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2013年12月27日 (金)

近藤勇墓~大沢の里横穴古墳へ

12月22日の散歩の2です。

前回散歩の取り残しの一つ、竜源寺のお墓参りにきました。

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言わずと知れた新撰組・近藤勇さんのお墓です。

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近藤勇さんに肩入れしているわけではありませんが、幕末の大混乱期に、真剣に国の行く末を憂いて行動し、若くして命を散らした人間に敬意を払わずにいられましょうか。

本堂の左手が墓地でして、入ってすぐ右手に近藤家の墓所があります。

右から2番目のやや大きいのが近藤勇氏の墓石です。

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合掌。

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墓地には、先祖の墓参りに来ていた親子連れのほかには誰もいませんでした。

花が手向けられているところを見ると、詣でる方はいらっしゃるようです。

墓所正面左手には、千羽鶴がぎっしりかけられていました。

再度合掌。

で、振り向くと・・・え?

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横穴古墳供養塔がありました。え?こんな所に?え?

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マップには載っていませんでした。これから訪れる予定の古墳です。

この時点で知識ゼロ。後で入手したパンフによりますと、

〈明治のはじめごろに、村人が偶然に横穴墓を発見し、出土した人骨を龍源寺に持ち込んで供養した〉

と伝えられているそうです。とりあえず合掌。

合掌しといてよかった、と後で思うことになります・・・

龍源寺(竜の字が資料によりマチマチ)は小さなお寺です。小さくとも、境内には燈篭や神社があります。

野次馬根性で全部写真を撮ってきましたが、なんか掲載がためらわれるのよね・・・で長寿観音も神社もカット。

↓替りにこんなものを。

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まぶしくて液晶画面が見えなくて上がちょん切れましたが、よい雰囲気ですのう。

錆びてはいますが、あたらしモノだと思います。通路の脇にちょこっとおいてありました。

↓暗を照らす燈篭。近藤さんの時代からあったのでしょうか。裏を見てくるのを忘れました。

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↓何仏といったらよいのかわかりません。合掌。

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ありがとうございました。野次馬はこれにて引き上げます。花も持たずの墓参り、失礼しました。

で、「大沢の里」へ向かうのですが、はるかな昔の記憶を呼び起こします。

昔、調布飛行場へはバスで来た。竜源寺のバス停で降りて、確か裏道に回って・・・角に見覚えのある建物があって右折して・・・そこは現水車通りでした。面影が残っているような無いような・・・

ちょこっと逸れて、武蔵野の森公園の掩体壕広場に向かいます。前回気づかなかった「井戸」を見るため。

↓蓋をしてポンプになってます。ふーん・・・(説明表示などなし)

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では目的地へ、の前にワンコ。違う方向を向いてます。誰かお世話係りがいるんでしょうか。

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アップで見ると、目が・・・

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無いほうがいいです。おサルに見えます。

で、大沢の里は、飛橋を渡って富士山絶景ポイントの高台に登山していきます。

晴天なり。富士山見えます・・・これじゃわかりません。

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アップにしてトリミングしてみました。やっぱり高性能カメラ買うべきかな・・・

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やめとけやめとけ、今のデジカメが腕に見合ってる・・・

前回は右にまわって国立天文台にいきましたが、今回は左に回って市立第七中学校の前を通っていきます。

中学校の隣は天文台敷地。校舎の上のほうから中の様子が見えるでしょうね。

なんと贅沢な、と思うのは部外者だけで、当事者には当たり前すぎるんでしょうね。

中学校敷地沿いにすすむと、大沢ふるさとセンターですが、あたりは「市民農園」らしいです。

各種白菜発見。

1.頬かむり型。これからよその畑へ大根盗みに・・・いきません。

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2.ぐるぐる巻き型。おしゃれヘアと呼んで頂戴・・・(今時はやりませんぞ、そんな髪型)

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3.天然アッパラパー型。かまってやらないと好き放題に広がります。キャベツかと思いましたぞ。

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大沢ふるさとセンターに入ってみようと思ってましたが、どうも野次馬の入るところではなさそうでして、素通り。

後から考えれば、横穴古墳の資料ありませんか、と聞けばよかった・・・(置いてあるかどうかは分かりません)

大雑把な地図を見ながら進みますと、おお、自然林。

↓上り坂に見えますが、結構な下り坂です。

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辺り一帯は自然環境保全地区です。

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竹の道。以前は公開されていたようですが、このときは手前に通行止め柵があり、眺めるだけでした。

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上の、上りに見える下り坂を、右に進めば竹林ですが、左に目的の「出山横穴墓公開施設・自然散策路」があります。

↓時と場所を間違えちゃったような世界の入り口ですよ~

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入場門限がありまして、この時はセーフでした。行きますよ・・・

次回に続きます。じゃなくて、墓つながりで一挙公開。

矢印が「行け」と言ってます。

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古墳群のある「出山遺跡(でやまいせき)」は、三鷹市教育委員会パンフによると、

〈旧石器時代(12,000年以上前)の石器や、縄文時代(12,000~2,400年前)の竪穴住居跡や縄文土器など〉

が多く発見されているそうです。

ここ「出山横穴墓群」は

〈野川流域に分布する横穴墓群のひとつで、これまでに10基の横穴墓が確認されています。〉

つまり墓地・・・予備知識がなかったとはいえ、ずかずか踏み込んで失礼しました。

歩き始めてすぐ10号墓の表示。表示だけです。合掌。

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進んで横を見上げてぎょっ。

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お稲荷さんの社がありました。合掌。

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こんな山道です。誰も歩いていません。いいのか女子が一人で・・・・

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第1号住居跡だそうです。

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表示だけですか、と通り過ぎましたが、もしかして上の柵の向こうだったのかしら。

↓じっくり読むとそうらしいです。

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↓なんだか分からない写真になりましたが、右が曲がりくねって降りていく階段でして、左にちょこっとコンクリート建物の屋根が見えます。

「出山横穴墓群8号墓 保存・公開施設」の屋根です。

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矢印が「行け」と言ってます。

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入り口に説明プレートがあります。横の黒と赤の赤い丸は何でしょう。

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↓説明プレートの1枚だけ。

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後のは省きました。だって・・・

内部です。写り方が変なのは、ガラスに日の光が反射して何も見えません。自分の影になった部分だけかろうじて見えます。

この写真は分かりやすく調節しています。 影じゃない部分は、緑色コーンのように外の景色が反射しています。

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これは「須恵器」(レプリカ)ですが、実はもう一枚撮りました。

撮ったときはなんだか分からなかったのですが、写真整理の段で、レプリカとは言え「お骨」が写っていると気づき、データを削除しました。

だって・・・死んだ後、お骨になった姿を、研究者でもない野次馬に興味本位に写真撮られたくない・・・再度、合掌。

↓非常警報用ボタン。外にあったのも非常警報のランプやベルだったのね。

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入り口もセコムしてます。左上方。

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非常ベルのお世話にならないうちに、とっとと下山します。

出口(反対側の入り口)にたどり着いてほっ。

↓横穴古墳群の解説板がありました。英文付き。遠くて読めません。

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出てきたそこは、わさび田でした。

↓ちょっと違うような・・・なんの花でしょう。

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あたりは「湿地帯」のようでして、尾瀬のような木の道がありました。

↓振り返ります。こんもりしているのが古墳群のある山。下から3分の1くらいの中央が「わさび田」です。

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地図によると「湿性花園」があるようですが、工事中で立ち入り禁止になっていたような・・・

この辺り一帯が「大沢の里」だそうです。

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で、この後はですね、深大寺を目指します。続くのです。

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2014.1.1追記:近藤勇生家跡に設置されている「新撰組組長 近藤勇」の解説に、近藤家墓所の説明があります。

〈近藤勇、板橋で死す

(前略) 勇の甥宮川勇五郎は、板橋の刑場で肩の鉄砲傷(慶応三年十二月伏見墨染付近で負傷)を目印に首のない勇の遺体を掘り起こし、上石原村の生家近くにある龍源寺へ埋葬した。

勇の無言の帰還を一族の人びとは野川にかかる相曽浦(あいそうら)橋で迎えたと伝えられている。

龍源寺の近藤家墓所には、勇の一人娘瓊(たま)と結婚して近藤家を継いだ勇五郎やその息子久太郎(ひさたろう)も眠っている。

また、近くには勇のいとこで新選組隊士だった宮川信吉(のぶきち)(勇の父久次郎の妹の子)の墓もある。〉

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