« 忘れられる911 | トップページ | 某日茫々 »

2013年9月24日 (火)

黙っているのが好き

「Victor Jara canta a Pablo Neruda. Poema 15」が、何を歌ってるのかさっぱりわからないのは悔しい。

そこで詩を検索しました。スペイン語です。翻訳があるかと思ったのですが、探し方が悪かったようで見つからず。スペイン語を探して、自動翻訳しようとしたら英訳が見つかって・・・

この話、長くなりますので・・・というのが前回でした。

「ビクトル・ハラがパブロ・ネルーダの詩を歌う」
(Victor Jara canta a Pablo Neruda. Poema 15)

英語ならなんとかなる、と思ったのですが、その英訳がさまざまでした。

原詩は韻を踏んで簡潔なのに、英文が説明的に長い散文・・・

ひとつ選んで、以下、適当に日本語に重訳してみました。

*****

あなたの沈黙が好きだ ここにいないみたいだ
私の言葉を遠くに聞いて 声はあなたに届かない
あなたの瞳はどこかに飛び去り キスが唇を閉じてしまったよう

私の魂はあらゆるものに満ち 魂に満ちたあらゆるものから
あなたの姿が浮かび上がる
夢みる蝶よ あなたは私の魂のよう 憂鬱という言葉のよう

あなたの沈黙が好きだ 遠く離れているみたいだ
嘆きながら眠りに落ちた蝶のようだ
私の言葉を遠くに聞いて 声はあなたに届かない
あなたの沈黙とともに 私は心安らかになろう

話をさせておくれ ランプの灯のように透き通って
指輪のように簡潔な あなたの沈黙のうちに
あなたは夜のよう 静かで星が煌いている
あなたの沈黙は星と同じ そうも遠く離れて簡潔

あなたの沈黙が好きだ ここにいないみたいだ
死んでしまったみたいに 遠くて悲しい
一言 そして微笑んでくれれば それでいい
そうすれば私は幸せだ 幸せなんだ そうではないかもしれないけれど

*****

はてな、と思うところをスペイン語の自動翻訳結果と比べると、ずれがあるような気がしますが、よくわかりません。

以下スペイン語の原詩と、それを英訳している方(Translation: Terence Clarke)のサイトです。

Terence Clarkeさんは作家のようなので、著作権問題があるかもしれません故、英訳は引用しませんでした。

PABLO NERUDA

http://redroom.com/member/terence-clarke/blog/pablo-nerudas-twenty-poems-of-love-and-one-desperate-song-poem-15-a-trans

Poema 15

Me gustas cuando callas porque estás como ausente,
y me oyes desde lejos, y mi voz no te toca.
Parece que los ojos se te hubieran volado
y parece que un beso te cerrara la boca.

Como todas las cosas están llenas de mi alma
emerges de las cosas, llena del alma mía.
Mariposa de sueño, te pareces a mi alma,
y te pareces a la palabra melancolía;

Me gustas cuando callas y estás como distante.
Y estás como quejándote, mariposa en arrullo.
Y me oyes desde lejos, y mi voz no te alcanza:
déjame que me calle con el silencio tuyo.

Déjame que te hable también con tu silencio
claro como una lámpara, simple como un anillo.
Eres como la noche, callada y constelada.
Tu silencio es de estrella, tan lejano y sencillo.

Me gustas cuando callas porque estás como ausente.
Distante y dolorosa como si hubieras muerto.
Una palabra entonces, una sonrisa bastan.
Y estoy alegre, alegre de que no sea cierto.

------------------------------

うーん、あきらめきれないので、歌詞の一部で、しつこく検索しましたら、

「20 poemas de amor y una canción desesperada」

という詩集であることがわかりまして、その翻訳

「二〇の愛の詩と一つの絶望の歌」 (松田忠徳訳 富士書院、1989.1)が出てきました。

よーしっ、と思ったのですが、地元図書館になし。国会図書館ならありますが・・・

アマゾンならどうだ、と検索しましたら、12490円~ですとお。おおおおお・・・

国会図書館行きましょうか・・・

------------------------------

と、ぐだぐだやっていたら、

『粗忽主義貧民共和国』という素敵なサイトに、ちゃんとした訳が載っていました。

「2010/04/19 15:17」の分です。
時間のある方は先頭4月1日から読むことをお勧めします。面白いです。
http://www.theatrum-mundi.net/archivo/socots1004.shtml

我が粗忽訳は悔しいので、このまま残しておきます。

------------------------------

と思ったら、図書館に本がありました・・・

「ネルーダ詩集」 田村さと子訳編 思潮社 海外詩文庫14 2004年8月1日

10ページ

十五

黙っているときのおまえが好きだ うつろなようすで
遠くで おれに耳を傾けているのに おれの声はおまえに届かない
おまえの目はどこかに飛び去ってしまったかのようだ
一度のくちづけが おまえの口を閉じさせてしまうかのようだ

あらゆるものは おれの魂でみちているので
いろんなものからおまえは浮かびでてくる おれの魂でみちて
夢の蝶よ おまえはおれの魂に似ている
そして メランコリーということばに似ている

黙っているときのおまえが好きだ ひっそりしていて
嘆いているようで 甘くささやく蝶よ
遠くでおれに耳をかたむけているのに おれの声はおまえに聞こえない
おまえの沈黙で おれを黙らせてくれないか

おれも ランプのように明るく 指輪のように素朴な
おまえの沈黙で おまえに話しかけさせてくれないか
おまえは 星をちりばめた静かな夜のようだ
おまえの沈黙は はるか遠くにある素朴な星のものだ

黙っているときのおまえが好きだ うつろなようすで
息絶えたかのように かなたにいて いたいたしくて
そんなときは ひとつのことばと微笑みだけでいい
すると おれは楽しくなる 楽しくなくても楽しくなる

うーん、訳詩が長くなるのは宿命か・・・

------------------------------

どうせだから、もう一翻訳を掲載。

上記『粗忽主義貧民共和国』の「2010/04/19 15:17」です。

「ゆう」さんこと古屋雄一郎(ハンドルネームはゆうまたは粗忽天皇)という方が書いています。スペイン語が専門で、翻訳や舞台や執筆などいろいろやっていらっしゃいます。

勝手に引用してごめんなさい。目に留まっても、削除要請出さないでください。この訳、好きです。これからセンセの本読みますから・・・

黙っている時の君が好きだ ここにいないみたいだから
君は僕の声を遠くから聞く 僕の声は君に触れない
まるで君の目が飛び去ってしまい
まるで一度の口づけが君の口を閉ざしたみたい

あらゆるものは僕の魂に満ちているから
君はものから生まれる 僕の魂に満ちて
夢の蝶よ、君は僕の魂にそっくりだ
そして君はメランコリーという言葉にそっくりだ

黙っている時の君が好きだ 遠くにいるみたいだから
君は不満をこぼしているみたい 羽ばたく蝶よ
君は僕の声を遠くから聞く 僕の声は君に届かない
君の沈黙といっしょに黙っていさせておくれ

君の沈黙といっしょに話しかけさせておくれ
ランプのように明るく 指輪のように素朴な沈黙
君は押し黙り星を散りばめた夜のよう
君の沈黙は星のそれ あまりに遠く飾り気がない

黙っているときの君が好きだ ここにいないみたいだから
死んでしまったみたいによそよそしく悲しませる
ひとつのことば、ひとつの微笑みで充分
そして僕は嬉しい 確信がもてないから嬉しい

------------------------------

で、ここでまた問題発生。

ワタクシメの貧相訳は英語からの重訳なので、「わたし」と「あなた」としました。

田村さと子さん訳は「おれ」と「おまえ」

古屋雄一郎さん訳は「僕」と「君」

好みの問題でしょ、ではありません。英語になくてスペイン語にあるもの、なあに?

アルファベットにくっつく変なごにょごにょ(アクセント記号)・・・正解ですが、もっと決定的に違うものがあります。いえ、スペイン語に詳しいわけでなく、うすぼんやり考えていて思い出しました。

スペイン語フランス語などラテン系の言語には、二人称が二種類あります。英語には、特殊な表現を除いて一種類こっきり。潔いっちゃ潔い・・・

二種類の二人称の使い分けは、目上の人初対面の人偉い人など用と、親しい人目下の人など用。

ネルーダの原詩のそれは、親しい人用らしい・・・よくわかりませんが、「te」「tu」とか見えます。おフランス語だと「チュトワイエ(tutoyer)」とか言っちゃって・・・えへへ、今思い出しました。

つまり、ネルーダの詩は親密な恋人同士の詩なのですね。

恋人に向かって「黙っているほうが好きだ」なんて・・・ぶっ飛ばされますよ・・・じゃなくて、物思いにふける恋人の美しさに惚れ惚れする詩です。

この詩集が出版されたのは、ネルーダ20歳のとき。原詩はきっと瑞々しい響きなのでしょうね。

------------------------------

で、問題もう一個。

一人称側を「男」、二人称側を「女」に解釈しましたが、英文では判断できません。蝶に例えられているから、女かな・・・みたいなノリです。

ラテン系言語にはまた、英語にないものがあります。

なんでか知りませんが、単語に性別があります。夜nocheは女性で、沈黙silencioは男性で・・・理解できるかそんなものっ!!!

じゃなくて、田村さと子さんと古屋雄一郎さんは、なにをもって男が女の恋人に囁くと判断したのか。

理由:だって恋人への形容詞が女性形だもん・・・すんごく単純に。

田村さと子さん訳の「いたいたしくて」は原詩では「dolorosa」、dolorosoの女性形です。

便利といえば便利、面倒くさいといえば面倒くさい・・・(ワタクシがその昔、フランス語に挫折したのも、そんなことからでした)

------------------------------

この「Pablo Neruda Poema 15」は南米で広く愛され朗読あるいは歌われているようです。

「Pablo Neruda Poema 15」もしくは最初の「Me gustas cuando callas」をキーワードにYouTubeを検索すると、朗読、歌、さまざまな動画がでてきます。

ビクトル・ハラと親しかったメルセデス・ソーサ版もありました。

Mercedes Sosa - Poema 15 (me gustas cuando callas) [1976]
http://youtu.be/r1wn4KR1voo

胸に沁みる声です。ビクトル・ハラの歌声も再掲↓

Victor Jara canta a Pablo Neruda. Poema 15 (HQ)
http://youtu.be/wEy-PDPHhEI

意味がわかると、また違って聞こえるかも。

|

« 忘れられる911 | トップページ | 某日茫々 »

文系(本とか)」カテゴリの記事

文系(音楽とか)」カテゴリの記事

コメント

さすが、マイマイさんですね。すてきな
訳です。上田敏の海潮音のように、原詩
に細部にわたってこだわることなく、
かえって、日本語で、人の心に響く”訳”
(というよりも、”蘇るような詩”)が
名訳のような気がします。その点、
とっても上手く訳されましたね。スペイン
語も仏語も英語も、日本語すら疎い者が、
コメントするのもお恥ずかしいのですけれ
ど・・・そう、感じました。

今宵は、当方へのコメントとこの名文で
楽しませていただきました。ありがとう
ございました。

投稿: しらこばと | 2013年9月24日 (火) 20時49分

スペイン語の専門家が見たら笑っちゃう訳ですが、悪戦苦闘したので削除しがたく未練がましくずうずうしく載せちゃいました。ワハハ笑止・・・
調子に乗ってまた重訳しちゃいけませんね。

投稿: マイマイ | 2013年9月25日 (水) 11時42分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/525834/58237450

この記事へのトラックバック一覧です: 黙っているのが好き:

« 忘れられる911 | トップページ | 某日茫々 »