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2012年8月16日 (木)

『5千万人のヒトラーがいた!』

『ドイツ婦人の家庭学』の八木あき子さんの著作です。

『5千万人のヒトラーがいた!』 八木あき子 文藝春秋 1983年3月1日

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『ドイツ婦人の家庭学』では元気な主婦という印象でしたが、この本ではジャーナリストの本領発揮です。

発行当時どのような評価を受けたのか知りませんが、約30年後の今読んでも興味深い内容です。

題名「5千万人のヒトラー」の意味は、エピローグに書かれています。

〈しかし何といってもヒトラーただ一人、あるいはドイツ民族のみであれほどの規模の殺戮が可能であったはずはなく、5パーセント論を是とするならば、二次大戦当時ヨーロッパ、ロシア及びアメリカを含めた10億の人の中に、ヒトラー的ラジカルなエレメントはほぼ五千万はいたと仮定することができると思います。〉

5パーセント論は、パリで知り合ったユダヤ人数学者ポウルの言葉として、第11章316頁にあります。

〈・・・彼等のすべてが冷酷非情だったとは思わない。だから、ホロコウストの二番目の犠牲者は、ドイツ人達だったと思うのですよ。
(略)
・・・42年にベルリンのバンゼー会議でユダヤ絶滅の具体案が、秘密裡に決められたわけですが、国際諜報機関の内偵によると、これに双手を挙げて賛成したのは、たったの5パーセントに過ぎませんでした。それに対して真向から反対したのが、やはり5パーセント、どうして良いか分からず去就に迷った人達が20パーセント、そして残りの70パーセントが何事にも無関心な人達だったと言われています・・・
(略)
・・・その5パーセントの過激派が、方向のない90パーセントを手段として引きずって、敵対する5パーセントを片付けてしまったのです。〉

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著者が〈あの戦争とあの殺戮の後で、ドイツ人達の心をなお支え得るものはいったい何であろう〉と疑問を抱いたのは、パリから仕事で出かけたドイツで60年ぶりの寒波に襲われ、閉じ込められたときのこと。

(1963年1月のヨーロッパ大寒波のことと思われます。日本では38豪雪の年)

冬物衣料を持たなかった著者は、下宿の女主人からコートを売りつけられます。裏返すと心臓部のあたりに血痕とおもわれる褐色の汚点が・・・

戦争時に亡き夫から送られてきたものだと女主人は言い、クリーニングに出せばきれいになると。〈絶滅キャンプ(K・Z)に関係したものだったのでは〉と問うと、〈そうだったかもね〉・・・

西ドイツでパリでベルリンで、著者は様々な人と出会い話を聞きます。

音楽家ワグナーが〈やがて20世紀にいたって青年ヒトラーの耳を奪い、魂を揺さぶり、ついにはユダヤ民族絶滅の野心をこの小男に植え付けてしまったわけで、今日、ヨーロッパ識者の間で「ヒトラーをパラノイアに育てた問題の芸術家」と言われて〉いること。

〈ドイツで公然と行われていたユダヤ迫害に対して、ヨーロッパは傍観し、沈黙し通した〉こと。

〈キリスト教教会でさえも、傍観かナチ協力かということに終始した〉こと。

ベルリンで知り合った女性アニタは、ユダヤ人の親友が開戦直前にナチの男達に虐殺されたことを語ります。そして

〈「ソニアを殺した者だけでなく、彼女をいじめた男の子達、それを止めさせようとしなかった教師達、ナチに協力した人達あるいは、傍観者たち、それらすべての者達を、許すことはできません。」〉

世界はどのようにユダヤ人を見捨てたのか。

●ドイツから24時間以内の立退き命令を受けたユダヤ系ポーランド人は、辿り着いたポーランドからも国籍を剥奪されたことを告げられる。

圧倒的多数のユダヤ人(330万人)が定住していたポーランドには古くから反ユダヤ主義が根付き、ドイツ占領下でナチとは別個の苛酷なユダヤ人狩と虐殺が行われた・・・

●スロヴァキアもチェコもユダヤ人を狩り出した。ハンガリーのそれはドイツより厳しい法規を作って行われた・・・

●ナチ占領下のフランス「ヴィシィ政府」の「ユダヤ人の財産没収」宣言。「ユダヤ人差別法規」の成立。フランス各地の「強制収容所」における虐待。3千人のナチに協力したフランス官憲の数およそ10万人。フランス在の30万人のユダヤ人の1/4がフランス人の手によって東欧に送られ・・・

●ルーマニア出身の女性は筆者に、使用人一家が突然兵隊達に引き立てられその後消息を絶ったという少女時代の記憶を語る。

●イギリスやアメリカ、ソ連その他の国も、問題の押し付け合いに終始するばかり・・・

●平和国家とみなされたスイスで何があったか。反ユダヤ傾向のもと、亡命者を国境線で突き飛ばしたり蹴りつけて追い返していた・・・

(スイスの状況は、福原直樹『黒いスイス』(2004年3月20日 新潮新書)に詳しい話があります。同書には、ヒトラー暗殺を企て祖国に見捨てられたスイス人青年や、スイス版「命のビザ」などの記述もあります。)

●アメリカは1939年6月のスミス法、1941年11月のラッセル法で事実上受け入れを大幅に制限した・・・

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そうした中での救いは、イタリア(!)、フィンランド、デンマーク、スウェーデンでした。

◆ドイツの同盟国イタリアでは、元々反ユダヤ感情が乏しく、ヴァチカンのお膝元でもあり、SSが「身代金」(正式のものでなく担当者が着服)に金50キロを要求したとき、ヴァチカンが不足分を出した・・・

ユダヤ人に対してより「マカロニ野郎」と差別・罵倒するドイツに対する反感の方が大きく、イタリア市民は積極的にユダヤ人援助に回ってしまった。

〈ムッソリーニは「イタリアは、ユダヤ迫害のナチ共犯者なんかには、なりたくない」と、1943年の初めに言い切り、人種理論の独伊調整は、ついに行われませんでした。そればかりか、(中略)あからさまに保護政策をとりました。〉

フランスのヴィシィ政府でもイタリア占領地区ではイタリア的になり、せいぜい2万人だったユダヤ人口が5万人ぐらいに殖えたという。

◆フィンランドは1941年6月ドイツと対ソ共同戦線をはるが、実質友邦ではなく、ユダヤ人引渡しの要求を断固拒む。

〈「フィンランド人は礼儀正しい国民である。
 我々は絶対に、ただの一人のユダヤ人といえどもナチには引き渡さない。そのような下品なことをするくらいなら、我々はユダヤ人と共に滅亡する方を選ぶであろう・・・」〉

◆デンマークは1940年4月9日にナチス・ドイツに侵略され、1943年8月には国王クリスチャン10世が捕われの身となりユダヤ人狩が行われようとしたとき、国王が警告を発し宣言する。

〈「デンマークのユダヤ人に対して、ダヴィデの黄色い星をつけるように命令されたならば、その時は真先に私と私の一族がそれを付けるであろう・・・・」〉

市民はユダヤ人を守ろうと、仕事を休み偽の診断書を作り服役中のユダヤ囚人を出獄させ、多くのユダヤ人を中立国スウェーデンに漁船で送った。警察も邪魔が入らないよう監視した。運悪く収容所に送られてしまったユダヤ人に対しては返還要求をした。

それ以前に、1938年の「クリスタルの夜」の後は、市民が見ず知らずのユダヤ人に「いつか必要になるから」と家の鍵を渡したのだと。

また、コペンハーゲンのドイツ大使館のドイツ人ドゥクヴィッツが、ユダヤ人迫害をドイツ民族の不名誉とし、ナチの意図を密かにデンマーク政府に知らせていたとの話も。

◆スウェーデンではナチのデンマーク占領3日後の1940年4月12日首相が声明を出す。

〈「スウェーデンは、ナチに追われた者達を一人残らず受け入れる用意がある・・・・」〉

ブダペストのスウェーデン大使館に勤務していたラウル・ワーレンバーグは数千人ものユダヤ人をスウェーデン国家の名に於いて救出した。

戦争末期にはベルナドッテ伯がヒムラーと交渉し、デンマークおよびノルウェーからの囚人をスウェーデン経由で釈放させる同意を取り付けた、とも。

名女優グレタ・ガルボは、デンマークからスウェーデンまでユダヤ人を運ぶ工作に関わっていた。

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この本に書かれている情報が濃厚すぎて、一度読んだだけで内容を正確に把握するのは困難です。

「もしローマ法王が何らかの発言をしていたなら、カトリック教徒が大半をしめるヨーロッパでこんな悲劇は起きなかったであろう」という主旨の文章が、この本のどこにあったのか(無かったのか)、ぱらぱらひっくり返しただけでは再発見できません。

この本について書かれたネット記事(ブログ等)を読んでみましたが、結構内容を取り違えているものが多いのに気づきます。

あまりに内容が濃いゆえの混乱でしょうが、それはまた「読み応えのある本」であることを意味します。

しかしまた、この本一冊を読んでよしとするほど、簡単な問題ではありません。

スウェーデンやフィンランドの「黒い」部分を取り上げた本もありますし、

ジェームズ・バクー『消えた百万人』(副題:ドイツ人捕虜収容所、死のキャンプへの道 1995年3月 光人社)では、敗戦後、捕虜となった軍人や国境線変更で移動を余儀なくされた民間人を合わせ、多くのドイツ人が、連合軍により苛酷な取り扱いを受けたことが書かれています。

(ただし、『消えた百万人』に関しては内容に間違いが多いことを指摘する人もいます。)

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