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2013年5月21日 (火)

貧乏の話、貧乏な話

他人の不幸は蜜の味、他人の貧乏はティラミスの味。

いやティラミスはちょっと古いかと・・・

図書館の書架の前をふら~っと通りかかったら、「コレヲヨミナサイ」と目に飛び込んできた一冊です。

『阿佐ヶ谷貧乏物語』 真尾悦子 筑摩書房 1994年9月10日。

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敗戦後の昭和22年の冬、日本全国大貧乏時代の深刻な食糧難住宅難の中で、夫婦がどうにか生きる話です。

著者真尾悦子さんは元編集者、夫の真尾倍弘(ましおますひろ)も編集者。恩人作家外村繁氏の家に転がりこむのですが、どこもここも生活は困窮極まりない。

が、そんな生活なのに、作家およびその関係の編集者というのは変人種なのか、金銭感覚ゼロ。夫も当時としてはかなり高給を取っているはずなのに、自分の付き合いや酒に使ってしまい、家計はもっぱら妻の質屋通いとチマチマした内職で賄う。

妻が質屋に持っていくのは、結婚前に作った着物などです。

なのに、夫ときたら、知人が来ると「酒を買ってきてくれ」。買う金は・・・くれない。

妻は少ない持ち物を物色して質屋に行く。酒買うこの金で食べ物買いたいのに。明日食べるものがない・・・

さらに、喘息持ちとなった夫は発作が起きるたび薬局にエフェドリンを買いに行かせる。

それどころか、当時は違法ではなかったヒロポン(覚醒剤)さえ「買って来い」と。

が、文士家庭はどこもここも似たりよったりなので、不思議とカラッとしています。

現在の水準でみると絶望的な状況でも、人間何とか生きていけるのですねえ。生きていれば何とかなるんですねえ。

すごいのは、悦子に飲み屋をやれと勧める「青柳さん」が「青柳瑞穂」だったり、

飲み屋で金が払えず身包みはがれて下着姿で夜中に窓をたたいて宿を乞う「梅崎さん」は「梅崎春生」、

講演会を企画して呼んできた講師は丸刈り学生服の「三島由紀夫」、

そのほか、夜中に糞尿まみれの若い女を担ぎ込んで辟易させる「江口榛一」、

悦子の結婚を知らず妊娠して大きくなったお腹を不審そうに見る「上林暁」・・・

他にも後の大作家の固有名詞がぼこぼこ出てきます。

これも一種の青春バカ物語かも。

それにしてもねえ、当時の男たちの金銭感覚のアンバランス加減は酷すぎます。

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と思ったら、↓ここにも生活感覚の怪しい若き日の作家の姿が。

『黒鳥館戦後日記 西荻窪の青春』 中井英夫 立風書房 1983年3月25日。

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(カバーではなく扉)

幻想耽美小説で知られる中井英夫氏の戦後日記(1945-46)です。

学徒出陣で乙幹(下士官候補生)として、市谷の陸軍参謀本部に勤務するも、敗戦間際に腸チフスで人事不肖となり、ようやく意識が戻ると戦争が終わっていた・・・

蔵書と思い出の詰まった田端の家は空襲で焼失しており、西荻窪の姉のアパートに転がり込むが、仕事はない、学ぶこともできない。

いずこも食糧難で、中井サンも食べるために汲々とするのですが、日記にはこんなことを・・・

〈それにしても田端にゐるのなら――
 (中略)
 大学にも近いあそこは、若い芸術家ないし社会主義者の巣となったであらう。どんなにたのしい生活を、かへつてスグの日から送り得たらうか。こんなに、毎日々々女中みたいな――飯炊き、配給、間食といつたクダラナイ生活は、送らないでも済んだのだ。〉 
(36ページ)

くだらない生活で悪かったな。それこそが生きる基本なのだよ。キミはその基本を当然のこととしてオンナどもに押し付けて、思索に耽っていられたのだよ、オンナどもはそのおかげで学問する暇もなし時に寝る暇もなし・・・

などと言いたいのではありません(言いたいけど)。

それが当時の男達の普通の考え方のようでした。日本社会はつい最近までは考えられないような男尊女卑だったのだよ。

と言いたいのでもありません(言いたいけど)。

困窮極まるそんな状況で、中井サンは思索を続け日記を書き続けます。心情左翼的な思索は結構過激だったりします。

読んでいて、こうしたモロモロ困難な状況でよくモノが考えられるものだな、と妙に感心しましたが、人間の素地の問題でもありましょう。

中井サンは、いいとこのお坊ちゃんであります。

〈父は植物学者で国立科学博物館館長、陸軍司政長官・ジャワ・ボゴール植物園園長、小石川植物園園長等を歴任した東京帝国大学名誉教授の中井猛之進。〉 wikipedia

悔しいけれど、教養の差、教育程度の差はこういう状況で現れるものなんでしょうね。

ワタクシが昔聞いた戦後の話は、「食うものがなくて困った」「モノがなくて困った」一辺倒でした・・・

この『黒鳥館戦後日記 西荻窪の青春』はまだ読みかけです。『』もあるんだそうです。

さらに、中井英夫戦中日記 彼方より 完全版』 河出書房新社 完全版  2005年6月18日も。読まなきゃ・・・

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こちらは丸ごと貧乏話。

『あたなより貧乏な人』 岡崎武志 メディアファクトリー 2009年10月16日

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プロローグ「ビンボー原論」で「日本人には貧乏がよく似合う」だの「みんなで一緒に貧しくなればいい」だの書いて、全編言いたい放題の面白い本。

天本英世」「金子光晴」「稲垣足穂」などの奇想天外なビンボー話にはただただ驚嘆。

なかでも、『一千一秒物語』で知られる稲垣足穂サンは、その幻想的な作風から美青年を想像しますが、実物は丸めがねをかけた大入道だそうで。

持ち物は、焼酎を買うための空き瓶、チラシの裏を使った原稿用紙、花かつおの付録の鉛筆だけ。

下宿に布団はなく、火鉢があっても炭がない。いつでも浴衣一枚・・・

こんな足穂と結婚して支えた志代夫人はエライ。

〈足穂と結婚するなんて、社会事業のようなものだ。〉 (47ページ)

晩年は著作が頻繁に刊行され、経済的に潤ったはずなのに、その生活ぶりは変わらず、

〈「ものがあるのは重荷だ。そのものに縛られて不自由になる」〉 (52ページ)

ほとんど元祖断捨離。

かの石川啄木のチャランポランな借金魔ぶりもばらして、

悪い奴なんだ、啄木は。〉 (204ページ)と言い切り、

〈「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢつと手を見る」

 どうです、馬鹿馬鹿しくて聞いちゃおれないでしょう。〉 (207ページ)

貧乏話が好きな人には面白い本です。

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以下は岡崎さんが引用した文献を抜書きの備忘録。読んでみようと思いまして。

『天本君、吠える!』
『想い出の作家たち1』
『別冊新評 稲垣足穂の世界』
『岸部のアルバム「物」と四郎の半世紀』
『芸人奇行録』
『ビッグな気分 いくつもの夜を超えて』
『お金の思い出』
『これでいいのだ』
『ワセダ三畳青春記』
『ぼくの特急二十世紀』
『人生はデーヤモンド』
『石川家の家計簿』

読んだことのある森茉莉サンなどは省いています。悪しからず・・・

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コメント

面白そうな話満載の本達ですね。思うに、昔の貧乏には今と違ってどこか余裕がありましたよね。

投稿: te | 2013年5月21日 (火) 22時19分

一部を除いて日本全国大貧乏でしたものね。余所をねたむ余地がなかった・・・
 
『あたなより貧乏な人』は読みやすいですよ。
『黒鳥館戦後日記 西荻窪の青春』は今読み進めていますが、中井英夫さんは凄い人だ、と再確認中。

投稿: マイマイ | 2013年5月23日 (木) 08時56分

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