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2013年9月 6日 (金)

『ひとり歩けば』

『ひとり歩けば 辻まことアンソロジー』
柴野邦彦編 発行:未知谷 2011年12月10日

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「辻まこと」と聞いてピンとくる人は山岳関係者?

恥ずかしながらワタクシ知りませんでした。

奥付によると、1914年生まれ1975年没。詩人、画家、グラフィックデザイナー。山岳、スキーなどをテーマとした画文でも知られる、とあります。

そして、父は辻潤、母は伊藤野枝だと。ひええ。両親が有名過ぎます。

知らん、という人でも、1923年関東大震災後の混乱と戒厳令の中、アナキストの大杉栄と伊藤野枝と大杉の幼い甥が、憲兵大尉・甘粕正彦に殺害された事件は、教科書に書いてあったか、どこかで聞いてるはずです。

辻潤はダダイストにして放浪の人・・・という説明ではちっともわかりません。

ダダイストは極端に言えば「既成秩序に反対の人・ぶち壊したい人」・・・その説明違うぞ、と言いたい方もいらっしゃるかもしれませんが、大体合ってるでしょ。つまり、芸術家としては斬新であるが、日常生活においてお知り合いになると非常に面倒くさい人。

そんな両親の子はどんな尋常ならざる人かといえば、この『ひとり歩けば』を読む限り、まっとうな人です。

まっとうの上に、ゆとりのある笑いを含んだ人です。

収められている短編の初出が記載されてないため、いつごろ書かれた作品か分からないのですが、亡くなったのが1975年ですから、それ以前・・・

絵も文もまったく古びていません。

1970年代に書かれた小説などを読むと、わずか40年ほど前のことなのに、耐えがたく古色蒼然としていて読む気が失せることがありますが、この短編集については、書かれたばかりのような気さえします。

思わず吹き出したのが「小屋ぐらし」「長者の聟の宝舟」「ずいどう開通」。ある山の麓の湖畔の村民達の、こすからくも逞しく、おかし味に溢れた暮らしが、気負いのない筆致で書かれています。

〈山で食えず、畑で食えず、湖で食えずの村だでなあ……〉

〈山稼ぎ、畑稼ぎ、湖稼ぎの三方忙しだでなあ……〉

〈村には智慧者と呼ばれる人物が何人かいた。お陰で村の連中は山を食い、畑を食い、湖を食うばかりでなく〉 発電所も食っちまいます。つまり、ああだこうだと理由をつけて補償を要求して・・・あげく、魚が取れないのは発電所のせいだと〈資金も稚魚も技術もめんどうをみてもらって〉養鱒場を設置し・・・

その鱒をあてに釣り人がきて、宿だ舟だで村は潤いますが、鱒は一匹も釣れない。調査にきた役人に、なんせ放流できなかったと村人は平然と言います。なんせ毎晩ドロボーがきて取っていくんで手に負えねえ。

〈じゃ峠向こうの観光旅館へ軒並みに鱒を売ってた奴はドロボーだというのか〉

〈村のもんをドロボー呼ばわりはしてもらいたくねえもんだ。〉

あれは村人が獲ったものだと。発電所のせいで獲れなくなったはずだ? 発電所も週に二日水を止めるようになったから、殖えたのだと。

ああ言えばこう言う智慧者にかなう人はいない・・・以上、「長者の聟の宝舟」から引用しました。

そうだろなあ、あの地方の商人(あきんど)は抜け目のないことで有名で、「○州商人の通ったあとはぺんぺん草も生えない」と言われましたなあ、テレビドラマにもなったなあ・・・と余計なことも思い出しました。

作品中では、S湖やM湖、F川などとありますが、モデルがどこかは東京近在の人ならすぐ分かります。(分からなくても、編者のあとがき「辻まことの山」で判明します。)

この村人たちに良く似た人々を知っています。大半が故人ですが。

本全体は静かな孤独の匂いがします。編者柴野邦彦さんが書いています。

〈辻まことに会った人は誰もが彼の穏やかな笑顔や、ユーモア、快活な笑い声の虜になる。そこには孤独の影など微塵も感じられない。一つの熟した人生が見せる、優雅な健康が見えるのだ。

(中略)

その一方で彼の作品を読むと、その屈託の無さは、数々の失望や孤独を突き抜けて出てくるものだと感じられる。辻まことは自分の孤独を完成させることで・・・(後略)〉 (184-185ページ)

文章も図版も組版も上等の、モノとしても優れたいい本です。紙の本なればこそ。

借りて読みましたが、自分用に買いましょうか。繰り返し読んで飽きることのない本だと思います。

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コメント

こんばんは。
よく歩き、よく読んで…。
素晴らしい~~~dog

投稿: ジャネット・ぽこ・リン | 2013年9月 6日 (金) 20時20分

ジャネット・ぽこ・リン様
たまには違うことをしなければ・・・と思いつつ・・・
人間が偏ってきたみたいです・・・

投稿: マイマイ | 2013年9月 7日 (土) 11時56分

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