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2011年11月28日 (月)

6年おくれの「街場のアメリカ論」

趣味が「読書」と言いながら、実は巷で話題の本はほとんど読みません。

なぜって、人間の出来がそこらの俗人とは違うから一般大衆が先を争って読む本なんぞ、見とうもない・・・

からではなく、

「ベストセラーは図書館で借りるのに長い間待たなくちゃならない」

からです。

運よく出始めにリクエストすれば2、3人待ちで済みますが、テレビや新聞などで話題になってしまった日には・・・・3、4ヶ月かかることも。

(因みに、今話題の「人生がときめく片づけの魔法」は、地元図書館で約390人待ち、予約数トップの「謎解きはディナーのあとで」は約530人待ち) 

そんなん待ってられません。リクエストできる数は限られているのに、そんな長い間、他の本をリクエストする機会を奪われるなんて・・・

自分で買って読めばいいんでしょうけどね、読んだ後も持っていたいと思う本はあんまりないのですよ。

(逆に図書館で借りて読んで、それからどうしても欲しくなり買うことはありますよ。ただのケチではありませぬぞ・・・と言い訳)

ブームが去ってごらんなさいまし。あれもこれも借り放題ですぞ。

(というか、ブームが去ったら、一緒に読む気も失せる本も多いんですけどね。チーズがどうとかこうとか・・・今更読んだって・・・)

さて、「街場のアメリカ論」 内田 樹 著 NTT出版(2005/10/13)を読みました。

念のために申し上げておきますと、「ブームだったから読まなかった」じゃなくて、「俗世間の悩みに振り回されていたので本を読むどころでなかった」時期に話題になっていたらしい本だからです。

それを先日、何気なく図書館の棚にあるのを借りてきましたら、いやあ、面白い。

いかに自分がうっかりぼんやりモノゴトを見ているか、存分に思い知らされました。

まえがきにこう書かれています。

〈・・・さいわい、私は歴史家でも、国際関係論の専門家でもない。だから、歴史学者の詰問にただちに「はかばかしいお答え」ができなくても、べつに今日明日の米櫃(こめびつ)にただちに影響が出るということがない。「まったく素人さんは気楽なことを言ってくれるね」と笑われるだけである。

 私はそこでぽんと膝を打った。

 何を言っても、とりあえず致命的なペナルティを課せられることがないというのは、かなり「特権的ポジション」と申し上げてもよいのではないか。この立場を利用しない手はない。・・・〉

この本についての書評はネットに山ほど溢れておりますので、今更わたくしがどうのこうのいうことはありません。

へええ、と思った部分のみちょこっと紹介。

第1章歴史学と系譜学「幻の日仏同盟」では、フランスが第二次世界大戦における実質的「敗戦国」だったと書いています。すなわち、日独伊とおんなじ・・・ドゴールがロンドンにほとんど実体のない亡命政権を打ち立てたから滑り込みセーフみたいに戦勝国側になった。対独協力のヴィシー政権の歴史学的研究はほとんどない・・・

〈私たちが日本のインドシナ支配についてあまり知らない理由のひとつは、「共同統治」のパートナーであったフランスがそのことを忘れたがっているせいもあるのです。〉

そっかあ・・・

第2章ジャンクフードでなにか問題でも?「ファシズムの発祥地」では、スローフード運動がイタリアのピエモンテという「ちょっとやばいかも」の地に発祥したことが気になると。

同じ頃にピエモンテでは北部同盟の「北イタリア独立運動」が起きていると。

〈北部同盟の基本的な思想は、ひとことでいえば「地域主義」です。

 閉じられたあるエリアにおける均質的な地縁血縁的結合を優先し、「コモンウェルス」の中に、自分たちとは異質の文化や地域性を含む「弱い敵」たちを抱え込むことは「いやだ」と言う考え方です。〉

〈これは使い方次第ではかなり危険な思想だと私は思います。〉

第6章子供嫌いの文化「かわいくない子供たち」では日本でもヒットした「ホーム・アローン」や「チャーリーとチョコレート工場」などの映画が取り上げられています。

〈アメリカの物語で描かれている子供は、みんな生意気で、どちらかというと邪悪なのです。〉

「ホーム・アローン」は〈・・・きわめて暴力的です。やることがあくどすぎます。子供であることを最大限利用して大人を翻弄し、制度を悪用し、秩序を乱し、破壊をもたらす。〉

「宇宙戦争」「チャーリーとチョコレート工場」は〈どちらも「子供が嫌い」という強烈なメッセージのおいては共通するものがあります。〉

そうか、そうだったのよね。「ホーム・アローン」も「チャーリーとチョコレート工場」も見た後に不快感が残る気がしていたのは、それだからだったのよね。

〈・・・この手の映画をハリウッドが文字通り「量産」しているという事実は「子供は邪悪だ」という信憑がアメリカ文化に伏流していることをあらわに語っているのではないかと私は思うのであります。〉

この他にも第9章福音の呪い「〈ペール・ライダー〉たち」では、村の人々に無理難題をふっかけるボスの一家を皆殺しにして去っていく牧師(クリント・イーストウッドの映画)を取り上げ、「神に仕える身でありながら、そのように気楽に殺人を犯してよろしいのか・・・」と言いつつ、この設定には開拓時代、実は何の不思議もなかった、とか・・・

「ラスト・サムライ」の士官はフランス人でないと歴史的につじつまが合わない(第1章)、とか・・・

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追記:つい最近、「チャーリーとチョコレート工場」について、「家族全員で安心してみられる心暖まる映画」「子育ての参考になります」と書かれた文章をどこかで見ました。普段その手の評は読み飛ばしているので、出典を思い出せませんが、

真っ黒けのユーモアをこってり練りこんだ一種ホラー

を見ての感想がそれだとは、人間の感性はつくづく様々・・・ 

免疫のないお子様が見たら怖くてトラウマになるんではないか、とわたくしなんぞは思ってしまうんですけど。

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