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2012年8月

2012年8月31日 (金)

折紙ゴミ入れ

仕事もしないでヒマなことに精出すアホ・・・

祟りでまた仕事が重なりまくることでしょう。

そうなったらその時に焦ればいいさ。今は暇つぶしに励んじゃお。

ゴミ入れ、と題しましたが、オリジナルの説明には「バスケット」とあります。

それに従うと、おほほ、こんなものができます。

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おほほ、こんなものを入れたりします。

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ちょっとしたプレゼント入れにいかがでしょ・・・

というものですが、そうそうプレゼントなんぞいたしません。

ならば、と生ゴミ入れを作ることにしました。

生ゴミを乾燥させるつもりで新聞紙を拡げた上に置きましたが、風に飛ばされて具合が悪い。なら飛ばない箱に・・・と、よくある折方で作ったら、見場がよくありません。

そこで・・・

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愛用のXPパソコンの前で。

どーでしょ、いいでしょ、と威張りたいのですが、ワタクシが考えたものではございません。

養命酒の登録葉書を返送しましたら、会報誌「養命酒だより」が送られてきまして、その封筒を切り開くと裏に作り方があり、もう一方を切り抜くと市販と同じサイズの折紙となります。

その通り作ったのが、上のソフビベビーが入っている「バスケット」です。

作り方は、というと、多分著作権とかいうややこしいものがありますので、丸写しはいかんのでしょう。

(↓この程度のほとんど見えない図ならOK?)

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養命酒は結構面倒見のよいメーカーさんです。

どうしても作り方が知りたいのでしたら、養命酒を買って、中の葉書にバスケットの作り方を知りたい、と書いて返送すれば教えてくれるかも。

(ワタクシ、養命酒の回し者ではございません。)

で、この作り方を応用して、新聞紙でつくり、最後の持ち手の部分も全部折ってしまえば、上のゴミ入れになります。

ポイントは、

1.新聞紙を1枚抜き出したら、まず二つ折りにして二重で折ること。

  強度の問題です。

  丈夫な紙なら一重でOKですが、吸水性は多分新聞紙が一番。

2.正方形でないと折れません。端っこを折り返すか、または切り落とすかすること。

ほほほ。このボケ写真の折り方をみて折ってみますかな。

それとも養命酒に問い合わせますかな。

ほほほ、おほほ、おーほっほっほ、げほっごほっぐふっ。

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2012年8月30日 (木)

防災訓練2012夏

暑い日が続きます。

余りの暑さにワタクシ、くたばりましてご無沙汰・・・

したのでなくて、この暑い時に大口仕事が入りまして、パソコン漬けになっておりました。

なぜか雑事も集中しまして、小口の仕事がちょこちょこ挟まるのは勿論、ケアマネジャーさんとの打ち合せとかもあり、極めつけが地元の「防災訓練」参加要請。

強制じゃございませんです。

ございませんけど、わざわざご訪問いただいたからには、ばっくれる訳には参りません。

なんでそんなものが来たのかというと、地元市の防災計画の一つに、「災害時要援護者の安否確認」というのがあります。

震度5弱以上揺れたら、災害弱者の安否を地元民が確認しよう、というもの。

確認するのは「登録した支援者」です。ワタクシ、登録しております。

8月26日の朝8時に揺れました。さあ、要援護者宅に駆けつけて安否確認をし、近くの中学校に設置された本部に報告しましょう、という訓練。

8時に揺れるんですけど、受付は9~10時。どうしましょ、このタイムラグ。

だもんで、ゆっくりお家を出て、のっそり駆けつけて、適当にお茶を濁し、9時ちょい過ぎに本部会場へ行きました。

じぇんじぇん気分が盛り上がりませんなあ。きっと本番はオタオタしまくるでしょうなあ。

防災訓練にはこれまで一度も参加したことがありません。

せっかくだから、会場をひととおり廻り、いろいろ体験することにしました。どうせなら楽しまなくっちゃ。

↓自衛隊の車両。

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病院車?手術とかできます。中は冷房が効いてて涼しいです。

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ワタクシ、右翼でも左翼でもございません。

自衛隊に特別の感情は持っておりませんでしたが、大震災以後は自衛隊が頼もしく見えます・・・(つっこまないで下さいまし)

↓消防車も。

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左奥にチラッと見えるのは、放水体験。

もちろん、やりましたよぉ。

生活の場で水をぶっ放したら大目玉ですが、ここは公認会場。思いっきりやらせていただきました。ああ、気持ちよかった。

ついでに訓練用に水を詰めた消火器もぶっ放して、火を消しました。楽しいな。

↓ごちゃごちゃしていますが大事な会場。

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右黄色テントは煙充満体験。中は視界ゼロ。本番に遭遇したくない体験でした。

係員は年配の女性の方ばかり。体験する側の方が元気というのは、ちょっと気が引けます。

真中の階段付きはエレベーター閉じ込められ体験。メーカーの人が担当していました。

ワタクシ、閉じ込められて、非常用通話で外部へ連絡する役をしました。これも本番は体験しとうない。

後ろのほうは分かりにくいのですが、炊き出しの訓練会場。ボランティアの方が大勢でした。

写真には写っていない左側では、AEDの使い方応急処置の仕方などを体験でき、また東京電力、東京ガス、NTT、水道部他も展示しており、災害伝言ダイヤル171を実際にかけたり・・・と盛りだくさん。

東京電力はパンフレットなど入った小さなトートバッグをくれました。

ボールペンやいろいろ入っていまして、面白かったのがこれ↓。

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UVチェッカーのついた鏡。

カンカン照りにさらすと、象さんが真っ赤っかになります。

この外に、地元お医者さん歯医者さん薬剤師さん他のテントがあり、トリアージ訓練をやっていました。

最後までいると、消防車の放水ショー(?)とかあったのかしらん。

都合で途中で切り上げましたが、お土産をいただきました。

中身はおかず缶詰2個。白米缶詰1個。クッキーみたいなの1袋。非常用トイレ1個。非常用給水パック1個。缶詰類は賞味期限が迫っていましたので、備蓄用品の有効活用かと思われます。

遊び気分で参加しましたが、結構ためになる訓練でした。来年はきちんと参加しようと思ひまふ。

そうそう、この会場でボールペンを3本も貰ってしまいました。この先ずっとボールペンには困らなくてすみそ。

↓これは「登録した支援者」用の一式。

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写真では消しましたけれど、ワタクシの名前がでかでかとプリントされていました。

懐中電灯に、メモ用の荷札と書き込み用のクレヨン。

黄色いリボンは、実際に確認するような事態になったとき、確認済みですよ、とドアノブに結び付けてくるものです。

使うようなことにならないといいんですけどね。

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2012年8月21日 (火)

リアル脱出ゲームって、なんだ?

ある暑い夜、いい年こいたおじさんとおばさんたちが集まって四方山話をしていました。

話の流れから「リアル脱出ゲーム」なる言葉が出てまいりまして、全員で

「それはなんだ?」

言いだしっぺも

「リアルに脱出するゲームらしい」

というマヌケなことしか答えられませんでした。

早速調べるざます。

-----------------

リアル脱出ゲームとは」というサイトがありました。

http://realdgame.jp/archives/category/about

読んだだけではよく分からない人のため?の動画付きです。

What is the Real Escape Game?

http://youtu.be/jbPW10koNj0

ほー、おもしろそうだけど、中高年には息が切れそう。

あちこちでやっていて、中国やシンガポールなど海外にも進出してるとか。

↓サンフランシスコでも。

The Escape from The Werewolf Village

(予告編みたいなの)

(サンフランシスコリアル脱出ゲーム vol.1 人狼村の脱出)

http://youtu.be/eY6iM0Pu2oE

Jinrosanfrancisco_realescape Drmad_sf_flier_660

次はこれらしいです。

http://realdgame.jp/archives/3031

Evaxreg_660

2012.8.25 Saturday - 8.26 Sunday

サンフランシスコリアル脱出ゲーム第3弾
Escape from an Angel
Real Escape Game x Evangelion

サンフランシスコの日本街に偽装された NERV 本部。
突如、何者かにより取り囲まれてしまった。
姿が見えない謎の「使徒」により、閉じ込められてしまう職員。
聴こえてくる謎のメロディー、そしてMAGIに表示される謎の暗号。
NERVの職員であるあなたは、この謎めいた場所から脱出することが出来るだろうか?

あらま、今週末じゃありませんか。

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2012年8月20日 (月)

沈没

暑い日が続きます。

夏の間は日の出が早くなります。

日の出が早い=早く目が覚める。

すべての人に通用する定理ではありませんが、ワタクシ夏の間は5時頃に目が覚めます。

前日の就寝時間が何時だろうと、朝5時頃にはお目覚め。

これすなわち、慢性の寝不足。

明らかな体調変調はないものの、なんとなくお疲れさんです。

それがどうしましたか。

ええ、どうかいたしました。

週末飲み会にお呼ばれして、ご馳走と美味しいワインを頂きました。

そんなに飲んだつもりは無かったのですが、酔いが回りました。

酔いが回る=アセトアルデヒド脱水酵素が大量発生する・・・

翌朝見事に沈没しておりました。

脱水にはなってないようですが、諸事やる気がゼロ、を通り越して、マイナス30%くらい。(生きているのが面倒くさくなるのが、マイナス100%くらい。)

シャワーだけ浴びて着替えてまだベッドに逆戻り。で、うとうと2時間経過。本読もうかと広げて、またうとうと・・・で2時間経過。起きようという気力ゼロ・・・

見事な沈没状態維持。

このところ夢を見ることもなかったのですが、ファンタジックな夢を一杯見ました。まぶたの裏がフルスクリーン状態。なんだか楽しいなあ・・・

意を決して起き上がったのは夕方6時。

梨食べてオレンジ食べてイングリッシュマフィンにバターとマーマレードつけたの食べて牛乳飲んでご飯代わり。

濃いミルクティを飲みたいなと思ったのですが、これだけ眠ったので、夜眠れなくなる可能性大有り、それはいかんと我慢。

で、また眠気を催して、ベッドに逆戻り。

気がついたら、翌朝の5時になってました。

大沈没。轟沈。

夏の疲れが溜まっていたのでしょうね。そんな状態でも、本2冊読みましたので、まっいいか。

それにしてもアルコールに弱くなりました。そろそろ断酒を真面目に考えないと。

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2012年8月16日 (木)

『5千万人のヒトラーがいた!』

『ドイツ婦人の家庭学』の八木あき子さんの著作です。

『5千万人のヒトラーがいた!』 八木あき子 文藝春秋 1983年3月1日

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『ドイツ婦人の家庭学』では元気な主婦という印象でしたが、この本ではジャーナリストの本領発揮です。

発行当時どのような評価を受けたのか知りませんが、約30年後の今読んでも興味深い内容です。

題名「5千万人のヒトラー」の意味は、エピローグに書かれています。

〈しかし何といってもヒトラーただ一人、あるいはドイツ民族のみであれほどの規模の殺戮が可能であったはずはなく、5パーセント論を是とするならば、二次大戦当時ヨーロッパ、ロシア及びアメリカを含めた10億の人の中に、ヒトラー的ラジカルなエレメントはほぼ五千万はいたと仮定することができると思います。〉

5パーセント論は、パリで知り合ったユダヤ人数学者ポウルの言葉として、第11章316頁にあります。

〈・・・彼等のすべてが冷酷非情だったとは思わない。だから、ホロコウストの二番目の犠牲者は、ドイツ人達だったと思うのですよ。
(略)
・・・42年にベルリンのバンゼー会議でユダヤ絶滅の具体案が、秘密裡に決められたわけですが、国際諜報機関の内偵によると、これに双手を挙げて賛成したのは、たったの5パーセントに過ぎませんでした。それに対して真向から反対したのが、やはり5パーセント、どうして良いか分からず去就に迷った人達が20パーセント、そして残りの70パーセントが何事にも無関心な人達だったと言われています・・・
(略)
・・・その5パーセントの過激派が、方向のない90パーセントを手段として引きずって、敵対する5パーセントを片付けてしまったのです。〉

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著者が〈あの戦争とあの殺戮の後で、ドイツ人達の心をなお支え得るものはいったい何であろう〉と疑問を抱いたのは、パリから仕事で出かけたドイツで60年ぶりの寒波に襲われ、閉じ込められたときのこと。

(1963年1月のヨーロッパ大寒波のことと思われます。日本では38豪雪の年)

冬物衣料を持たなかった著者は、下宿の女主人からコートを売りつけられます。裏返すと心臓部のあたりに血痕とおもわれる褐色の汚点が・・・

戦争時に亡き夫から送られてきたものだと女主人は言い、クリーニングに出せばきれいになると。〈絶滅キャンプ(K・Z)に関係したものだったのでは〉と問うと、〈そうだったかもね〉・・・

西ドイツでパリでベルリンで、著者は様々な人と出会い話を聞きます。

音楽家ワグナーが〈やがて20世紀にいたって青年ヒトラーの耳を奪い、魂を揺さぶり、ついにはユダヤ民族絶滅の野心をこの小男に植え付けてしまったわけで、今日、ヨーロッパ識者の間で「ヒトラーをパラノイアに育てた問題の芸術家」と言われて〉いること。

〈ドイツで公然と行われていたユダヤ迫害に対して、ヨーロッパは傍観し、沈黙し通した〉こと。

〈キリスト教教会でさえも、傍観かナチ協力かということに終始した〉こと。

ベルリンで知り合った女性アニタは、ユダヤ人の親友が開戦直前にナチの男達に虐殺されたことを語ります。そして

〈「ソニアを殺した者だけでなく、彼女をいじめた男の子達、それを止めさせようとしなかった教師達、ナチに協力した人達あるいは、傍観者たち、それらすべての者達を、許すことはできません。」〉

世界はどのようにユダヤ人を見捨てたのか。

●ドイツから24時間以内の立退き命令を受けたユダヤ系ポーランド人は、辿り着いたポーランドからも国籍を剥奪されたことを告げられる。

圧倒的多数のユダヤ人(330万人)が定住していたポーランドには古くから反ユダヤ主義が根付き、ドイツ占領下でナチとは別個の苛酷なユダヤ人狩と虐殺が行われた・・・

●スロヴァキアもチェコもユダヤ人を狩り出した。ハンガリーのそれはドイツより厳しい法規を作って行われた・・・

●ナチ占領下のフランス「ヴィシィ政府」の「ユダヤ人の財産没収」宣言。「ユダヤ人差別法規」の成立。フランス各地の「強制収容所」における虐待。3千人のナチに協力したフランス官憲の数およそ10万人。フランス在の30万人のユダヤ人の1/4がフランス人の手によって東欧に送られ・・・

●ルーマニア出身の女性は筆者に、使用人一家が突然兵隊達に引き立てられその後消息を絶ったという少女時代の記憶を語る。

●イギリスやアメリカ、ソ連その他の国も、問題の押し付け合いに終始するばかり・・・

●平和国家とみなされたスイスで何があったか。反ユダヤ傾向のもと、亡命者を国境線で突き飛ばしたり蹴りつけて追い返していた・・・

(スイスの状況は、福原直樹『黒いスイス』(2004年3月20日 新潮新書)に詳しい話があります。同書には、ヒトラー暗殺を企て祖国に見捨てられたスイス人青年や、スイス版「命のビザ」などの記述もあります。)

●アメリカは1939年6月のスミス法、1941年11月のラッセル法で事実上受け入れを大幅に制限した・・・

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そうした中での救いは、イタリア(!)、フィンランド、デンマーク、スウェーデンでした。

◆ドイツの同盟国イタリアでは、元々反ユダヤ感情が乏しく、ヴァチカンのお膝元でもあり、SSが「身代金」(正式のものでなく担当者が着服)に金50キロを要求したとき、ヴァチカンが不足分を出した・・・

ユダヤ人に対してより「マカロニ野郎」と差別・罵倒するドイツに対する反感の方が大きく、イタリア市民は積極的にユダヤ人援助に回ってしまった。

〈ムッソリーニは「イタリアは、ユダヤ迫害のナチ共犯者なんかには、なりたくない」と、1943年の初めに言い切り、人種理論の独伊調整は、ついに行われませんでした。そればかりか、(中略)あからさまに保護政策をとりました。〉

フランスのヴィシィ政府でもイタリア占領地区ではイタリア的になり、せいぜい2万人だったユダヤ人口が5万人ぐらいに殖えたという。

◆フィンランドは1941年6月ドイツと対ソ共同戦線をはるが、実質友邦ではなく、ユダヤ人引渡しの要求を断固拒む。

〈「フィンランド人は礼儀正しい国民である。
 我々は絶対に、ただの一人のユダヤ人といえどもナチには引き渡さない。そのような下品なことをするくらいなら、我々はユダヤ人と共に滅亡する方を選ぶであろう・・・」〉

◆デンマークは1940年4月9日にナチス・ドイツに侵略され、1943年8月には国王クリスチャン10世が捕われの身となりユダヤ人狩が行われようとしたとき、国王が警告を発し宣言する。

〈「デンマークのユダヤ人に対して、ダヴィデの黄色い星をつけるように命令されたならば、その時は真先に私と私の一族がそれを付けるであろう・・・・」〉

市民はユダヤ人を守ろうと、仕事を休み偽の診断書を作り服役中のユダヤ囚人を出獄させ、多くのユダヤ人を中立国スウェーデンに漁船で送った。警察も邪魔が入らないよう監視した。運悪く収容所に送られてしまったユダヤ人に対しては返還要求をした。

それ以前に、1938年の「クリスタルの夜」の後は、市民が見ず知らずのユダヤ人に「いつか必要になるから」と家の鍵を渡したのだと。

また、コペンハーゲンのドイツ大使館のドイツ人ドゥクヴィッツが、ユダヤ人迫害をドイツ民族の不名誉とし、ナチの意図を密かにデンマーク政府に知らせていたとの話も。

◆スウェーデンではナチのデンマーク占領3日後の1940年4月12日首相が声明を出す。

〈「スウェーデンは、ナチに追われた者達を一人残らず受け入れる用意がある・・・・」〉

ブダペストのスウェーデン大使館に勤務していたラウル・ワーレンバーグは数千人ものユダヤ人をスウェーデン国家の名に於いて救出した。

戦争末期にはベルナドッテ伯がヒムラーと交渉し、デンマークおよびノルウェーからの囚人をスウェーデン経由で釈放させる同意を取り付けた、とも。

名女優グレタ・ガルボは、デンマークからスウェーデンまでユダヤ人を運ぶ工作に関わっていた。

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この本に書かれている情報が濃厚すぎて、一度読んだだけで内容を正確に把握するのは困難です。

「もしローマ法王が何らかの発言をしていたなら、カトリック教徒が大半をしめるヨーロッパでこんな悲劇は起きなかったであろう」という主旨の文章が、この本のどこにあったのか(無かったのか)、ぱらぱらひっくり返しただけでは再発見できません。

この本について書かれたネット記事(ブログ等)を読んでみましたが、結構内容を取り違えているものが多いのに気づきます。

あまりに内容が濃いゆえの混乱でしょうが、それはまた「読み応えのある本」であることを意味します。

しかしまた、この本一冊を読んでよしとするほど、簡単な問題ではありません。

スウェーデンやフィンランドの「黒い」部分を取り上げた本もありますし、

ジェームズ・バクー『消えた百万人』(副題:ドイツ人捕虜収容所、死のキャンプへの道 1995年3月 光人社)では、敗戦後、捕虜となった軍人や国境線変更で移動を余儀なくされた民間人を合わせ、多くのドイツ人が、連合軍により苛酷な取り扱いを受けたことが書かれています。

(ただし、『消えた百万人』に関しては内容に間違いが多いことを指摘する人もいます。)

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2012年8月15日 (水)

コモノたちのお盆

お盆です。

今年のお盆は田舎へもいかず墓参りもせず・・・

罰当たりこの上ないのですが、なにしろ暑くてどうしようもありません。

田舎に向かう行程で熱中症になるのが目に見えていますので、お彼岸に行くことにしてパス。

若さの一つの目安に、直射日光に当たっても大丈夫、というのがあります。(今、定義しました。)

人生にいい加減くたびれてくると、直射日光が凶器になるのですよ。

田舎に行かなくても、我が家にはここで亡くなった諸々が還ってくることだし・・・

幽霊の話じゃありません。

昔飼ってた特大金魚とか、モルモット一家とか、野良猫の赤ちゃんとかです。そうそう、先日に生まれそこなった鳩の雛も。

コモノと一括りにしてよいのか知りませんが、コモノの枠を外して、ご先祖様の霊と一緒にしたら怒られそう・・・

迎え火は焚きませんけれど、お盆期間中は、それらの霊が室内に充満しているはず。(と思うことにしました。)

お線香はないので、アロマのお香を焚きましょう。

↓庭に今年から見慣れぬ花が咲いています。

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なんだろな、とひとしきり考えまして、そういえば数年前、花屋さんの売れ残りを貰ってきたな、と思い出しました。

ただの棒に見えたのですが、花の苗木だったのですね。

フサフジウツギ(房藤空木)らしいです。

そうですか、これが空木の花ですか。物語によく出てくる「空木」がどんなものか、これまで知りませんでした。

図鑑で調べればよかったでしょうが、実物で覚えないとすぐ忘れちゃうのですよ。

↓芙蓉も咲き始めました。

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夏だなあ・・・夏も終わりが近いなあ・・・それにしても暑いなあ・・・

今、戦没者追悼式をTVで中継しています。

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2012年8月14日 (火)

とまとカウント

7月14日まで累計33個でした。その続き。

暑さで弱ったのか、気温が下がったからか、面倒見が悪いからか、収穫に少々翳りがみえはじめました。

↓7月16日 8個。累計41個。

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↓7月17日 4個。累計45個。

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↓7月21日 来たー14個。累計59個。

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 来たー、というより4日分まとめて収穫したようなもの。少ないんでないかい?

↓7月23日 6個。累計65個。

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↓7月24日 8個。累計73個。(いつ計算間違えるかな・・・)

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↓7月30日 11個。累計84個。小粒・・・

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↓8月2日 15個。累計99個。

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間隔があいたので、熟しすぎて落下しているのがありました。

そろそろお終いかもしれません。

↓8月9日 5個。累計104個。

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↓8月14日 3個。累計107個。

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食べてはいけないような大きさ(小ささ)。

もう、ほんとにおしまい・・・

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2012年8月13日 (月)

Fashion - オリンピック閉会式

見ましたよぉロンドンオリンピック閉会式。

中継開始予定より遅い朝4時45分におきて「しまった」と思いましたが、始まったのは5時頃。

開会式ではいい加減な見方をして後悔しきりでしたので、今回は超早い朝ごはんを頂きながらじっくり鑑賞しました。

やっぱり新旧取り混ぜてブリティッシミュージックのオンパレード。

新しいのはさっぱりわかりませんが、フーだのフレディマーキュリーだのはただただ感激(というより感慨深い・・・いろいろな意味で)

ボウイ様は、出るぞ出るぞと待ち構えていましたら6時25分頃でましたよ。

堂々のイギリス美女ケイト・モスなどのファッションショー風の演出で「ファッション」

本人出演じゃなくて、映像の大写しでしたけれど、若い頃ってほんと人間ばなれした美貌でありましたな、と再確認。

とりあえず満足。

録画することなどすっかり忘れました。

David Bowie - Fashion

http://youtu.be/GA27aQZCQMk

若かりし頃の映像です。

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2012/8/16追記:

ニコニコ動画に高画質でアップされました。

多分BBC版。「アナウンサー黙れ!」の余計な喋りがありません。おススメ。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm18608096

ロンドン・オリンピック閉会式 6/13 五輪マンさん。

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2012年8月10日 (金)

防犯カメの受難

防犯カメラではありません。カメさん。亀ゴロー(勝手に命名)の受難。

御近所のマンションの入口に防犯カメさんがいまして、怪しい人を監視しておりました。

物見高いワタクシが近寄ってしげしげ眺めると、「きゃあ、とって食われる」とばかりにじたばたする、気の弱そうなカメさんでした。
http://maimaituburi.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-9525.html

先月(7月)、久し振りに通りかかると、水槽が空でした。

気になって後日また通りかかると

WANTED

の貼紙がありました。

いなくなっちゃったから「WANTED」なのでしょうけど、それは「お尋ねカメ」とか「手配カメ」の意味ではございませんか。カメを返してくださいなら「missinng(尋ねカメ)」でなくちゃ・・・

お尋ね者と尋ね人、「お」が入ると入らないで大違い。

なんて小姑根性を発揮している場合じゃありませんです。

それからは通りかかるたび、カメさんやーい、とその辺をうろうろしました。

そしてある日。

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わーい、良かった戻ってた・・・と喜ぶのは早計。

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上の写真の全体図がこれ。

小さくなっちゃいました。すなわち2代目。

チビなだけに警戒心希薄。カメラを向けると寄ってきます。

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かっわええ~ (亀ジローと勝手に命名)

お世話していた人に聞きましたら、先代は「盗まれてしまった」ようです。

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安全のためカメさんの勤務時間が設定されました。

09:00~17:00です。

それまでのカメさんは24時間勤務でした。

監視カメさんを拉致するなんて、世知辛い世の中です。

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多分ミドリガメ・・・

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2012年8月 9日 (木)

ちまちま日傘

先日、晴雨兼用折りたたみ日傘を広げると、あれえ~破れておりました。あれえ~あれえ~お助け・・・じゃなくてどうしましょ。

愛用どころではない、1年365日×20年近く持ち歩いている常用の日傘です。特に気に入って買った品ではありませんが、20年も付き合っていただいておりますと、ほとんど家族・・・じゃなくて、身体の一部みたいなものです。

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この写真では破れ目がわかりませんが、もう寿命です。この際新調しましょ。

と、近所のスーパーへ行きました。スーパーで買うのは気が進みませんが、炎天下吉祥寺まで出かけていくのは辛い。おばちゃん向けに適当なものがあるでしょ・・・

ありましたよ。お値段各種、品質各種。贅沢いってる場合じゃないけれど、じぇんじぇん趣味があわないにも程があります。ひらひらの化繊レースなんぞついてなくっていいです。

実用一点張りでいいですから、もっとこうシンプルなのを・・・

で、一回戦負け。すごすごと撤退。

次の日曜に吉祥寺まで行くしかありません。それまでどうしましょ。

こうしましょ。たしか家のどこかに同居人がくれた「可愛い日傘」があったはず。余りに「可愛いい」ので使えなくてしまいこんでいたはず。

それをば・・・

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げっ・・・

誰もおばちゃんの傘のガラなんか気にしてないわさ、と使いましたよ。使ってるうちに気にならなくなりましたよ。これでもいいか・・・

と思いかけたのに、湯船がひっくり返ったような土砂降りに遭遇いたしまして、純粋日傘なもので、傘内雨漏り発生。

後で防水スプレーをかけとこ・・・

20年愛用の傘は優秀だったな。雨漏りなんかしなかったもんな。

で、ひらめき。破れたのは1箇所だけです。折りたたんだ時にまとめる紐の付け根のところ。共布を貼り合わせればよいのではありませぬか。

折りたたみ傘にはカバーというものがあります。あれをワタクシは使ったことがございませぬ。ならあのカバー(袋)を切り開いて・・・

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↑切られ与三の刀傷、じゃなくて傘の切れ目(内側から)。

↓こうなります(外側)。

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色がじぇんじぇん違います。20年かけてくすんだのですね。

色違いながら柄合わせ、なんぞと器用な真似ができるほど生地がありませぬ。

とりあえずこれを使います。「とりあえず」が10年に達しないよう心しなくては。

それにしても、やることがちまちましすぎ。

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2012年8月 8日 (水)

かぼちゃの収穫

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直径約12センチ。叩くとコンコンといい音がします。

収穫の秋には早すぎますが、つるが枯れてしまいました。

1本のつるに実がなると、かぼちゃ自身がそれで満足してしまうのか、その後はなかなか花が咲かず、雌花の花芽も成長しないまましぼんでしましました。

おなじ鉢から小さなかぼちゃ株が多数出てきているのですが、このかぼちゃが栄養を使い切ってしまったのか、勢いがありません。雄花ばかりが咲いてます。

これ1個で満足しなさい、という思し召しのようです。

さあて、ハロウィンまで持つかな・・・

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2012年8月 6日 (月)

厚紙ランドセル

いきなり遠い昔のことを思い出すことがあります。

きっかけはいろいろですが、今回は平凡パンチの表紙絵でおなじみの大橋歩さんの「早くお家に帰りたい」(2010年6月15日 アルネBooks)を読んでいて。

136頁「わたしのランドセル」に、戦後間もない物のない時代、小学校入学祝に国防色のキャンバスのランドセルを貰ったことが書かれています。

〈女の子の色でなく、当時どんなにがっかりしたことか、どんなに哀しかったことか、どんなにつらかったことか、でもだれにもわかってもらえませんでした。〉

の文章の直前には

〈なんと厚紙製のも売られていたと聞いています。〉

ワタクシのランドセルがその「厚紙製」でした。祖父が買ってくれたものです。一見ランドセルですが、所詮紙。雨に濡れればあっけなく反り返り端がぼろぼろになり・・・

結局小学校高学年まで持ちませんでした。

思い出すと哀しくなります。

戦後10年以上経ってもまだそんなものが出回っていた時代でした・・・という哀しさではなく、兄も弟もちゃんとしたランドセルを買って貰ったのに・・・という哀しさ。

中途半端な田舎都市には男尊女卑が根強く残っていて、紙のランドセルと一緒にそれらをまとめて思い出すからです。

たかだか半世紀ほど前の日本の地方都市のそんな家庭で女に生まれることは「貧乏くじ」を引くのと同じでした。今となっては、女でよかったとつくづく思うのですが。

ネットにこんなものがありました。

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maruse web shop
http://maruse.ocnk.net/product/175
とても古い紙製のランドセル[ant-ran01]
販売価格: 6,825円 (税込)

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物資が乏しかった戦争中から戦後間もない頃(昭和20年代)に使われていたと思われる紙製の小さなランドセル。厚紙に鉄鋲を打って作られています。肩にかける部分は布、ベルトは革が使われています。
230X270X100mm(目安)

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ワタクシのはこんなに立派じゃありませんでした。鉄鋲なんか打ってありませんでしたし、ベルトの部分も厚紙製だったと思います。

ランドセルの反り返った覆いの部分が脳内に現れると、あれもこれもそれも一遍に思い出し、恨み辛みも新鮮に蘇るので、封印しといたはずなんですけどね・・・

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2012.8.7追記:こんなブログがありました。

コープさっぽろ
小樽みどり店とさかい家

http://blog.todock.com/tasukeiland/2010/12/post-651.html

〈元々は、損害保険会社の建物だったようで、何とも大きなキャスター付きの金庫がありました。その他には、ランドセルが壁に掛かっているのが目に留まりました。昭和25年~30年くらいのものだそうです。〉

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写真もお借りしました。

右から2番目の覆いが反り返ってますけれど、ワタクシのはもっと凄かった・・・

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2012年8月 3日 (金)

「ドイツ婦人の家庭学」

数年前に見つけた本です。

「ドイツ婦人の家庭学」 八木あき子 新潮社 

昭和58年(1983年)4月10日

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この本がどうかしましたか? そんな古い本を持ち出さなくても、「生活の知恵」本はたくさんあるのに・・・

いえいえ、この本が気になるのはですね、単に生活の知恵を集めただけでなく、著者の基本姿勢が興味深いからです。

「序にかえて」から少々長めの引用をさせて戴きます。

〈(略)
 人類はじまって以来、男と女はいろいろな意味で対立するものでした。恐らくこれからも、永遠にそうであるに違いありません。

 が、両者の生物学的な違いは、社会生活の中でおのおのの役割を決めて来ましたし、大雑把に言って女性がもっぱら家庭を守るのに対して、男性は外に向かって仕事をしてきました。そして、このそれぞれの役割の多くは、比較の上に立って優劣を論じられるものではありませんのに、得てして殿方たちは自分たちの方が女性よりも社会的に優れているとされ、そういった錯誤を双方が抱くにいたって、それはそのままその時々の時代と社会に反映して来たようです。

 歴史的に見ましても、男性優位に不満を抱く女性たちが殆ど周期的に男性に対するレジスタンスを試みて来たことが窺えます。でも、そういう角度から見た歴史は一般にあまり伝えられておりません。そして、ウーマン・リブといった動きは、二十世紀の一時期、二度の大戦を挟んで中断されたかに思われましたが、今日また活発になったというわけです。
(略)
 実は、人類史の中で、女性優位の社会は幾度もあったのです。たとえば最近、と言っても十八世紀のことですが、
(略)
 そのように女性が権力を揮っていた時代でも、大多数の女たちは家庭を自分の城として采配し、自分たちのその場所を守り続けていたのでしょう。
(略)
わたくしたち女性が愛想をつかそうとつかすまいと、どうやら女たちだけで理想社会を創るわけにはいかないようです。 
(略) 
女が天下を采配すれば戦争の無い平和な世の中になるとの考えが、甘い夢に過ぎないということが分かる筈です。
(略)〉

ならば自分たちの“城”を自分の手で心地良くかつ合理的に切り盛りすることからはじめましょう。男性の造った世界を内側から征服していきましょう。それが外部(社会)をも女性たちのセンスで充実させていくことに繋がる・・・と。

本文中の「生活の知恵」を紹介する言葉の端々にも著者の意気込みがにじみ出て、実に元気な文章になっています。

知恵そのものは現在の日本では通用しない部分もありますが、著者の独特の言葉使いのおかげで面白い読み物になっています。

著者はどんな人?

新潮社のサイトによりますと
http://202.218.112.138/writer/3061/

〈1927年宮城県生まれ。多摩美専に学び画家を志すが、のちにNHK脚本研究会会員となり、放送作家として多くの作品を発表する。1960年に日本を離れ、ヨーロッパの放送・マスコミ界で活躍する一方、日本の新聞・雑誌に寄稿。著書に『ドイツ婦人の家庭学』『二十世紀の迷信 理想国家スイス』『五千万人のヒトラーがいた!』など。1991年没。〉

会ってお話ができたら、どんなに楽しい人だったでしょうか。

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で、「言わずもがな」をひとつ。

この本は、あるベストセラーのタネ本ではないかと言われています。

今年2012年オウム真理教の逃亡犯が逮捕されました。その一人の菊地直子容疑者に間違えられて2005年誤認逮捕され、人生が狂っちゃったのは元祖カリスマ主婦の山崎えり子さん。

元夫の暴力から逃れるため偽名を使っていたら書いた本が売れちゃって、税金どうしよう・・・で、他人名義で云々・・・(詳しいことは知りません。知りたい方には解説サイトが色々あります。)

誤認逮捕であることが判明したものの、副産物で山崎えり子さんの経歴が嘘であることも判明しちゃいまして、一気に「山崎えり子」大暴落。

山崎えり子さんの「節約生活のススメ」(1998年)には「ドイツ婦人の家庭学」に書かれていることが細切れで出てきます。

汚れたガラスは玉葱を半分に切りその切り口でこすり取るとか、赤ワインのしみは白ワインで揉み洗いするとか・・・

評判になった割には印象の薄い本でしたが、ドイツに行ったことがないのに「ドイツ生活で覚えた知恵」を書いたからでしょうね。

ごまかしは細部で透けて見えてしまいます。

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2012年8月 2日 (木)

嘴うち卵

はしうち卵と読みます。嘴で穴を開けた孵化寸前(で死んでしまう)の卵です。この段階で死ぬことも多いようです。

●7月31日暑い朝。母さん鳩が卵を抱いていました。

 早朝に来たことのない父さん鳥が来ました。

 しばらくぽぽっぽ~と鳴き交わしたあと、連れ立って飛んでいき、それきり戻ってきませんでした。

 残念ながら巣の放棄です。

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昨日のうちに一つ巣の外に押し出され、残った卵も生きてはいないようです。

(7月29日に嘴が出ているのを発見してから3日目です。)

卵が途中で死んでしまっても、親鳥は代わりの卵を産むのですが、環境の苛酷なここでは子育ては無理、と判断したのでしょう。

連日の雨降りでびしょびしょになり、梅雨明けした途端、関東で39.2度の猛暑。直射日光にさらされてどこまで気温が上昇したことか。と思えば一気に20度台の低気温。

小さな卵は命を繋いでいけなかったのでしょうね。

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「ぽっぽちゃんねる」 から引用させて戴きました。
http://www4.kiwi-us.com/~chabato/poppo/shikumi/06b.html

〈検卵して受精卵と確認できても、それ以降発生が止まってしまったり(中止卵、死籠り)、孵化寸前で死んでしまう卵(嘴うち卵)もあります。

途中で死んでしまう原因には、病気や栄養不足のほか、近親交配、胚の位置の異常、また乾燥や不安定な環境(極度の高・低温、振動や卵の配置の移動)といった理由もあげられます。〉

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「鳩の子育て」シリーズをしみじみと終わらせるつもりでしたが、その夜、なんと母さん鳩が巣で寝ていました。

なにしとんのじゃ、お前は。もう卵がダメだって気がついてるだろ。さっさと新しい卵を産みなさいよっ。

と、翌8月1日の朝、怒り八つ当たりのオーラを発しているのが伝わったのか、今度こそ出奔しました。

卵は中身を食べられてしまっています。蟻とか団子虫とかいろいろいますもので・・・

8月1日の夜、シャコバサボテンの鉢に埋めました。綺麗な花になれよ、と願いを込めて。

●8月2日朝、鉢の土がほじくり返されて・・・おのれネズミめ。みんなおまいらのせいだっ。

 空巣↓。さっさと片付けなきゃ、と思っても手がでません。

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あれほど「迷惑」と感じていたのに、「もう一度卵産みにやっておいで」という気分も。

来ないでしょうね。

ヒナ、見たかったな・・・8年前の孵化の際はデジカメもってなかったもんな・・・

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2012年8月 1日 (水)

ニコ動「オリンピック開会式エキサイティング」Starman

ロンドンオリンピックの開会式をちゃんと見なかったワタクシはたわけ者よ、と後から後悔しても遅い。

コメント下さった方から、Bowie様の「地球に落ちてきた男」Starman もあったことを知り、うううう、悔しい。

で、仕事も中途半端に(お陰で久々入力ミスのチョンボをしました)、YouTubeを見まくり、しかしはずればっかりで落胆し・・・そうだニコニコ動画があると思い出しました。

登録していますので、どれログインを・・・ID忘れてもうた・・・

ファイルをひっくり返してIDを探し出しました。

やったぁ、ニコニコ動画は粒ぞろい。高解像度ぞろい。

まずオーソドックスに開会式を見て・・・ん? どこにスターマンがあるんでしょ、どこに宇宙飛行士打ち上げの場面があるんでしょ、で発見できず。

でも、導入部そのものが「地球に落ちてきた男」地球突入シーンを思わせる作りになっていることを知って、ニヤリ。ダニー・ボイル、やりますねえ、さすが「トレイン・スポッティング」監督。

で、昨日もまた各種義務を放り出してニコニコ動画へお出かけ。

みつけましたよん。

ニコニコ動画 「ヒロタ」さんの

「ロンドン・オリンピック開会式エキサイティング」

http://www.nicovideo.jp/watch/sm18472037

Smile

わあ楽しい~我が青春の思い出がどっさり。

ボウイ様は7分過ぎあたりに「地球に落ちてきた男」のワンシーンとStarmanの歌声。

イギリスってやっぱり面白い。

閉会式は絶対録画するぞ~

(さあ、仕事するぞ~)

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2012.8.2追記:adobe flash playerの不具合で動画が見られない場合のお助けサイト

●ぼくんちのTV 別館
YouTubeが見れない・Flashが再生できない・重い・おかしい時の対処法

http://freesoft.tvbok.com/freesoft/youtube/youtube_flash.html#youtube05

●Flash ムービーや動画サイトを見れない : Internet Explorer
http://kb2.adobe.com/jp/cps/235/235962.html

IE以外のブラウザの場合のadobeサイトは
「Flash ムービーや動画サイトを見れない adobe」で検索すると該当ページが出ます。

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