ、玄関開けて・・・

風がぴううう。

げっ。ネットの天気予報を確認したら、大風雷注意報がでているではありませんか。げっげげっ。

アカシアの雨にうたれて死ぬ死ぬ趣味はありませんが、雷にうたれる趣味はもっとない。

近所を一回りして早々に帰ってきました。本日の閉じこもり決定。

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XPのサポート終了まで後わずか。

無駄に高性能(CPUが)ゆえ、処分する気になれず、オフラインで使おうと思っておりますが、昔の機種ゆえ悩みも多し。

なにがって、静電気に極端に弱い。

徒歩出勤してくると、人体にはたっぷり静電気が溜まっております。

うっかり対策を忘れたまま電源ボタンを押そうものなら、意地でも起動するもんか、という事態になります。

7もMacもへっちゃらだというのに・・・

つい最近、納品に行って帰ってきて、朝なら十分注意するのですが、昼ゆえうっかりXPに触ってしまって・・・

おとといおいで・・・みたいな事態になってしまいました。

苦心惨憺、やっと起動しかけて途中で止まったり。

内部に埃が溜まっていないか、ダスターで吹き飛ばしてみよう、と思いついたのは自然の成り行きですが、スプレー缶のノズルが外れて、ぱちんっ、PC本体直撃。PCぷつんっ

あわわわわ・・・

その後も苦心惨憺して起動を試みると・・・ピピピ、ピピピと小鳥の囀りににて非なる電子音が響き渡り・・・

あわわわ、と脳内をかき回してようやく思い当たりました。

メモリーだ・・・

メモリーそのものの不良あるいは接触不良だ・・・

接続を全部外して本体の蓋を取ってCPUクーラーの埃を吹き飛ばしました。で、メモリーを抜き差しすべきなのですが、静電気が怖い。

メモリーを上からぐいぐい押さえつけるにとどめました。

少し押し込まれたような感触がありましたので、多分緩んでいたのでしょう。

で蓋して接続を元に戻して、しばし考えて、縦置きだとメモリーが緩むかもしれない・・・と横置きに変更して・・・

無事正常復帰しましたが、なにやってんでしょうね、ワタシ。

何としても起動しない途中経過のあるとき、マジで廃棄して新しいの買おうか、なんて考えちゃいましたよ。

頭冷やして、新しいOSだと、XPで使ってる会計ソフトもアドビの古いバージョンも動かないぢゃないか、XPにこだわっているのはそのためぢゃないか、と思い出しました。

(厳密に言えば7ProにはXPモードがあります。がHDDにそれほど余裕のない7に余計な負担を掛けたくない・・・)(追記:XPモードも一緒におだぶつでした。)

会計ソフト以外の仕事関係のファイルは、このXPピピピ騒動を以って全て7に移行しました。

会計ソフトも新しいバージョンに移行すれば、XPは無くても困らないのですけどね、仕事に関係なくPCで遊びたいときにXPは便利なお友だちなんですのよ・・・

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3月16日、散歩の帰りがけに三鷹市山本有三記念館の「庭」に行ってきました。

記念館は有料施設ですが、庭は公園として入場無料です。

で、新しいカメラの試し撮り。わあ、全部入ります。

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庭側も全部入ります。

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で、広角で撮って気がついたこと。仰げば尊し写真になっちゃいます。すなわち上すぼまり。

離れて撮ればいいんですよね。

で、離れて撮ると、余計な枝が入り込む・・・

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うーん、写真は考え出すと難しい・・・

庭の紅梅をマクロで取ろうとして新しいデジカメは失敗の大ボケ。なんで?

↓古いデジカメのマクロの方がマシでした。

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マニュアル読んでも今一わかりません。うーん、デジカメ撮影法の本を借りてきましょうか。

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2014年3月28日 (金)

濡れたネズミに羽が生え

濡れネズミの鳥さん。あいにくと名前がわかりません。無粋なもので。

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井の頭公園西園の一角に「小鳥の森」があります。

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地味なもので、人はほとんどおりません。

上の写真の左側が、進入禁止の「鳥の聖域」です。

昔(ン十年前)には立ち入れたような気がしますが、最近自分の記憶に自信がない。

端っこに観察用の覗き窓がありまして、そこからの景色はこんなです。

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原生林風。中央に大きな石が見えますね。

小鳥の水場でした。幸運にも鳥が飛んで来ました。

くいくいと水を飲んで・・・

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ばちゃばちゃ水浴びして・・・

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ずぶ濡れ・・・

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鳥さんの入浴シーンを覗き窓から観察させていただきました。

人間相手だったらえらいこっちゃ。歯の出た亀さん呼ばわりされるところです。

3月16日のことでした。

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2014年3月27日 (木)

これはナニ?

1週間ほど前、近所を歩いていて、信号渡ろうとして・・・

これはナニ?

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スリッパです。

いえ、スリッパだということは見れば分かります。

別段、珍しくもないスリッパです。

で、なんでここに?

履いていた人はどこに?

まるで身投げ現場。しかし、どこに飛び込んだ?

ここまで歩いてきて蒸発しちゃった?

そもそもスリッパで往来を歩きますかしら。

という、どーでもいいヒマ話でした。

ついでに、これはナニ?

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ズンズンズンズン・・・と海面下ぎりぎりを進む潜水艦、なわけはなく、かいぼり後に水が戻った井の頭池の水中の杭です。(3月16日)

比較する写真がありませんので説得力に欠けますが、以前より水が綺麗になったようです。

この時点ではまだ鯉などは戻されていないようでした。

で、これはナニ?

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山小屋の薪置き場・・・ではなく、井の頭公園西園の一角でした。

結構な巨木のぶつ切りです。

西園は大規模な工事中ですが、ここはその現場とは違う場所です。

何があったのでしょう。雪折れした木を処分してるのならともかく、何かの施設を作るために、ばっさばっさと切り倒したんじゃないでしょうね・・・

あ、西園て、ジブリ美術館↓のある方です。

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屋上から「巨神兵」が見てござる・・・ではなくて「ロボット兵」だそうです。

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ジブリ美術館の守り神」と、ジブリ美術館のサイトに書いてあります。

特別枠のある近隣住民でありながら、まだ美術館内部に入ったことがありませぬ。

この日、西園の一角では気の早い桜が満開になっていました。

蕾がぎっしりの木もありました。

↓どこをどう見てもピントの合っていない写真。

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どこをどう間違えたんだろ・・・

オートフォーカスでもこんなピントを外しまくった写真が撮れるのですよ。

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2014年3月26日 (水)

この堰なんの堰

「暑さ寒さも彼岸まで」・・・と毎春毎秋飽きもせず口走ります。

格言通り急に春になりまして桜も開花しましたが、日頃の心掛けに難があるようで、風邪気が抜けませぬ。

ぶえーくしょい、と百年の恋も吹き飛ばしつつ、ティッシュでチーン、をやっておりましたら、鼻の奥が痛い・・・はなぢが出てきそでマジやば・・・と、物言いの品性も欠如。はよ、本来に戻らねば。

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3月15日小金井散歩の5です。ようやくお終いになります。

下村湖人氏ゆかりの浴恩館公園を出まして、さてどちらへいきましょうか。

てくてくマップにはぐるーっとまわって学芸大学を眺めながらナンジャモンジャ通りを通り武蔵小金井駅に向かうコースがあります。

面白そうなのですが、一つ大問題あり。

時間が足りません。もう帰り道を辿らねばならない時刻です。今から2時間弱のコース(きょろきょろする分を加えると4時間コース)には行けませぬ。哀れシンデレラ・・・

帰りましょ。

の前に一箇所だけ寄り道を。

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神社とあったので言ってみました。小さい社です。お世話する方に事情がおありなのでしょうか、少々寂しげでした。名前も分かりませんが、とりあえず合掌。何事もありませんように・・・

で、どうしましょ。一番近いのは東小金井駅です。脇目もふらず行けば30分以内で駅着じゃないかと。

が、30分歩いて電車乗って電車降りてまた歩くなら、いっそ直ぐ北の玉川上水沿いに歩いてもそう違いはないではないか・・・(←バカ)

斯くして歩き方始め。

地図上では小金井公園正門前にあたる上水沿いを下流に向かいました。

いつ見ても同じ深き水の流れよ・・・今は底を少々流れるだけですが、昔は「人食い川」の異名を取る深く急な流れでした(と見てきたような決まり文句を。しかし、今もし満杯で流れたら結構恐ろしいことになりそうです。太宰さんが身を投げたわけだ・・・)

この日(3/15)は桜は全然でしたが、今日あたり上水沿いは見事な桜並木になっているかも。

で、枯れ木茂れる上水を横目に、梶野橋まできまして、ふと横に目をやりましたら、あんらまあ、素敵な廃屋風が・・・

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なんざましょ、とそちら方向にいきましたら、あんらまあ、この川なあに?

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↑写真に写っていない右側では農家の方が作業してらっしゃいました。

で、引き返そうとして気がつきましたのが、これ↓。

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どう見たって、昔ここに流れがあったはず。なんざましょ。

後でグーグルマップで確認しましたら、水路が描かれています。細い方です。

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↓グーグルマップの写真だとこんなんです。

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中央より右やや下の筋が「用水路」。道路左側に続きがあります。

さらに調べて正体がわかったような気がしましたが、とりあえずこの日の帰路をば先にいたしませう。

↓何度も通りかかっていたのに、この日まで気がつかなかった玉川上水の岸の水門らしきモノ。

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うーん、今は使われていませんね。こっからどっかへ水が流れていたんでしょうね。

場所は曙橋を過ぎて境橋の手前ですから、先ほどの正体不明水路よりずっと下流です。

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↓下流側に、こんなんもありましたよ。

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これも、数度通りかかっているにかかわらず、見えているのに見ていなかった「堰」。

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人間の目って見たいものしか見ないし、耳も聞きたい音しか聞こえないし、あてにならないものですねえ・・・

で、帰ってから調べましたよ。

1.用水路は玉川上水の分水の「砂川分水」のようです。砂川分水にはまた各種分水があったそうです。ネットには「梶野新田分水」という記述もありました。

「梶野町築樋」で仙川と立体交差しているという話も。「梶野町築樋」は先日近くまで行きましたが見てこず。川の立体交差とは素晴らしい。ぜひ見に行きまする。

2.「水門」と「堰」はですね、玉川上水の分水の一つの千川上水の旧取水口と堰のようです。へえー・・・

で、何で調べたかといいますとですね、図書館で借りた

『図解 武蔵野の水路 玉川上水とその分水路の造形を明かす』
渡部一二 東海大学出版会 2004年8月5日

面白いですよ。ワタシにとっては。興味ない人には辛気臭い本ですので、お勧めはいたしませぬ。

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2014年3月21日 (金)

空林荘跡地

巷は3連休ですが、ワタシはPC相手にシコシコ・・・日頃の心がけは良くありませんけど、なんかもう人生ゴタゴタ暇なし、なんの祟りでしょ・・・

(愚痴ってないで仕事しましょ。)

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3月15日小金井散歩の4です。

さて、跡地を見に行ったわけではありません。

地図を見て公園を探して浴恩館公園とあったので、行ってみたら「空林荘」は跡地になっていました。

そもそも「空林荘」なるものが存在することを、現地に行って初めて気づきました。

↓浴恩館公園入り口の案内です。

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浴恩館とは何か、知りたい人はクリックして拡大して読んでください・・・では余りに不親切。

現在、小金井市の文化財センターとなっておりまして、市のサイトには

〈文化財センターは、市内から発見された考古資料・古文書・民具等の文化財を保存・展示し、身近な郷土の歴史に親しんでいただくための施設です。

この建物は、「浴恩館」と呼ばれ、昭和5年(西暦1930年)から青年団講習所として使われた由緒のある建物です。

講習所長であった下村湖人の小説『次郎物語』の舞台としても知られ、空林荘と共に、市史跡に指定されています。〉

分かったような分からないような説明・・・(ワタシの頭の問題だとは思います。)

↓こっちの解説がそのものずばり。

エリアマガジン「ののわ」
http://www.nonowa.co.jp/areamagazine/magazine/201306/green.html

〈浴恩館(小金井市)
1928年(昭和3年)、京都御所で行なわれた昭和天皇即位式に使われた建物の一部を財団法人日本青年館が譲り受け移築した。

現在は市の文化財センターとして一般開放されている。〉

こんな建物です。

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玄関両脇をご覧下さい・・・残雪・・・うっそぉ。

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大雪降ったのは2月14日。1ヶ月経ちます。どうしたらこういう万年雪もどきになるのでしょうか。

で、空林荘とはなんでしょう。

↓ここに書かれています。

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ごく大雑把にまとめると、全国の青年活動の中心であった財日本青年館が講習所を開設したとき講師の宿舎として建てられまして、下村湖人先生が所長を務めたこともあり、次郎物語の構想はここで練られたそうです。

で、なぜ跡地なのか。

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昨2013年2月23日に火事になっちゃったからです。放火、らしいです。

(そういえば、火事を知らせる新聞記事を見たかすかな覚えがあります。)

焼ける前の空林荘を知りませんので、ワタシの脳には跡地だけが記憶されることになりますが、文化財センターに展示されている写真を見ますと、実に趣きのある建物のようでした。

放火だとしたら、どういう心理の人でしょうね。わからん。

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(↑入れ忘れの写真追加:跡地の上は青い空に大樹がすくっと)

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(↑入れ忘れの写真追加:園内は静寂そのもの)

放火のせいか、園内の建物に近づくと、昼でも警告ライトのようなものが点灯します。

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チッカンチッカン、少々気分が悪いのですが、仕方ない。

こうやって、一部の不届き者の行いによって、大多数の善人の自由が奪われていくのですぞ(大げさな・・・)

上の写真は、古いデジカメで撮りました。

↓こっちは新しいデジカメ。楽に全体が入る広角・・・

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コンパクトデジカメの進化も素晴らしい。(ワタシの腕にはもったいない気がします。)

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(↑入れ忘れの写真追加:建物の裏の児童遊園には、元は池じゃなかったのかと勘ぐりたくなる砂場。ちょうちんアンコウの先にご馳走が群がっています。)

で、上の建物の名称ですが、ネットではわかりません。

入り口のところにあった案内図には何か書かれていたのですが、読めるような写真を撮って来ませんでした。ぐっ。再訪の可能性あり・・・

(追記:体育館だそうです。ネットで見つけた案内図の拡大版に記載されていました。)

↓こちらは「稗倉」だそうです。飢饉に備えた備蓄倉庫です。

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これまた、放火されたらひとたまりも無い・・・

稗(ひえ)といえば、幼少時代、実家は農家ではありませんでしたが、農地を借りて自家用の稲を育てておりました。

世話をするのはもっぱら半ドンの土曜と日曜日、今で言う週末農業でした。

当然、世話が行き届かない。周囲の専業農家の田んぼには稲穂繁れる麗しき光景となりますのに、我が家の田んぼは稗だらけ。

農家の人は笑いものにしておりましたな。「あれ、稗を作ってるだけえ?」

幼少でも笑われていることは分かりますので農家の人に複雑な感情を抱きましたが、それも今は昔、実家の周辺に田んぼなんぞ残っちゃいません。

田畑は跡取り息子が何をしでかしたかことごとく売り払われて、かつての農道沿いに家が立ち並んでおります。

閑話休題。

浴恩館の周囲を一回りしてみました。

しだれ梅満開です。静かで実に落ち着きます。

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同じような写真が2枚・・・旧と新とで撮りました。

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どっちがどっちか、こういう写真ではそれほど差が出ません。

といいつつ、色味が違いますわね。上が旧で下が新です。

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文化財センターとして無料開放されていますので、内部に入らせていただきました。

上の庭を、内部から眺めたところです。

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実によろしい眺めでありました。ぼけーっと外の景色を眺めて、脳みそから巷のちりあくたを洗い流す・・・人生にはこういう時間が必要ですね・・・と、しおらしく思ったことです。

もう1回分の続きがあるのですが、整理が間に合わず、先の話になります・・・

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2014年3月20日 (木)

カジノの弁天様

賭場(casino)の美人ディーラーの話、じゃなくて・・・梶野の弁天様のことです。

3月15日小金井散歩の3です。(毎度、バカ話を書き散らしております。)

初めての地の散歩は地図が頼りです。

長昌寺を後にして、なんとなく歩いていましたが、地図を見て「弘化三年馬頭観音塔」を目指すことにしました。

で、地図上の現地へ行きましたら、あるはずの場所がマンションになっています。

自分で自分の眼力が信じられない人間ですから、探し方が悪いはず、と念入りに探したのですが・・・

縁が無かったのね。次、行きます。

で、「庚申様の二本松」の庚申様。↓こちらでございます。

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左隣りはマンション、右は仙川。はさまれて窮屈そうにいらっしゃいました。

手前の黄色いのは、車止めと思われるポールです。突っ込まれたことがおありでしょうか。

名前通り「二本松」が目印になっています。

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背後の電線などが無ければ、時代劇風です(と思います)。

小金井市観光協会によりますと、樹齢約150年、

〈明治2年(1868年)御門訴事件が起こり、捕縛された若者が赦されて帰ってきて記念に植えたものです。〉 だそうです。

あれ、御門訴事件ですか。

武蔵野市関前には、御門訴事件で非業の死を遂げた旧関前村・同新田の名主忠左衛門さんら3人を慰霊する記念碑があります。

〈御門訴事件とは、明治3年(1870)、品川県が布達した社倉制度(備荒のための貯穀制度)に反対した旧関前新田を含む武蔵野12ヵ新田の農民たちが、品川県庁へ直訴すなわち「御門訴」した事件である。

これにより前述の忠左衛門ら3名の犠牲者を出したが、この事件は当市域における唯一の農民闘争として意義深いものがある。〉

と武蔵野市観光機構のHPに書かれています。
http://musashino-kanko.com/area/chuou/gomonso_kinenhi/

文字通り命を掛けた闘いでした。改めて合掌。

庚申様の横には太いコンクリート柱が立っておりました。用心棒?なわけないです。

なんだろな、と思いつつ振り返ったら仙川にかかる橋の反対側に対になるコンクリート柱が立っておりました。

しばし考えて、分かった、神社の入り口だ。

地図を見ると、ずっと奥に神社と書かれております。

顔を上げると、遥か向こうに鳥居が。

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左は畑、右は民家の道は、長~い参道でありました。

↓鳥居も窮屈そうですが、昨今の土地事情では仕方ありません。

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こちらの鳥居も窮屈そう。

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右手が駐車場になっていましたが、出入りの際は車も鳥居をくぐるのかな・・・

↓市杵島神社(いちきしまじんじゃ)にございます。

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小金井市観光協会によりますと

〈享保17年(1732)の創建といわれ、梶野通りから石の鳥居、木の鳥居の、2つの鳥居をくぐると拝殿が見えてきます。

別名を梶野の弁天様といい、現在でも古くからの習わしを守っています。〉 とあります。

古くからの習わし、ってなんでしょ?

↓案内板に

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〈例大祭は九月吉日で、当日は拝殿前に五色の吹流し、鏡、宝剣(金井重信作)を飾りつけるのが習わしで、現在でも続けられています。〉 とあります。

角度を変えると違う雰囲気・・・

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狛犬様に立派な牙がありました。

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こちら様も。下のお子様にも。

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ところで、市杵島神社は神仏習合の神社であります。

〈市杵島姫神社(いちきしまひめじんじゃ)は、宗像三女神の市杵島姫神を主祭神とする神社。市杵島姫神は仏教の弁才天と習合したことから、通称で弁才天(弁財天、弁天)と呼ばれている神社が多く、また社寺の境内に末社として祀られる場合も多い。〉wikipedia

だから、通称「梶野の弁天様」と。

かしこまって神社を後にして、適当に歩き回ると、↓こんなんに遭遇・・・

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もっと色々あったんですが、面白半分で撮りまくるのも悪いかなとガラにも無く遠慮しましてて・・・撮っときゃよかった。

まだ続きます。

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2014年3月19日 (水)

日々雑2

地元市では「災害時要援護者対策事業」をやっております。

全国各地の自治体でも同じような事業をしていると思いますが、災害時に地域住民が「高齢者世帯などの安否確認や支援をしましょう」というものです。

東日本大震災の後、それまで震度5強以上の地震発生時、と定義されていたのものが、「震度5弱以上」となりました。

震災時、地元市の市役所における震度は「5弱」でしたが、会議場の天井が落下したり、体育施設の外廊下に断裂ができたりしました。

お手伝いする人を「支援者」と言います。

助けを要する「要援護者」1人につき2人の支援者が必要でして、ワタクシもなりゆきで、さるお方の支援者となりました。

さるお方の住居は隣り町です。

通常、同じ町内の方が支援者になることが多いのですが、ワタクシの場合は徒歩10分程度のところなので、まあよしということで。

で、先日、説明会というか懇親会というか支援者の集いがありまして、ワタクシも参加しました。

で、思ったこと。

支援者がジジババばっか・・・。いやババばっか。ジジはほんの少々。若い人が殆んどいない。

中には、「私も要援護者みたいなもんですが」と質疑応答の場で発言する方もおいででした。

大丈夫か?

で、基本同じ町内の方ばかりですので、ワタクシ以外は皆さん旧知の間柄のようで、顔をあわせるなり、どうしたこうしたとおしゃべりが始まっていました。

そうだよなあ・・・地元の人の方がいいんだよな・・・

でもワタクシの担当のお方は内気というか偏屈というか、ご近所付き合いゼロ。

だから少しばかり縁のあるワタクシなんぞにお鉢が回ってきたのですが。

ワタクシもオヒトヨシ目マヌケ科アホウ属オバハン種ですから、ほいほい引き受けたりして・・・

それは別にいいんですが、さて何か発生したとします。

ワタクシの自宅周辺は実は高齢者だらけです。隣町の要援護者宅に駆けつける前に、隣近所のドアを叩きまわって無事を確認することになるでしょうね。ワタクシ自身が無事だったらの話ですけど・・・

何も起こって欲しくないですよ、もちろん。

で、話を説明会に戻しまして。

災害時、避難所を設置するが、一番いいのは自宅にいることだそうです。

そのためには、

自宅を安全な場所にする→家具の転倒防止対策などをする。

食料・水を確保する。これまで3日分と言われていたが、1週間分は必要。

生活物資(燃料・トイレ用品・薬他)も多めに確保する・・・

で、関係者の備蓄実例をお聞きしました。

広いお家にお住まいの方が多いのか、たっぷり確保されているようでした。

で、思ったこと。

ダンシャリしようとは全く考えていませんでしたが、狭い我が家で食料など備蓄するためにはスペースの確保がまず必要。

けど、ウチにあるのは愛着のあるモノばかり。何を捨てればいいんだよ~

(と言いつつ、お洋服を少しずつ処分してます。元の所有数が少ないので焼け石に水かも・・・)

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2014年3月18日 (火)

東小金井のパリ

東小金井駅に高架下商業施設nonowaが開業したのは今年1月のことでした。

何もない野っ原の駅、のイメージが強かったところへ、いきなりの商店街・・・どうなったのでしょうね。

3月15日、小金井散歩のついでに覗いてきました。

↓夜中ではありません。

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朝の10時頃、フランス風の音楽が流れていて、コンセプトはパリか・・・

(「流通ニュース」によりますと、「武蔵野カルチェラタン」だそうです。昔「神田カルチェラタン」というのがありましたけど・・・敷石ひっぺがして投石したため、その後舗装されちゃったけど・・・)

石畳風の中央通路を行って帰って、そのまま外に出ました。

野次馬おばちゃんの入りたい店はなかったです。

南口へは何度か出たことがあります。今回は北口方面へ行きます。

で、地図に「公園」とあったら野次馬の面目にかけて必ずチェックします。

梶野公園に行きました。うーん、整備されちゃってる・・・

↓埴輪みたいな顔の馬の遊具が気に入りましたが、子どもたちにも人気らしく、おばちゃんが乗っかる隙はありません。

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人がいなくなる一瞬を待って写真を撮ってきました。

(実は後ろに人が写ってましたけど、ソフトで消しちゃいました。)

小金井市のイメージキャラクター「こきんちゃん」は宮崎駿さん作です。

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だからではないでしょうが、街中がなんとなくアニメ的な気がします。

↓個人宅でしょうかしら・・・

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歩き回って遭遇したタンク。なんでしょね~

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この芝山、なんでしょね~

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桜をあしらってみましたけれど、なんでしょね~

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↓臭気抜きみたいなの、なんでしょね~

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↑右端に鳥が写ってます。手前にはフェンスがあります。人は来ないと安心してるようで、仲間がたくさんいました。

ここは、「東京都水道局 梶野浄水場」でした。水道週間に公開するのかな・・・(来ようかな)。

駅から少し離れると畑多し。緑多し。住宅も多し。発展しつつあるベッドタウンでしょうか。

↓長昌寺です。

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マップにはお寺そのものの説明はありませんでした。「長昌寺(応永廿九年(1422)銘薬師如来立像)」と、薬師さまがアピールされています。

お寺の説明は小金井市観光協会のHPにありました。

〈曹洞宗永平寺派のお寺で、群馬県館林の茂林寺(もりんじ)の末寺で、釈迦如来を本尊としています。梶野新田の菩提寺として埼玉県栢山(かやま)村から明和4年(1767)に引き寺したものです。〉 

↓The お寺、という雰囲気の木造の薬師堂。古そうですが、平成15年完成だそうです。

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お祀りされているのは、応永29年(1422年室町時代)の薬師如来様。

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↓本堂は昭和48年に改築されてコンクリート造り。

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個人的には木造の方が好きですが、檀家でもないのにつべこべ言うべからず。

境内はそれなりに良い雰囲気なのですが、ベンチで高校生カップルが人目はばからずイチャイチャしておりまして、旧世代日本人としては(薬師様やバチ当てたれや・・・)。

別の考え方をすれば、人目を忍んで境内に来たのかも知れません。そこへおばちゃんが入り込んでうろうろして、うっとうしい、あっち行け、しっし・・・だったかも。

写真の右の大木(枯れ枝)は、秋には見事に色づくヤマモミジだそうです。

他にも、六地蔵あり豊川稲荷あり仁王様もおいでです。詳しくはHPがあります。

http://enichizan.com/index.html

「境内の四季」の写真が素敵ですよ~
http://enichizan.com/schedule.html

稲荷様は写真撮ってました。 (^-^;

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↑中央奥です。紅梅が見事でした。(写真下手・・・)

お寺を辞去して、なんとなく歩いて、仙川に遭遇しました。以前、武蔵野市内を途中まで辿った涸れ川です。小金井市側も上流まで延々と枯れ川です。

↓涸れ川にしておくのは惜しい構築物。

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左側は早咲きの桜が満開。で、桜の幹と幹の間に小さな白いものが写っています。

↓猫さんがくつろいでいました。

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で、ここでカメラの性能比較です。

↑旧式デジカメでは上の写真が最大望遠。猫だということはわかります。

↓新しいデジカメは、余裕でこんな写真がとれます。ズームの半分くらい。

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ファイルサイズも大きいので、引き伸ばすと顔が分かっちゃう。

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新しいデジカメ、まだ使いこなせなくて、今のところ望遠・広角専門です。

写真のファイルサイズについては、旧デジカメは1600×1200(ピクセル)で1MB前後に設定しています。新しいのはパソコンに取り込んだら、2048×1536、2~3MB。

新しい方の設定を間違えたかと、メニューを出したら、これが最小サイズでした。画素数が桁違いに上がっている分、ファイルサイズが大きくなっているのよね。

ワタシの腕なら、(望遠以外)1MB前後で充分なんですけど。

↓市内あちこちに面白物件あります。中華のお店でしょうか。

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なんじゃ、というのは他にもありました。

で、続きます。

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2014年3月17日 (月)

熊が3匹

週末、某所にお出かけしました。

桜の名所地ですが、桜の開花はまだ先の話です。

なのに、道端のゴミ捨て場のようなところで、ほったらかしらしい桜が満開・・・

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きれーだなー、と一人で見とれていました。ご近所の方は関心もなさそうにスタスタ・・・

で、この日の目当てはここでした↓。

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ジブリの森美術館じゃなくて、スタジオジブリのほう。

ふっふっふ。非公開施設ですので、場所は内緒。調べればすぐわかることですけど。

↓本社?のほう。ちょうどスタッフさんらしい方が入っていくところでした。

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↓第二スタジオです。

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横にまわりましたら、犬小屋?。アニメみたいな雰囲気です。

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玄関前の防火水槽・・・ええですな。

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スタジオの裏は畑ですよ。おしゃれな建物と生産緑地の混合地域です。

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裏の畑の隅に大きな木がありまして、冬芽合唱団団員はいないかな、と探しまして・・・

↓発見は難しいです。下の方が顔に見えると思えば顔のような・・・

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で、スタジオジブリを眺める、という目的は果たしまして、さて、どっち行こうかな~、なんとなく緑多そうな方へ行きましたら。

突然、素敵な住宅風景が出現しました。

↓あらあ、なんでしょ・・・

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実は上の写真の左側には小さな子どもたちがいて、たくさんの洗濯物がお日様と風にそよいでいました。

保育園。

その名も「3匹の熊の家」。

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ジブリで働く人の子どもたちの保育園ですって・・・

(調べていたら、また多摩散歩人さんのブログに行き当たりました。師匠(と勝手に思ってます)、どんだけ歩きまわっているんですか。)

内部の様子は、設計した方のHPにあります。
http://a3assist.com/test/architect/04.html

隣りにも素敵な建物がありまして。

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株式会社二馬力だそうで。宮崎駿さんの事務所だそうで。

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ここら一帯はジブリ村ですか。

↓この写真ではなんだかわかりませんが、近くの角に大きな椿の木がありまして鮮やかな赤い鳥居がありまして赤いお社がありまして・・・

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まるで夢の中の光景。

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写真が下手っぴいで伝わりませんが、目が覚めるような情景でした。

先方に大きな木が見えたので歩いていきましたら、また誘い込むような門がありまして。

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「3匹の熊の庭」

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中を覗き込んだら、おおっジブリアニメの世界・・・

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ここで育つ子どもたちはどんな夢をみるんだろうな。

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2014年3月16日 (日)

念仏坂上って下って

3月9日の風邪引き散歩の5です。これで終わりです。

昔の野川から今の野川に行き、さて、どの道を通ってJRの駅まで戻ろうか。

マップには「質屋坂」が散歩ルートになってますが、車行き交う道で面白くない。

名前の由来はそのものずばり「質屋さんがあったから」。

で、ふと気づくと道の脇のお宅のこんもり繁れる垣根になにか石碑のようなものが埋まっておりました。

枝を掻き分けると「神明宮」。その先の道は参道・・・

結構向こうにある鳥居の中には車が止まってました。

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両脇には民家が立ち並んでいます。私道みたいな雰囲気ですが、おっかなびっくりはいっていくと、敷地境界線のあいまいな突き当たりに神明宮がおはします。

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多分、昔は農地に囲まれたお社だったのでしょう。

まさか家が立ち並び、参道に路上駐車されるとは思いもしなかったでしょうね。

世の中、かわりますものねえ・・・

オーソドックスな狛犬様がいらっしゃいました。

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苦虫を噛み潰したように見えたりして。

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その後は幡随院 へ。非公開なのは分かっています。予約制だと。

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なんか少しくらいは見えるのではないか、と思ったワタシが甘かった。

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高い塀に囲まれて何も見えやしませぬ。脇の「なそい坂」が散歩ルートになってますが、塀を眺めて歩いても仕方ありません。

方向転換。あ、この幡随院は長兵衛さんとは関係なさそうですあり。

(訂正:幡随院は元は下谷神吉町にありまして、長兵衛さんはその近所だったそうです。)

念仏坂、というのがあります。そっち行きましょう。

↓間違えたかと思いました。個人宅の出入り口で、のこのこ入ったら怒られるかと。

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躊躇していたら、向こうから買物袋提げたおじさんが歩いてきて、普通に通り過ぎました。

大丈夫みたい・・・

これがまあ、タイムスリップしたような坂でした。

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昭和の名残・・・なんてものじゃなくて、二百年がとこ遡った雰囲気(ブロック塀見えますけど)

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藁葺き屋根が近くに見えるこの場所に来たとき、風が吹きまして、ああ風も空気も遠い昔の匂いがする・・・

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ここではないどこかのようでした。

上りきったところに案内表示。

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あまりに心地よい空間なので、来た道を戻ります。いいなあ・・・

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で、近くには平代坂というのもあります。行ってみましょ。

↓これ。

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梶平太夫さんが水車を回したので平太坂。なまって平代坂となったようで。

で、その梶さんは今も続く旧家のようで。

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(説明をじっくり読みましたら、少なくとも鎌倉時代から続いているようで・・・)

この説明板に書かれている

【有形民俗文化財】梶家所蔵板碑群(かじけしょぞういたびぐん)
【有形民俗文化財】梶家所蔵宝篋印塔(かじけしょぞうほうきょういんとう)

についての説明と写真は、小金井市のHPにあります。
http://www.city.koganei.lg.jp/kakuka/shogaigakushubu/syougaigakusyuuka/siryou/bunnkazaikakari/siteibunkazai2.html

近所の情景。道路じゃなくて個人宅の入り口・・・。

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遺跡もあるようです。この日の部のエネルギー枯渇気味で探求せず。

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↑後で表示をよく読むと、

旧石器時代(約3万5千~1万5千年前)の遺跡だそうです。

近くには縄文時代中期(約4千5百年前)の住居跡2軒が見つかっているそうです。

また室町時代の墓跡または祭祀場とみられる地下式横穴があり、さらに付近には古墳時代末期の横穴古墳が発見されているそうです。

で、道路を挟んで「どんぐりの森公共緑地」というのがありまして。

まあ、素敵な傾斜地でした。

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誰もいません。こんな快適な空間なのに。

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風がふくと竹林がゆっくりゆっくり、太古の記憶を呼び覚ますように揺らぎます。

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葉のすれる音が心地よい・・・

思うにこの竹林あたりが「室町時代の墓跡または祭祀場とみられる地下式横穴」のようです。

思うに、この緑地の上のほうの空き地が「平代坂遺跡」のようです。

なんだろ、この空き地・・・建売住宅にならなきゃいいけど、と思ったところでした。保護されているのでしょうね。ねっねっ。

というところで、撤収。この日の歩数、34441でした。

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2014年3月15日 (土)

昔の野川

3月9日の風邪引き散歩の4です。

一応帰宅体制ですが、車の通行量の多い小金井街道をただ歩くのも詰まらない。

小金井市のてくてくマップをみますと、おんやまあ、前原町遊歩道の続きがあります。

行くざます。てくてく、てくてく・・・遊歩道にたどり着くまでの道は面白いものではありませんが、うっかり裏道に入れば、行き止まりあるいは曲がりくねってもとの場所、ということになりかねません。なにしろ元農道ばっかりですから。(昔々三鷹市牟礼で化かされた経験あります。)

で、ようやく遊歩道を見つけて辿って・・・東八道路でぶつっ。向こう側に続くはずですが、横断歩道はあっちの方・・・

ぐるっと回って戻ってきて、さて、続きはどこかしら。

見当つけて向かった先は行き止まり。ぐっ。

陽だまりのタイヤでにゃーさんがくつろいでおりました。まぬけが迷い込んだわねえ・・と。

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一本隣りの道でした。

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東八道路に平行して進んで、すぐお終い。

さて、どうしましょう、適当に北上しましょう・・・で結局、農道に化かされて迷子状態。

↓小さなお稲荷様に遭遇したりして・・・

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おお、ここは七軒家通りだそうで。あれ、地図には「七軒通り」となってます。誤植・・・

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由来は分かりませんが、多分七軒の家があったのでしょう。

↓そのうちの一軒かも。立派なお屋敷でした。

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西に進んで、川に遭遇。

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ん?

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野川、とありますが、涸れ川でねえですか。

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小さいでねえですか。

ありゃりゃ、どこで野川がこんなんなっちゃったんでしょ?

腑に落ちないまま前進すると、先にはれっきとした野川が流れていまして大城堀橋が架かっています。

じゃ、さっきの野川は・・・

狐につままれた思いで引き返し、「野川」を辿ることにします。

↓涸れ川。写真が斜めってるのは、柵から身を乗り出して撮っているからです。

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↓白く泡立って見えるのは水流じゃなくて、コンクリートです。

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↓通路全体が涸れ川かいな。右側の塀の上には小学校があります。

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おー、「昔の野川」だそうです。

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そういえば、三鷹市の水車経営農家を見学したとき、野川は〈昭和43(1968)年頃に野川の改修によって水流が変わ〉ったことを知りました。

ここもそうなんでしょうね・・・

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で、現・野川ですが、前原小学校のところで潜ってます。

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というか、小学校が川を跨ぐ形になってます。建設時、何があったのかしら・・・

どういう事情があったか知りませんが、前原小学校には「野川検定」というものがあります。掲示板に問題が張り出されていました。結構難しい。

挑戦してみたい人、↓この方のブログが問題を掲載してらっしゃいます。

雲が流れる如く 「野川検定」
http://joun.blog.so-net.ne.jp/2012-03-07

↓下流側、小学校から出てきた野川。

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地図をよーくみますと、旧・野川は現・野川に流れ込んでいます。新前橋のところ。行くざます。

↓来たざます。中央のぽっかり開いた向こう側が旧・野川です。

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観光マップには旧・野川の流れは記載されていませんが、ネットで調べると、野川・入間川など、1960年代にそうとう流路が変えられている様子・・・

今まで気の向くままキョロキョロうろうろ歩いてきましたが、気にし始めると次々となにか出てきそう・・・ここで嵌っちゃいかんな・・・いや、既に嵌ってるか・・・

コンセプトはあくまで「お気楽散歩」です。

で、しつこいけど続きます。

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2014年3月14日 (金)

府中の森の航空自衛隊

3月9日の風邪引き散歩の3です。

浅間山を降りて、せっかくだから「府中の森公園」へ行ってみようと。

新小金井街道を挟んで向こう側、航空自衛隊府中基地の隣のはずです。

で、明日開通という道路に遭遇。

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〈3月10日(月曜日)に周辺住民のご協力により、生涯学習センター東側に新設道路が開通しました。〉 と府中市のHPにありました。

それがどうした、ですが、今まで通れなかったところが通れるようになると、町の情景はかなり変ります。未開通だったところ、なんだったのでしょうか・・・

↓グーグルマップに写真が残っていました。

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左やや上から右やや下の斜め道路の中間地点が道路になったのでした。

〈周辺住民のご協力により〉立ち退いたお宅は5軒かな・・・

そのうち、あっという間に高層住宅が並ぶようになるのかも。

で、府中の森公園へは、明日開通予定の道の先を直進すればよかったのですが、前方に自衛隊宿舎の「進入禁止」表示が見えまして、左折して南下・・・

航空自衛隊府中基地を見たい、という気持ちもあったのですが、塀の外は行けども行けどもつまらない風景・・・

間違えちまっただよ、と思いつつ進むと、おお、おっ、麗しき光景かな。

立ち入り禁止のフェンスの向こうに、見物客を意識した飛行機の展示がありました。

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マニアじゃありませんので、機種わかりません。

(ネット情報によると、上がF-104J スターファイター要撃戦闘機(56-8662)、下がF-1支援戦闘機(60-8275)だそうです。)

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戦闘したいわけじゃありませんが、こういうものに魅かれるのは人間の本能かも。カッコええ~

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入り口で番する凛々しいお兄さん。

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写真撮ってたおばさんは怪しいもんじゃありませんよ~

府中基地では、観桜会、音楽祭、盆踊り、体験搭乗などの行事があるそうですので、一度紛れ込んでみようかな・・・

さて、クロマツ並木に見とれながら公園に着きまして、「府中の森芸術劇場」を目にして、ようやく自分が遠回りをしていたことに気づきました。

まっ、いいですか。公園を端から端まで歩けるし・・・

期待に反して整備されちゃった公園でした。浅間山みたいなのを想像していたんですが、仕方ない、それなりに楽しみましょう。

池の鴨さん。ワタシのデジカメでは望遠はこれが限度です。鴨がいることしかわかりませぬ。

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悔しい・・・

で、実は新しいの買っちゃいました。一眼デジカメも検討したのですが、使いこなせそうにない・・・なら、慣れたカシオのコンパクトデジカメがいい。

ほほほ、余裕でこんなんが撮れました。

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鴨さん、おねむ・・・

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で、新しいカメラは望遠用にしまっておいて、また旧式カメラでぱちり。

公園内に目玉あり。ゲージツでしょうね。

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説明を撮影しておいたのですが、モードを間違えたようで何が写っているかわからないひどいピンボケになりました。

ネットで確認したら「向井良吉:7月(七夕)の樹:1993」だそうです。

↓府中市美術館そばの「カスケード・壁泉」

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本来、水辺の光景となるようですが、季節柄干上がっておりました。

で、その先が思わぬワンダーランド。

美術館通りに面して、府中市観光マップでは空白となっている一角を東へ進むと・・・

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廃墟・・・

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廃墟・・・

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廃墟・・・

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廃墟・・・

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なんじゃ、こりゃ・・・

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別の地図を見ると、航空自衛隊府中基地とありますが、この廃墟が?

廃墟の一角に「平和の森公園」がありました。このネーミング、どこにでもありますね。鳩ぽっぽ付きの彫刻もありました。

誰もいませんでした。目を引いたのが地面。落ちたどんぐりがそのまま・・・

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掃除しろ、と言ってるじゃありません。このままにしといてくださいまし。

↓こんなものが見られるんですから。

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隣には生涯学習センターの建物がありますが、とりあえず用はありませんので引き返しました。あとでネットで調べていたら、図書館の吹き抜けのエントランス(天井)が素晴らしいのだとか・・・

引き返す途中の「廃墟」。

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小金井街道沿からみた「廃墟の街路灯」。

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で、「廃墟」の正体は、返還された米軍府中基地の建物だそうです。ネットで見ると、もっと凄い写真が出てきます。思うに、東側に回れば見られたんじゃないかと・・・

(こういうのに魅かれるのも人間の本能じゃないかと・・・も一回行こ。)

あ、府中の森公園も米軍基地跡地です。

で、帰宅体制に入ります。小金井街道をJR駅に向かって北上します。

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トサカでじゃんけんしてる鳥さんに見送られて・・・

まだ続きがあります。 (゚ー゚;

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2014年3月13日 (木)

『琥珀色』の名曲喫茶

都内JRの駅の数以上あった名画座が絶滅したように、あまたあった名曲喫茶も絶滅の一途・・・

地元吉祥寺「こんつぇると」ももうありません。(元近鉄裏の「バロック」は健在のようです。)

昔々、コーヒー好きかつクラシック好きの知人に連れられて、都内あちこちの喫茶店に行きましたが、主体性のない「連れられて」でしたので、記憶が曖昧です。

今思うに、かなりの名店に出入りしていたはずですが。

覚えているのは新宿の「らんぶる」「スカラ座」、渋谷の「ライオン」、ケーキ目当てに銀座「ウエスト」「コロンバン」・・・

先日コメントで「新宿の名曲喫茶マンションハウス」が話題になりました。

残念ながら記憶にありません。

今のところ、周囲に知っている人もいません。

どんな店だったのかな、と思いつつ、昔の喫茶店が気になり、図書館で本を借りてきました。

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『琥珀色の記憶 「時代を彩った喫茶店」』
 奥原哲志 河出書房新社 2002年5月30日発行

著者の奥原哲志さんは、新宿歴史博物館学芸員。

この本は平成12年10月、新宿博物館で喫茶店をテーマに展示会が開かれたときの資料をまとめたもののようです。

ぱらぱらとめくってみたら、あれえ名喫茶「青蛾」に行った覚えがあったりします(今まですっかり忘れていました)・・・

思い出す機会がないと思い出せないものですね。

で、ぱらぱら見ていったら、ありました。66ページに。

〈高野前から歌舞伎町へ向かう柳通りのマンションハウスはシャンソンとコーヒーの店で、西欧城郭風の豪華な建物が目印だった。〉・・・

67ページには小さいながらも図版がありました。

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昔の雑誌からとった図版なので精度は落ちています。

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コメントを下さったユキさん、このお店だったでしょうか。

残念ながら今はないそうです。

2年前の発言小町に話題がありました。

「ご存知でしょうか?!新宿マンションハウスを! 」
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2012/0304/488536.htm?g=01

以下は「フーコーさん」の発言ですが、他にも働いていた方などの発言もあります。

〈入口の扉をあけるといきなり小さな池と噴水があり、コイがおよいでました。
中は吹き抜けの塔のような空間で、ぐるぐると客席が桟敷のようにとりまき、多分4階まであったと思います。

内装はスカラ座のような名曲喫茶(多分同時代)同様の洋館お屋敷風とでも言いましょうか。
私がよく行っていたのは80年代初頭から半ばだったと思いますが、たしか3階以上は「同伴喫茶」(時代を感じます)と書かれていました。

たしかに当時でも夢かまぼろしでは?と思わせる不思議な空間でした。
私も「知っている」または「おぼえている」という人に出会ったことがないんですが、確かにありましたよ。

地上げが盛んな時代に、最後までねばっていて、結局その一角に建った銀行の四角いビルは、マンションハウスの所だけ欠けた変形になっていましたが、いつしか無くなってしまいました。
残念です。
写真を撮っておけば良かった。〉

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2014年3月12日 (水)

浅間山の浅間神社

3月9日の風邪引き散歩の2です。

(昨日、出来心でブログデザインを変えましたが、自分でも落ち着かないので元に戻しました。写真を大きくしたいな・・・と思ったのですが、アップに耐える写真でなし。)

多磨霊園の端っこからキスゲ橋を渡って浅間山に来ました。

中学生男子と思われる団体と一緒になりかけまして、(はよう先に行ってくれ)と念じてしまいました。

あの年頃の無邪気な団体さんは、静寂を楽しみたいおばちゃんには脅威です。

が、期待通り先に行ってくれてから思いました。

浅間山に男子中学生の小団体・・・長野まゆみさんの『野川』の設定と同じじゃないか・・・

『野川』では、部活「新聞部」があります。新聞を発行すると思いきや、鳩を飼育しています。なんで? その昔、新聞社は情報を早く伝えるため、伝書鳩を飼っていたから・・・

冗談ではなくマジ昔は伝書鳩を飼っていました。趣味で伝書鳩を飼う人も大勢いましたぞ。伝書鳩レースなんてのもありましたぞ。(今でもやってるようです。)

で、『野川』の音和君たちは鳩の訓練に浅間山を訪れるのでありました。

↓浅間山の浅間神社、小さい社です。

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初めて目にして驚きましたぞ。雰囲気がまるで中世。

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鎮守の山の浅間神社にございます。

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鎮守の森という雰囲気ではございませぬ。

なになに、標高80メートルですと。

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それだけならたいしたことはありませんが、周囲との標高差は30メートルだそうです。やっぱり「山」です。

↓測量点もありました。

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で、またしても裏から神社に詣でてしまったことに気づきました。正面は、というと遥か裾野に鳥居が見えます。

先に公園内を回ってから後で正面から入りなおす、という選択肢もありますが、たいていの場合「後で」はめんどくさくなって省かれてしまいます。

今すべし。

で、鳥居に続く階段をとっとこ降りて行きました。結構あるですよ。

下には案内図がありました。今いるのは赤い字のところ。ほほう、もう一山あるのですね。

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降りてきた道を見上げます。

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写真ではたいしたことないように見えますが、この後、延々と階段が続きます。

さあ、行きましょう、の前に、↓こんな表示がありました。

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「人見の合戦花絵巻」? 古戦場であるらしいですが。

手前の階段を上ると平らな土道がありまして、その先にまた階段があります。

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延々とその繰り返し。

見よ、この古代風景を。籠を背負った中世の農民が降りてきそうですぞ。

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で、階段、土道の繰り返しが13ありまして、ようやく社が見えるようになりました。

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↓古代への道・・・

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落ち武者が現れても驚きはしませんぞ。(いや驚いて腰抜かします。)

また測量点に戻ってきました。国土地理院、とあります。

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で、向こうの山に向かいますが、谷となる低地は「ムサシノキスゲ」の自生地だそうです。

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「現在ここ浅間山だけ」とあります。採っちゃいけませんよ。

向こうの山は比較的平らな部分があります。

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ロッジならぬ東屋もありまして。

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殆んど高原気分。

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余計なものが目に入らないって、気分いいです。

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で、端っこまできましたら、石碑がありました。

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「人見四郎の墓跡」とあります。

〈ここは鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した武士人見四郎の墓跡と伝えられる〉そうです。

ああそうですか。

で、人見四郎さんて誰?

府中市のサイト「府中市の史跡」には、

http://members3.jcom.home.ne.jp/tokyo.fuchu/fuchu-siseki.htm

〈浅間山には、鎌倉時代末期から南北朝時代に活躍した武士・人見四郎の墓跡があります。

なお、村名の起こりは不明ですが、この地域は昔、人見村と呼ばれていました。

現在でも杉並区へ向けて、旧人見村の中心を人見街道が通り、浅間山の南側麓には、人見稲荷神社も鎮守しています。〉 (人見稲荷神社行ってない・・・)

とあります。分かるのは鎌倉時代末期頃の人、人見街道はこの人の名前が由来らしい・・・

人見四郎さんて誰よ?

こんなサイトがありました。

神話の森 >歌語り風土記
http://nire.main.jp/rouman/fudoki/14sait07.htm

〈人見四郎 埼玉県 深谷市人見

 平家物語の一ノ谷の戦の場面に源氏方として登場する人見四郎は、今の深谷市人見出身の土豪であった。人見の人見山は平地に孤立した小山で、源頼朝の富士の巻狩のころ、関東に八つの浅間社をまつったうちの一つともいふ浅間神社が山頂にある。仙元山(浅間山)ともいふ。

 四郎の子孫である同じ名の人見四郎は、太平記では鎌倉方で、河内の赤坂城の合戦で、七十三才の老齢の身に死に場を求め、総攻撃の前夜に抜け駆けを決行し、壮絶な最期を遂げたといふ。

 ○花咲かぬ老い木の桜、朽ちぬとも、その名は苔の下に隠れじ  人見四郎

 桜は、郷里の浅間神社(祭神木花開耶姫命)の御神木である。山の麓には昌福寺があるが、人見氏の墓は一乗寺にある。〉

太平記の方の四郎さんですかね・・・

で、鳥居の脇にあった人見の合戦ってなによ。

「武蔵府中郷土かるためぐり」
http://www1.ocn.ne.jp/~ynosrtu/hi.html

〈南北朝の正平7年(1352年)新田義興、義宗らが足利尊氏と浅間山周辺で対戦した。
足利尊氏はここでは敗北し、石浜城へ退却したが、のち盛返し小手指原・高麗原方面へ転戦していった。
太平記にも記されている。〉 
そうです。

もっと詳しいことは「武蔵野合戦」wikipediaに書かれていますので、興味のある方はそちらへどうぞ。

さて、ここで山を降りようか迷って、案内図のある東屋付近に引き返すと、図中に「おみたらし神社」と美味しそうな名前が・・・

行くですよ。

二つの山の中間谷に戻って裾野をぐるっと回って・・・

↓わかりますかしら。中央やや左に鳥居があるのが。

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小さな神社でした。

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水神社だそうです。

8031_140309mitarasi

写真が傾いているのではありません。

埋め込まれたような社そのものがちょっと傾いています。

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とりあえず手を合わせて・・・あら水が流れている。

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浅間山からの湧水です。

もしかして、埋められて前原町遊歩道となった「小金井野水」の源泉?

環境庁のHP「東京都の代表的な湧水」にはこう書かれています。
https://www.env.go.jp/water/yusui/result/sub4-2/PRE13-4-2.html

〈府中市 浅間神社湧水 せんげんじんじゃゆうすい
府中市若松町5-5-4都立浅間山公園内
浅間山に湧出していて、神事に使用されている。
◎(アクセス制限の可否 ◎:可)
市内にある市民団体が、清掃等を実施している。〉

限りなく源泉に近い・・・

ふと見ると流れの脇に「ガンクビソウ」。

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雁首そろえて咲きやがる・・・じゃなくて、煙管の雁首に似た花が咲くそうです。花期6~10月だそうで。夏にまた来なさい、ということですね。

で、念願の浅間山には到達しましたが、ここまで来たらもう少し見たいものがあります。

続きますです。

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2014年3月11日 (火)

野川から浅間山へ

3月9日の日曜の朝、起きましたが眠い。春だから・・・かもしれませんが、少々風邪気味。

そういうときはおとなしくしているものです。暖かくしてお布団に入って・・・

歩きたいぞよ。

しばらくお散歩していません。眠いけど足がうずうず。天気もいいし、ええい、行っちゃえ。

で久しぶり野川方面を目指します。朝9時にお家を出てJR武蔵小金井駅に降り立ちました。

東小金井駅じゃなくて、武蔵小金井駅にしたのはですねえ、長野まゆみさん『野川』を辿りたかったから。

このところ、長野まゆみさんの本を読んでます。あ、『野川』は野川解説の本じゃありません。舞台が野川のお話。作中K市と書かれているのは間違いなく小金井市。S山と書かれているのも間違いなく浅間山。

浅間山には行ったことがありません。どうしても今日行きたいっ。

あ、長野まゆみさんの作品はBLを含んでますので、そういう話がお嫌いな方は読まない方がよろしいかと。含んでいようといまいと、ワタシは好きなんですけど・・・

南口で降りて南下すると、いつの間にか道路が宙に浮いてます。いえ浮いてはいませんが、横を見ると通路がビルの3階につながってたりしまして、空中歩行の気分。

いきなりの高低差。いきなり「はけ」ですかい。

下の道が気になるので、途中の階段で降りました。

↓左奥に見えるのが、ビルの3階への架け橋。

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橋桁には穴が開いてます。向こうに行ってみましょう。

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向こう側は、なーんだ以前来たことのある「はけの森緑地」の裏側でした。頭の中の地図がつながりました。

小金井桜の街は下水道の蓋も桜です。

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で、振り返ると面白そうな坂がありまして、戻ることになりますが行くざます。

墓地を横に見ながら坂を上りきったところ。

地図を取り出すまでもなく標識がありまして「妙歓坂」だそうです。

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〈古くは農道でした。東側の墓地の庵(いおり)に幕末頃、妙歓という尼僧が住んでいたので、妙歓坂と呼ばれるようになりました。〉 小金井市観光協会のHPから

農道ねえ。どこもかしこも農道ねえ。ほとんどの道が曲がりくねっておりますぞ。

↓で、坂の直ぐ隣、墓地の裏手がこんなんになってました。

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鬱蒼とした木々を切っちゃったんだよう。もったいないよう・・・そのうちマンションができるのかしら。

この後は『野川』の記述にしたがって、中学校(第二中でしょうね)に向かう坂に行ってみようと思い、しかし、面白い道でなし、作中の自転車で急坂をこいで中央線の踏み切り(高架化直前の話)に向かうのは白伝坊の坂の筈だからと引き返し、その後、白伝坊の裏坂が風情あるとネットで見かけたのを思い出し・・・

↓上の車が無ければ風情があったかも・・・

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もう中学校関係はやめて、浅間山へ向かうことにします。( あさま山じゃなくてせんげん山です)

↓小金井市は赤いポスト健在です。

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ええと、前原町遊歩道を通っていくなら野川に架かる中前橋から行くのよね・・・

野川です。右手の桜はまだまだ咲きませぬ。花見時は見事でしょうね。

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さてと前原町二丁目遊歩道です。

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車道にぶつ切りにされつつ、住宅街をくねくねと通っています。

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どのお宅も遊歩道に面した出入り口なし。

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ということは、以前は川だったところを埋め立てたんでしょうね。

後でネットで調べたら、「小金井野水」という流れだったようです。しかも浅間山が源という話も。もっと調べる価値ありそう。

↓小金井市には色変わり丸ポストもあります。

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うそうそ。石材屋さんの店頭に並べられていました。張り紙は「郵便物を入れないで下さい」とか書かれてあるかも。

あたりは石材屋さんだらけです。なんで?

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ここが多磨墓地(霊園)だから。

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浅間山へは霊園内をつっきっていきます。

広々とした(むしろ広すぎる)公園みたいなところです。

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そういえば、多磨墓地にピクニックに来る話も長野まゆみさんの本で読んだのだったかしらん。

歩いて歩いて25区まできました。↓背後に見えるのが浅間山の木々のはずです。

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端っこにきましたよ。浅間山への入り口ですよ。

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山道ですよ。誰も居ませんよ。さすが「山」だけあります。

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と思ったら、橋が架かってました。

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キスゲ橋というそうです。花のキスゲです。

さあ、橋を渡ると今度こそ浅間山です。何があるんかな、誰もいないんかな・・・

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(続きます)

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2014年3月10日 (月)

日々雑

日々雑感、と書いて、それほど上等な話でなし、日々雑にしました。

まこと、雑な日常。

風邪気味です。ジジイ様が退院しましたら気が緩んで、鼻水ポタポタ喉イガイガ痛痛ゴフ・・・本格化したらマズイとフィニッシュコーワを吹き付けております。効きます。ワタシには。

先週始め「いつ退院してもいいですよ」と言われまして、今日の明日では心の準備ができてない。とっさに「木曜日にします」。

翌日、なんで木曜にしたのだろうと自分でも疑問に思い、水曜にして貰おうか暫し考えて「まー、いいわ木曜で」。

よかったんです。

水曜日、東京地方は大雨の大風で荒れました。そんな中、ジジイ様を病院からご自宅にお連れするのはワタシの精神衛生上よろしくありません。

翌木曜日は、敵でもとったような上天気。

日頃の行ないが格別に上等であろうと、ジジイ様が看護師さんに誉められておりました。

違うんでねえの、とワタシは思いました。

地獄へまっさかさまのジジイ様がかろうじて地上にとどまっていられるのは健気なワタシがいればこそ・・・と、思っているような凡人ですよどうせワタシは。

その退院当日、玄関に向かう廊下の途中に救急隊員の方がいらっしゃいました。

ああ、だれか救急車で運ばれて来たんだな・・・

次、同じ場所を通りかかったら、救急隊員の方がご家族に説明をしてらっしゃいました。

立ち聞きはしませんよ。

聞こえて来ちゃったんです。

「ご遺体は・・・」

えええ、亡くなっちゃったんだ。

その後は警察で検死がなんとか・・・。

交通事故だったりしたら、警察が病院に来ているはず。多分この場合は自宅で亡くなったのを救急搬送して病院で「死亡を確認」されたのでしょう。(最近は心肺停止状態を死亡とは言いませぬ。)

こういう場合は、「変死」扱いになりまして、警察が関与します。

実家のお隣の若奥さんが就寝中に亡くなって、残された家族は事情聴取で大変だった、という話を帰省して聞いたことがあります。

悲しみに嫌疑の上塗り・・・遺族はたまりませぬ。

実家の隣のご家族は葬儀にこぎつけてほっとしたそうです。

で、話を元に戻して、ジジイ様、退院してきましたが、相変わらず万事やる気なし。病院で2週間、喰っちゃ寝、上げ膳据え膳・・・ではないな、半分は絶食点滴でした。しかし、全部面倒見てもらっていたおかげで、自宅でもドデーンと座っているだけ。

知らんぞ。ワタシは白衣の天使じゃありませんぞ。ハクイ女(死語)ですけど。

そうそう、絶食点滴のおかげでジジイ様、2週間で6キロ痩せました。これぞ入院ダイエット。

手取り足取りで面倒見る気はありませんが、メシ、半分に減らしちゃろ。泣いても喚いても食わせんぞ。リバウンド断固阻止。年内にあと8キロ減らしちゃる・・・

まこと雑な日々・・・

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2014年3月 7日 (金)

iTunes引っこ抜いて小さい春が来る

悩み多きXPパソコンのあれやこれやを停止しまして、安定したと安心しておりましたが、いきなりまた起動直後に再起動がかかりました。

なんでやっ!

キーボードのCtrlとAltとDeleteキーを押してタスクマネージャを呼び出しプロセスを見ましたら(←こういう芸当が普通にできるようになりました)、メモリ喰ってるのは外せないソフトばかりでしたが、雑魚のトト交じりみたいにmDNSResponder.exeというのが動いているではありませんか。

先日調べたiTunes関係のファイルです。

いらんな~

ついでにiTunesそのものもいらんな~(7とMacにインストールしてあるしい)

削除するざます。

削除にもお作法があります。行き当たりばったりでやると思わぬ事態を招きます。

今回、こちらのサイトの解説にしたがいました。

「Windows XP で iTunes およびその他のソフトウェアコンポーネントを削除および再インストールする」
http://support.apple.com/kb/ht1925?viewlocale=ja_JP&locale=ja_JP

アップルのサイトです。説明にしたがって作業しまして、手順

「2. iTunes および関連するコンポーネントが完全にアンインストールされていることを確認する」

で、C:¥Program Files¥Bonjour\ が削除できませぬ。

「・・・を削除できません。ほかの人またはプログラムによって使用されています。」というメッセージがでます。

削除すると動かなくなるプログラムがあるかもよ、とも。

C:¥Program Files¥iPod¥  が削除できない場合の対処法は解説がありますが、Bonjourには無し。力づくで削除しちゃう(C:¥Program Files¥iPod¥ の削除法と同じ手順で)と思ったのですが、いいや、ちょっと調べよう、と思い直しました。

で、調べた結果が、BonjourはAdobe CS3のインストール時に一緒にインストールされる。

つまり、Adobe CS3で使ってるから削除しちゃダメ・・・あぶなかった・・・

AdobeのソフトにAppleのBonjourが必要だなんて、シロウトは知りゃしません。

(その後調べたら、Bonjourは7だとネット接続をできなくする原因になっているみたいで、アンインストールの手順を紹介するサイトがいっぱいでした。)

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この花、なんの花~

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ピンボケ画像で相すみませぬ。ターサイの花です。

ターサイは中国野菜、漢字だと搨菜だそうです。

葉っぱをむしって炒め物にしていただきました。残りの芯を流しの縁に置いときましたらすくすく育ちまして、開花。

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アブラナ科ですので、見た目は菜の花です。

右は人参の新芽。左はこれから花咲くであろう白菜の残り芯。

この冬は大雪に見舞われたりして大変でしたけど、春は来ますねえ。

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2014年3月 6日 (木)

家の光

昨日は東京地方も大雨、大風でした。夜中にも風が吹きまくり、扉や換気扇カバーが大きな音をたてたり、もがり笛が響き渡ったり・・・で眠れませんでした。眠りの浅い小心者です。

もがりは「虎落」と書くそうです。虎が落ちる時に悲鳴をあげるのかしら・・・? 猫落笛とか獅子落笛とかあるかしらん。

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「もっと光を」はゲーテの臨終の言葉と言われています。

「格子戸を開けてくれ(=暗くて見えないから)」と続くのだとかも。

で「家の光」はランプメーカーの宣伝文句・・・違います。

父母存命の頃、実家に帰ると「家の光」という雑誌がありました。

田舎のことですから、ご近所のお付き合いが何より大事。頼まれては新興宗教や政党の何かを取っていました。読みはしません。いい顔して購読料を払うことが何より大事・・・

そんな中に「家の光」がありました。

長年、どこの宗教団体だろうと思っていました。

このほどようやく理解しました。JA(農協)の雑誌でした。

紛らわしい誌名・・・発行団体がまた紛らわしい家の光協会。教会と書きそうになりましたぞ。

で、それがどうしたかといいますと、先日吉祥寺の古書店の店頭で「家の光」のバックナンバーを見つけ、あまりの古さに感激して買ってしまいました。昭和34年の5月号。

100円コーナーにありましたが、レジへ持っていくと、セールで80円でした。わあ。

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そんなもののどこが面白い? 面白いんですよ、これが。

ある時代のことを知りたかったら、後年作られた/書かれたものより、その当時に作られた/書かれたものにあたるのが一番です。

最近の例で言えば、舞台が昭和30年代の映画「ALWAYS三丁目の夕日」(2005年)はよくできたツクリモノ。当時の雰囲気はむしろ石原裕次郎の映画などに残っています。

この当時の映画や小説は、今の基準なら書き換え必至の差別的表現のオンパレード。

昭和30年代は、ほのぼのとしたいい面だけがあったんぢゃないんです。

で、この「家の光」、ぱらぱら読むと、当時の価値観の今とかけ離れていることに新鮮にびっくり・・・。

例えば、誌上相談室の記事から「残してきた娘に会いたがる妻」。

かいつまんで書くと、再婚同士の夫が相談者。先妻は子ども3人残して亡くなり、迎えた後妻は娘二人を残して離婚した人。二人の間に新たに一子あり。妻の前夫は後妻を迎え、幸福に暮らしている。

問題は、妻の二人の娘が母親に会いたがること。妻は、新しいお母さんとの生活を大事にしなさいと会うのを避けるが、娘たちの熱意に夫は娘たちを家に招く。

これがきっかけで、母と娘たちはその後も会いたがる。これはよくないことではないか・・・

答えは、会っちゃいかんそうです。どうしても会いたいなら年に一度か二度、祭りの日など特別な機会だけにしなさい。

〈奥さんに(中略)社会の常識を知らせ、奥さんの今やっていることが、まちがいであることをわからせてください。〉

今の感覚なら、会うのは権利ですよね・・・

で、上の表紙写真ですが、プロのモデルさんではなく読者モデル「農家の娘さん」です。

募集規定もありまして、

1、農家の娘さんで、未婚であること。

2、健康で顔かたちが美しく、しかも好感がもてること。

3、身長は1メートル54センチ(五尺一寸)以上・・・と続きまして

ばあいによっては戸籍抄本をお送り願うこともあります、と書かれています。

審査員は、画家の岩田専太郎氏(美人画多し)や女優司葉子さんなど。隔世の感あり。

広告も非常に興味深いものがありますので、少々ご紹介。

↓清楚な、薄化粧乳液、とありますが、元の顔が分からないくらいメークしまくってますけど。

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写真修正のなせるワザかな・・・

昔、写真はエアブラシで“綺麗に”修正するのが常識でした。印刷業界の周辺には「エアブラシ屋さん」と呼ばれる方々がいらっしゃいました。商品写真のバックを消したり、無いところを描き足したり・・・PCに取って替わられました。今、画像加工ソフトには「エアブラシ機能」なるものがついています。

ワタシが印刷関連業界にいたとき、職場には「エアブラシ屋」さんがほぼ毎日注文取りに来てました。写真渡して、ここんとこもっとはっきり分かるようにして、とかお願いしてました。下手な人だとねえ・・・落書きみたいになるですよ・・・

↓パナソニックの前身。松下電器産業株式会社。

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クイズ正解の賞品が14型テレビです。もちろん白黒。

「だれでも使える便利なメートル換算器」が第1のサービスになっているのは、尺貫法廃止、メートル法になったのが昭和34年1月だったからです(と思います)。

あれ、5月1日発行で、サービスが4月末日まででいいのかしら。

ま、実際は1月以上早く発行されますけどね。

↓農業関係他の広告ページ。

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町田製薬の「たこの吸出し」健在。

高橋養鶏園「高橋のヒヨコ」は、現 有限会社高橋養鶏のことかしらん。

イタリーポプラ苗の「山都屋」は、現 株式会社山都屋のようです。

トヒエンジンの土肥工業株式会社は現 カーツ株式会社。

ヒヨコ電球の旭光電機工業株式会社は社名そのまま。

長命企業ぞろいですなあ。他の会社も検索すれば現社名が出てくるかも。

(なにヒマなことやってるんでしょうね、ワタシ)

ちなみに、雑誌奥付は

(抜粋)

昭和三十四年五月一日 発行

定価付録共 六十五円(送料三十二円)

印刷所 東京都新宿区加賀町一ノ十二
     大日本印刷株式会社

発行所 東京都新宿区市谷船河原町十一
     家の光協会
     電話(九段)八五六一-五

市内局番九段て、どうやって掛けるんだろ・・・

(こんな昔のこと知りませぬ)

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2014年3月 5日 (水)

油断も隙も

ありゃしません。

paypalのいんちきメールをようやくメールソフトが認識するようになったと思ったら今度はfacebookの偽メールが来ました。

↓ 偽物(クリックで拡大します)

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「Victoria Carpenter commented on your status」ですと。

「わあ、可愛い」と言ってますからコメント見ましょ、お返事しましょ、ですと。

今のところ日本語情報がありませんが、英語サイトを読みますと、クリックすると悪質サイトに飛ばされるようです。

「This fake Facebook spam leads to malware on london-leather.com:」などと多くのサイトで書かれています。

宛先に複数のメールアドレスが並んでたりして、なんか変だな、と思ったのでクリックしませんでしたが、 あぶないあぶない。

↓本物はこういうメールが来ます。(拡大します)

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全く、油断も隙もありゃしません。

少し前には「アメリカ」なる送信者から「アメリカへの無料往復航空券が当った」(削除してしまったのでうろおぼえ)というメールが来ました。「green card lottery」とありますが、グリーンカードの抽選、申し込んでないよっ。

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2014年3月 4日 (火)

三毛猫三匹

オスの三毛猫は希少価値が高いから三匹もいたら一(ひと)財産だ・・・という話ではなくて。

池部良さんの本に出てくる話です。

池部良、と聞いてつるんとした美男を思い浮かべられるのは中高年・・・かな。

戦中戦後の東宝の看板俳優でしたが、そもそもはシナリオライターだったとのことで、文筆でも評価が高く、平成3年には第11回日本文芸大賞を受賞しています。

ワタシはむしろ、作家としての池部良さんに親しみがあります。

軽妙洒脱な名文の書き手です。きちんとまとまるので、安心して読めます。

最近見かける(と思われる)わざと外した(と思われる)斬新な文章がお好きな方には、「古臭い」と思えるかもしれませんが、人生後半になると、やっぱり池部良さんの名調子がいいです。

三毛猫が三匹出てくるのは、日本文芸大賞受賞作の『そよ風 ときには つむじ風』の続篇、『続 そよ風 ときには つむじ風』(池部良 毎日新聞社 1992年11月10日発行)の56頁「秩父・巡礼の御詠歌」。

その前に。

池部良さんの父上は、一世を風靡した画家・池部鈞さん。母上は、岡本一平の妹・篁子さん。岡本一平の奥さんは「かの子」さんで、二人の子どもが岡本太郎さん。芸術は爆発だ、の太郎さんです。つまり、池部良さんと岡本太郎さんはいとこ。

『そよ風 ときには つむじ風』は、池部家の話、特に父・鈞(ひとし)の素っ頓狂ぶりが中心です。まことに面白い親父さんではあります。自分の家族であって欲しくはありませんが。

さて、「秩父・巡礼の御詠歌」です。

鈞さんは妻おこう(篁子)さんの母親が苦手。たまに泊まりにきた母親が喘息持ちで咳き込むのが堪らなく嫌で、「いつ帰るんだ」と、くさすことしきり。

鈞さんの母親が一(ひと)月来て、のべつまくなしおならをしてたのを、おこうさんが我慢してたと言っても意に介しません。

で、話は違うが鈞さん、喉まででかかっている秩父の巡礼の御詠歌の最初の文句が思い出せない。

鈞「出そうで出ないっ、ていやなもんだ」

おこう「だったらお母さんが苦しんでいるのも解ってくださいな」

そこへ母親が「鈞さん、それはね、こうですよ」と歌って教える。

鈞さん、「なーるほど、お母さん十日でも十年でも居てくださいよ」と言いつつ「おこう、お前のおふくろ、変なことは知ってんだな」と言って画室に入って行く。

夫の身勝手と口先にうんざりしたおこうさん、ついにキレ上がる。

〈「あなた、御飯なのに」と大きな声を挙げてから「ばかやろ、どてっ腹に穴開けて三毛猫三匹突っこんでやるぞ」とつぶやいた。

 僕はおふくろが凄い言葉を使ったんで目を見張った。〉(58頁)

おこうさんも只者じゃありません。それにしてもなんで三毛猫、なんで三匹・・・

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猫じゃなくて、久しぶりのお気楽ワンコ。防寒服を着せられていました。

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連れのおじいさんが公衆電話で話をしているのを、駐車場で待っていました。

↓1月も寒かったんですけどね。自前の毛皮だけでした。

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春はもうすぐだよ~

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2014年3月 3日 (月)

お留守

オルズ orz じゃなくて、お留守。

おつむの構造がやわなもので、簡単にお留守になっちゃいます。

ジジイ様を病院にお連れして入院させてくれろとお願いして、でもジジイ様は「帰る」とお抜かしになって・・・

ああだこうだやって疲れ果てましたある日の帰り道、ボ~ケ~と病院近くの大きな公園を歩いていたとお思い下さい。

落ち葉ふかふかの散歩道には鳩がたくさんおりまして、地面をつつきまわっていました。

そういう場面へ人間が近づくと、鳩は巧妙に距離をとるように散っていくのですが、その日、ワタシがとぼんとぼんと歩いていくのに、鳩逃げず・・・

人間として認識されなかったようです。

あいやっ、心がお留守になっちゃったよ・・・

なおも歩いていくと、ノーリードの大型犬が近づいてきます。

フンフンとにおいを嗅がれました。

わんこかあ・・・

少しして振り返ったら、わんこも振り返ってみていました。

あの人間、大丈夫かなあ、と言いたげに。

心がお留守になってると、変なものに入り込まれますよ。

俗に「魔が差す」というアレ。

いかんいかん、と気を取り直して胸張って大またですたすた歩くことにしました。

カラ元気でいいんですよ。

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小さな神社がありまして、表示がなくて何の神社か名前が分かりませんでして、一瞬稲荷様かと思いましたが、確信持てず・・・

お狐さまなのか狛犬さまなのか。阿吽じゃないです。 向かって右が阿形でした。

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耳がいい具合に垂れていらっしゃいます。

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何でもいいですけど、よろずよろしくお願いいたします。ペコリ。

追記:「三峯神社」のようです。狼型狛犬とのこと。写真ではわかりにくいのですが、右が「阿」形でした。

↓この方のブログが詳しく説明しています。

こまちの通り道 -オオカミ像を求めて-
http://queue-kemono.doorblog.jp/archives/7145953.html

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