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2012年9月10日 (月)

水の都

東京のことです。

自動車の行きかう都心をみていると、まさかあ、と思うのですが、オリンピックで大改造されるまで、東京は水の都でありました。

このワタクシが生き証人・・・な訳ありません。東京オリンピック後の変わり果てた東京しか知りません。

証拠写真というものがあります。

『1960年代の東京 路面電車が走る水の都の記憶』
写真:池田信 解説:松山巖 毎日新聞社 2008年3月20日

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『秘蔵写真で綴る銀座120年 老舗のアルバムに眠っていた未公開写真を満載』 
『銀座15番街』編集部 第一企画出版 1995年

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『ビジュアルブック江戸東京5 水の東京』
陣内秀信編 岩波書店 1993年3月25日

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↓『1960年代の東京 路面電車が走る水の都の記憶』掲載の、1946年ごろの中央区の河川と橋の地図。

現在の地図と比べると、実に多くの川がなくなっているのが分かります。

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↓『ビジュアルブック江戸東京5 水の東京』57ページより。

ちと古すぎるかもしれませんが、ヴェネツィアではなく日本橋川に面した「渋沢栄一」邸(明治21年竣工)。現存しておりませぬ。

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〈東京をヴェネツィアのような国際交易都市にしたいという願いがこめられていた〉そうです。(56ページ)

↓同書61ページより。新橋付近の水上バス乗り場(昭和34年)。

 勿論乗ったことはありませんが、なんだか懐かしい雰囲気。

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 左に全線座が見えます。

↓同書66ページより。

 右側の外濠にかかる手前の橋が『君の名は』で有名な「数寄屋橋」。

 今は無き、日劇、朝日新聞社が見えます。(昭和28年)

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↓『1960年代の東京 路面電車が走る水の都の記憶』21ページより。

 京橋の上からみた京橋川。右が京橋3丁目、左は銀座1丁目。

 貸しボートの看板が見えます。(1961年2月)

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この本には、楓川、京橋川、桜川、築地川など、今は無くなってしまった川の名写真が多いのですが、見開きB4サイズのためスキャンできませぬ。

興味のある方は、同書をぜひご覧下さい。懐かしの東京がたっぷり味わえます。

撮影者の池田信さんは、著者経歴によるとプロの写真家ではなさそうですが、実にいい写真を沢山撮っています。

このほかに、講談社カルチャーブックス「銀座細見」(講談社 1993年3月20日)75ページ「広告のなかの銀座」に天野祐吉氏が、昭和25年2月28日、数寄屋橋下の川に現れた「水死体」を写真で取り上げています。

本物の水死体ではなく、社交喫茶「ハレム」のプラカードと共に浮かんだ「サンドウィッチマン」だったとか。川があればこその人騒がせでした。

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追記:

毎日新聞社に「昭和毎日」というサイトがあります。

http://showa.mainichi.jp/

その中に

池田信『1960年代の東京』というコーナー があります。

http://showa.mainichi.jp/ikeda1960/

他にも、

昭和の記憶
昭和にかえりたい
昭和のニュース
昭和の地図
昭和写真館

という、昭和恋しいひとにはたまらないコーナーがあります。

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