« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

2011年4月

2011年4月30日 (土)

「天一坊」とはなんぞや 3

4月26日の「「天一坊」とはなんぞや」、のその3。

●『天一坊事件』 菊池寛 
 菊池寛全集 第三巻  
 文芸春秋 平成6年1月15日発行
 (初出「日の出」昭和8年1月号)

浜尾四郎(昭和4年)、直木三十五(昭和9年以前)の天一坊と発表時期に大きな隔たりはありませんが、「天一坊の真偽より幕府の利益優先」の前2作とは違い、一言でいうなら「純愛小説」の趣きあり。

天下の名君吉宗公は不遇の若き日、忠誠と愛慕に溢れた少女「沢の井」と結ばれ、沢の井は懐妊する。その頃吉宗の周囲が動き始めており、沢の井は涙ながらに身を引く。将軍職についたあとも吉宗公は沢の井を忘れたことはなかった。

そこへ出現した「天一坊」。できるだけのことはしてやろう・・・

確かに証拠の品は持っていたが、不審がある、と大岡越前守が部下を遣わして調べると、沢の井とその子は出産と同時に死んでおり、天一坊は、沢の井の母からお墨附と短刀を奪っていたことが判明。一味は捕縛された。

しかし吉宗の心は晴れない。

「心の虹が、めちゃめちゃに塗りつぶされたことが、限りなく悲しかった」

と菊池寛は書いています。

***********

以上とりあえず短編の「天一坊」数点。

まだ柴田錬三郎『徳川太平記』が残っていますが、590ページの長編です。気力を蓄えてから読まないと挫折しそう・・・

早乙女太一主演「新説・天一坊騒動」観劇から始まった「天一坊」めぐりですが、さて何が新説であったか。

『芝居の裏おもて』三田村鳶魚
『殺された天一坊』浜尾四郎
『大岡越前の独立 大岡忠相・天一坊』 直木三十五
『天一坊』下母澤寛
『天一坊事件』 菊池寛

になくて「新説・天一坊騒動」にあるもの。それは、

母が死んだのではなくて女郎屋に自ら身売りし、なおかつそこで天一坊の妹を生んでいること。

天一坊と吉宗公が対面していること。

この2点が、どの資料から出てきたのか気になります。脚本家のイマジネーションのなせる描写でしょうか。

三田村鳶魚を除く上記4点いずれも見てきたような話に仕上げておりますし、要するに、より感動させた方が勝ち、の表現者の世界ですから、観る方もつべこべ言わずに楽しむべし・・・

**********

なお、三田村鳶魚『芝居の裏おもて』で俗説とされている『天一坊実記』は

国会図書館「近代デジタルライブラリー」
http://kindai.ndl.go.jp/

で公開されています。

「天一坊実記」
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/881661/1

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年4月28日 (木)

「天一坊」とはなんぞや 2

4月26日の「「天一坊」とはなんぞや」、の続きです。

●『大岡越前の独立 大岡忠相・天一坊』 直木三十五 
 時代小説大全集4 人物日本史 江戸 
 新潮社版 新潮文庫 平成2年9月25日発行
 (初出不明、1934年(昭和9年)4月から刊行された直木三十五全集(改造社)全21巻中の20巻に収録されている)

本編に入る前の編集部の文章でいきなり

「天一坊事件として知られる将軍後落胤事件も、実際には、吉宗の御落胤と名乗って金品をだまし取った山伏が処刑されたという事実があったにすぎない。」

と断定的に書かれています。さらにその文章の前で

「現在もテレビで親しまれている名奉行大岡越前の物語、いわゆる“大岡政談”は、そのほとんどが、中国の裁判小説「棠陰比事(とういんひじ)」や「イソップ物語」からの翻案、もしくは換骨奪胎であるとされている。」

と、ばらしてしまっています。

「大岡越前守の業績としては、まず評価しなければならないのは、物価安定のための流通組織の確立や、街火消、或いは小石川養生所の設置といった政治的手腕なのである。」

この作品のテーマは「いつの世でも変わることのない為政者と庶民」と書かれています。

この作品が発表された昭和5年の時代背景は浜尾四郎『殺された天一坊』昭和4年とほぼ同じかと思われます。

さて、作品中では、松平伊豆守信祝(まつだいらいずのかみのぶとき)が阪井右京を遣わして調べたところ、天一坊は御落胤間違いなしとの報告。

一方の天一坊本人は、取り巻きがそういうのでそういう気にもなったが、越前守に激しい言葉で問われると自分の素性に自信なし、自分で落胤だと信じていい何の証拠も無い、と弱気。

信祝は越前守を呼びつけて申し渡します。

「偽物と明かになれば、申し分はない。万一御落胤ときまった折には― 
(中略) 
徳川家のために、仮令(たとい)、本物であろうとも、贋物として処置しなければならぬ」

その理由として、「氏より育ち、二十を越すまで、素性卑しく育った者を、この城中へ入れることは、いろいろと弊がある。」「周囲には、浪人者の不逞な徒輩がいるらしい。(中略)患いの種を蒔くことになる。御当家万代のためには・・・」

つまり、はじめに結論ありき。天一坊が本物の御落胤を殺して御墨附と短刀を奪った、という証拠をでっち上げて処刑してしまう。

小説の中とはいえ、次のような恐ろしいセリフが出てきます。

「その時代の人心に、司政者に利のある時には、法を枉(ま)げてもよい、と」

●『天一坊』下母澤寛 
 時代小説の楽しみ六 大江戸指名手配 
 新潮社 1990年8月1日
 (底本は『飛ぶ野火』大道書房 1941年)

こちらは、一儲けを狙う詐欺師常楽院に丸め込まれた小悪党の天一坊がお白洲へ引っ張りだされるまでを書いていますが、実に品性に欠ける天一坊に仕上げています。

結局は、詐欺の片棒を担いでいた武士本多源左衛門が、集まった金をそっくり盗み出して品川の沖へ沈め、自分に有利にと案を練りに練って、関東郡代伊奈半左衛門江戸の役宅へ駆け込み訴えをした、という話。

なお、三田村鳶魚の『天一坊』では、本多源左衛門が訴えをした件をこう書いています。

「橘町小兵衛店十次郎方牢人、本多儀左衛門というものが、伊奈半左衛門忠達の用人遠山軍太夫へ、この頃南品川常楽院におらるる天一坊殿は、当将軍家御筋目のよしで、お目見えを願う者も多い、自分もお目見えを願うについて、一応お伺いいたしおきたい、と申し出たのは、享保十三年の夏の頃であったという。」

本多左衛門がここでは本多左衛門となっていますが、後半では本多源左衛門となっています。三田村鳶魚の書き違いなのか別人物かは不明ですが、話の筋からは同一人物と思われます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月27日 (水)

ご近所のふるびもの

ふるびもの、とは古びた物の意味です。

先日の散歩中に出くわしました。

↓住宅街の洒落たマンションの手前。
 この雰囲気、遥かな昔の記憶が刺激されて堪りませぬ。

110424koya1

DNAに染み付いた記憶のような懐かしさ。
秩序も整頓もありゃしません、じゃなくて、独特の秩序と整頓があります。

110424koya2

↓大きな通り沿いになんともよろしい雰囲気の建物。

110424furuya3

写真が小さくてよく見えませんが、自動車整備工場らしいです。

110424furuya2

落書きとそこに重ねた貼紙がたいへんよろしいかと。

110424furuya5

子供の頃の田舎のバス会社の窓口みたいな・・・

110424furuya4

すぐ近くにもこんな雰囲気の建物が。

110424furuya1

↓これは道路工事中の標識。

110424kouji1

たいしたことじゃないんですけど。
「3千6百万円」は「3600万円」でいいんじゃないかと。
「3十万円」は「30万円」でいいんじゃないかと。
(3足す万円かと思いました。)

↓ぜんぜん関係ありませんが、4月2日の夜の道路工事風景です。

110407yoru1

地震の後のまだ不安だらけの頃だったので、非常事態に出くわしたような気がして、かなりどきりとしました。

110407yoru2

追記:写真のなんとも魅力的な車輌は、ドイツのVogeleのアスファルトフィニッシャー(ペーバー)というらしいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月26日 (火)

「天一坊」とはなんぞや 1

過日友人にお招き頂いて「新説・天一坊騒動」を観に行ってまいりました。評判の女形の早乙女太一さんの実物みたさでありまして演目は何でも良かったのですが、観終わって「天一坊とはなんぞや」といたく興味をそそられました。

「将軍吉宗公の落胤を騙り世を騒がした事件」とは知っておりますし、「昭和の天一坊」なる詐欺事件も耳にはしておりますが、実際どういう事件であったのか。

ネットで調べたら、なんともはっきりしない話ばかりでして、どうも公式文書さえきちんと残っていない事件だったようです。だからこそ、後世好き勝手に脚色可能なようで、いろいろな方がいろいろなことを書いています。その幾つかを読んでみました。

最初に読んだのが三田村鳶魚の「天一坊」でした。おかげで諸説の迷宮に入り込む前に心の準備が出来た気がします。

●『芝居の裏おもて』三田村鳶魚 鳶魚江戸文庫19 朝倉治彦編 中公文庫 1998年3月18日発行
(単行本は大正9年3月、玄文社より刊行。「天一坊」は「日本及日本人」大正4年7月1日号掲載)
(文庫本157頁に収録の)『天一坊』より引用

「 天一坊事件に関する、当時の文書も記録も伝わっていない。瀬名貞雄のような幕事に委しい人でさえ、かの申渡書のほかには、知らなかった。従って、臆説や脚色が極めて自由である。そうしたことになるのも、名君吉宗の素行を発端とする次第だから、他の犯罪のごとく、申渡書にさえ、科条を明記しなかった。誰も忌憚して、事件の顛末をいわないようにする。幕府では、名君の盛徳のために、本件を隠滅させるのにつとめたに相違ない。(以下引用略)」

 三田村鳶魚は、『夕日物語』(名古屋藩士高力種昌(こうりきたねまさ)の随筆)、『天一坊実記』(俗説)、『瀬田問答(らいでんもんどう)』、『古木集(こぼくしゅう)』、『醇堂漫抄(じゅんどうまんしょう)』、『楓林腐草(ふうりんふそう)』、『白竜子筆記(はくりゅうしひつき)』、『翁草』、『享保通鑑』、『耳嚢(みみぶくろ)』等を傍証に、天一坊事件はお粗末な姦計と結論づけている。

以下、三田村鳶魚『天一坊』説をお借りしてまとめたもの。

享保13年(1728年)夏に発覚し、翌14年(1729年)4月に関係者処刑で幕を閉じたこの事件、吉宗公が「覚えがある」と言ったために、もしやとの騒ぎになった背景には、「覿面な前例」が「徳川の宗家・分家に甚だ多い」からであった。「尾張の義直」などは本人が「一向覚えがない」と言っているのに近習が証人に立って庶子認知をさせてしまっている。

となれば、頭から天一坊を疑うわけにもいかず、伊奈半左衛門忠達(たださと)が慎重に取り調べを進めることになる。

処刑された享保14年、天一坊31歳。すると出生は元禄12年、当時吉宗公は鯖江の領主で16歳。天一坊の出生地とされる紀州で吉宗公が過したのは12歳まで。この段階で紀州落胤説が成り立たない。生母およしが江戸に出て来たときの落胤だとすると・・・

そこで紀州を詮索すると、およしもその子(落胤)も死亡しているのが知れた。およしの一家が死に絶えた後、証拠品の御短刀を手に入れた山伏が御落胤になりすまし・・・

三田村鳶魚はこうも書いている。

「さんざん騒がせて、財嚢の重さ次第で消える計画」であったのが「消え損じた幽霊だ」。「田舎芝居ならば、天下様の御落胤も、消えるのに便利が多い。天一坊が江戸近い品川で興行したから、引っ込み損じたのである。」

「お短刀一本で、藪から棒に御落胤が物になるわけはない。」「非公式にもせよ、幕閣の確認を求めてない以上は(中略)、世に出すことは思いも寄らぬ。庶子は実物でも、容易に確認されない。こうした運びを知らないのは百姓・町人で、大名の家でも、重役ならばきっと心得ている。それだから天一坊も幕府へ届け出て、自己の運命を決しようとはせずに、御目見金の方をしきりに稼いでいた。」

また諸説が天一坊に大岡越前守を組合わせていることについても「不出来な幽霊の処分」の項に、

「この不出来な幽霊は、南品川へ現れたのである。江戸の町奉行、裁判権は高輪限りとあれば、大岡越前守が出る場ではない。一件の申し渡しは、大目付鈴木飛騨守・御勘定奉行稲生下野守とによって済まされた。幕府では、大事件には五手掛りといって、寺社奉行・町奉行・勘定奉行・大目付・目付列席で裁判をする。天一坊事件は、尋常な法廷で宣告され、別に高等法院を開くこともなかった。畢竟、将軍の落胤だと触れ込んだのみで、更に見るべき規模もなく、関係も軽微なものであった証拠は、すなわち、五手掛りでなかったので知れる。天一坊事件の山は、将軍が覚えがあるといった、その当座にある。その後は、引っ込みの付かない幽霊、ざまは見られたものではないが、ただお覚えがあるというので、この不出来な幽霊事件を忌憚するの必要を生じ、事件全体を湮滅させようとしたから、多少深奥な意味もあるらしく、後世までも猜してやまぬのである。」

この『芝居の裏おもて』(三田村鳶魚)には「四谷怪談の虚実」だとか、面白い話がいっぱい載っています。

さて、各種「天一坊」です。

●『殺された天一坊』浜尾四郎 「昭和のエンタテインメント50篇上」文芸春秋編 文春文庫1989年6月10日
(追記:昭和4年改造10月号)

主人公は大岡越前守です。自分の裁きに自信を持つ名奉行のはずが、続けて誤審をして暗く沈みこみます。その一つは「子供を争って二人の母が手を引っ張りあい、泣き声に思わず手を離した方が本当の母親である。」というよく知られた話。

負けた女が後日身を投げます。懐の遺書には慄然とさせる文言がありました。「『私は騙りではない、真実の母だ。騙りと云われたのは奉行様なのだ。』と申しておきたいのでございます。」

奉行は『首尾よく勝った者に其の子を渡す』と言い、その言葉を信じた母親が痛みに耐えかねてなく子を、手を離せば未来永劫失われると必死に引っ張った。なのに奉行は自分で命じた言葉が一人の母親にどれだけの決心をさせたかご承知がない・・・と。

が、陰気に沈み込んでいた奉行が急に再び明るく輝きだす。その理由とは。奉行は「力」というものを知ったからだと。罪人かどうかはどうでもよいこと、奉行が負かしたからこそ悪人であり罪人であると、多くの人々は考え「信仰」すると気づいたからだと。

そして天一坊の裁きの段では、本物と知れたが「天下の御為」偽者として処罰せざるを得なかったと。氏より育ち、流れ野に伏し山に育ってきた人間を力のある位置におくことは天下に災いを生む事になると。

ここでは天一坊は、ただただ親に会いたいと願うだけの愚かにして真直な、美しい僧形の若人として描かれています。

4/27追記:非常に怖い内容がさらりと書かれたこの作品が「改造」に掲載されたのは昭和4年(1929年)、昭和2年に始まった金融恐慌がまだ尾を引いています。また大正14年(1925年)に制定された治安維持法は、昭和2年に改定され最高刑が死刑となりました。そんな時代背景を頭に入れて読むと、ただの時代小説ではないものがみえてきます。

●『大岡越前の独立 大岡忠相・天一坊』直木三十五 時代小説大全集4 人物日本史 江戸 新潮社版 新潮文庫 平成2年9月25日発行
 (内容紹介は別の日に)

●『天一坊』下母澤寛 時代小説の楽しみ六 大江戸指名手配 新潮社 1990年8月1日
 (内容紹介は別の日に)

他に、『徳川太平記』(柴田錬三郎)が、天一坊事件を伝奇的に扱った秀作として名高いようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月25日 (月)

ご近所は緑がいっぱい

震災から1ヶ月半たった4月24日は統一地方選挙が行われ、地元市では市議選がありました。

前回の都知事選は震災後まもなく行われたため、宣伝カーが走りまわることなく静かに行われました。

今回の市議選は、地元では定員26人に候補者36人、つまり10人は落ちる選挙であったため、途中からは宣伝カーから必死に名前を連呼する絶叫型の選挙となっていました。

なんだか焦点の合わない選挙だった気がするのは、自分の政治意識の低さから来るものだとは思いますが、正直言って、『原発がどうなるか』で頭がいっぱいです。

とりあえず爆発なんぞせずに収束して貰いたいのはほぼ共通の願いですが、その後がどうなるのか。容易に制御できないことがはっきりした原発なんぞいらん、と思うのですが、即座に廃止となると色々色々各界のお偉いさん方の思惑があるようで・・・

投票会場の小学校に投票に行って、そのまま反対側から出て歩き回ってきました。

震災以来、都心に出かけて交通機関が止まったら歩いて帰ってくるのは無理、との心配が先に立ち、逼塞しておりましたが、世は春、何があっても季節は移ろい、何もかも(どういう方向であれ)進んでいく。何があったか忘れてはいけないけれど、時間をそこで止めてしまってはいけませぬ。動いていればいい考えも浮かびましょうぞ。

↓小学校のすぐ近くの裏は「麦畑」。
 この近所を吉祥寺行きのバスが走っているとは信じられない光景・・・

110424mugi

遊歩道途中にある公園です。

110424sekimae

歴史的記念碑が民家のすぐ横に。

110424monso3

110424monso2

五日市街道の標識。今まで気がつきませんでした。

110424hyousiki

ここは東京都。吉祥寺文化圏に属する(?)住宅地です。JRの駅から少々歩くとはいえ、相当の田園風。

110424nouti

田園風その2。

110424nouti2

路地の向こうに、鯉幟発見。

110424koi1

広いお庭のある御宅です。

110424koi2

気持ちよさそ~

110424koi3

あちこち緑が溢れかえっています。

110424midori2

どう見たって、昔田舎で親しんだ風景。

110424midori

駅から少し遠い(と言っても徒歩30分くらい)のを我慢すれば、ご近所は緑が溢れかえっています。(ちなみに最寄駅のすぐ近くには、キムタクさん入居で話題になったツインタワーマンションがあります。)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年4月19日 (火)

MacのMailが重いのは

つい先日のこと。某オヤジ様がMacの前で石の地蔵様になっておりました。

地蔵様というより一段と横の成長が著しい近頃では大仏様かも・・・というのはどうでもよくて。

お聞きしますに「FireFoxが開かない」、と申します。元から入っているSafariのバージョンが低くて対応しないサイトがあるもので、わたくしがインストールして差し上げました「FireFox」です。

どれどれ、と覗き込んで唖然としました。

なんだか余計な画面が開いています。iPhotoなんぞ開いてどうする・・・とか思っているとまたぽこっと別の画面が開いていく。

こんなもの開いてどうするんですか、とつい詰問口調になるのは仕方ありません。するとオヤジ様が何をお抜かしになったか。

「FireFoxが開かないから(ソフトのショートカットアイコンが並んでいるドックを)あちこち(全部)クリックした」、ですと。

おおおおおう。

オヤジ様のMacは、よろしいですか、耳の穴を全開にしてよ~くお聞きくだされ、eMac G4 800MHz メモリ増設しても640MB、ふた昔ほど前のシロモノです。

昨今の巨大化高速化複雑化する各種メールやサイトについていくのがやっとのシロモノです。遠慮しながら使わないとまともに動かなくなるシロモノなのです。

それがMailを閉じないままFireFoxをクリックしたら反応がないのでそこいら中クリックしまくったですと。

Mail、FireFox、シャーロック、アドレスブックが開いていて、iCal、iTune、iPhoto、iMovieなんて無理です。なのに、システム環境も開くんですね、ディスクユーティリティもテキストエディットもJedit、Virus Barrierもなんて・・・無理無理絶対無理、マックが壊れちゃう~

(ソフトの名前が英語と日本語入りまじっているのは日頃の習慣ですのでお目こぼしを)

かくなる上は強制終了を、とショートカットキー(op + command + esc)をグリグリ押しましたが反応なし。困ったなあ、と思っていたら数分後に強制終了画面が現れました。とにかくいちいち反応が超スローになっているのです。

せっかく現れた強制終了画面なのに、そこでまた一つずつアプリケーションを選んで終了させるのに何分かかるんだ~

で、プツンしました。

まずわたくしの忍耐力が処理途中でプツンして、それからマックの電源ボタンを押してプツンして・・・(やっちゃいけない終了方法ですが、待ってられない)

再度起動するにあたって、定番のPRAMクリアしながら立ち上げましたが、超スローモード。電源ボタンプツンで壊しちゃったかな、と思いつつディスクユーティリティにてディスク検証。どんだけかかるんだ、というくらいの時間を掛けて検証した結果が「どこも悪くないよん」だそうです。

じゃ、なんでこんなにスローモードなんですか。

リストアして再インストールするしかないんですか。

ダウンロード購入しているJedit、Virus Barrierなんて、オヤジ殿がダウンロードキーの入ったメールをさっさと捨てちゃってるし、そんなこともあろうかとプリントしておいたものまで捨てちゃってるし(Virus Barrierはサイトにいけば何とかなるだろうけど)。

リストアなんて、そんなめんどくさいことをこのオヤジ様が自分でする筈ありません。即ちわたくしの余計な仕事が増える。

いやです。

ならどうする。

こうしましょ。

奥の手に、パソコンの電源コードを引っこ抜いてしばらく放置する、というのがあります。すると何かの設定が消えるらしいです(Windowsも同じ)。
(ノートパソコンなら、バッテリーを外します。)

で、半日放置してから電源コードをつなぎ、起動したら問題なくするする立ち上がっちゃいました。
(半日もおかなくて、数分程度でいいそうです。)

はあ? はあ・・・・

がめでたしめでたしではありません。またオヤジ殿が使うと、動かなくなること必至。

そもそも動かなくなる原因は何か。

オヤジ殿のいい加減な操作も重大要因ですが、その他にMailが普段から異常に重い。なぜか。一頃オヤジ殿が千通以上メールを溜め込んでおりました。わたくしが脅したりすかしたりなだめたり(時には無断で削除したり)しながら整理しました。それで軽くなったような気がしたのですが、50通ほどの現在でも重い。

同じくMailを使っているわたくしのMacでは全然重くないのに・・・

何が違うかと調べて、オヤジ殿にはHTMLメールが多い、と気づきました。HTMLメールはどうしてもサイズが大きくなりますが、サイズが大きいのが原因というなら、仕事用のWindowsパソコンでは常時十数MBのメールをやり取りしている・・・・

Mailの環境設定を調べてみました。するとですね、「表示」タブの「HTMLメッセージにリモートイメージを表示」にチェックが入っていました。

これはどういうことか。Windowsパソコンではメールにこんなメッセージが現れます。

「このコンピュータが送信者に識別されることを予防するため、画像がブロックされています。画像をダウンロードするにはここをクリックして下さい。」

これ即ち、WindowsのOutlook ExpressではデフォルトでHTMLメッセージのリモートイメージを遮断しているのに、MacのMailではデフォルトで「HTMLメッセージにリモートイメージを表示」しているということ。

セキュリティ上も大いに問題ありますが、Mailの「表示」タブの「HTMLメッセージにリモートイメージを表示」の下にはこんな但し書きもあります。

「リモートイメージを表示するには、追加のネットワークアクセスが必要です」

追加のネットワークアクセスってなんですか。メールを受信するたび開くたび、陰でこっそりネットに繋いでいたんですか。だからメールがやたら重くて終了にも時間がかかってたんですか。

そんなもん、表示しなくていいわいっ!!!!

で、チェックを外しました。今のところ、Mailがあっという間に開いてあっという間に終了します。オヤジ殿のマックを絶不調にさせていたのはこんなことだったんですか・・・・

----------------------------------

appleのサイトにこんな記事がありました。

Mail 4.0 Help リモートイメージを表示する/隠す
http://docs.info.apple.com/article.html?path=Mail/4.0/jp/9947.html

「メッセージの中には、HTML を使ってリモートイメージを含め、受信者が送信者のサーバからリモートイメージを受信すると、受信者のコンピュータのアドレスが分かるようになっているものもあります。受信したメッセージに含まれるリモートイメージを読み込まないようにすることで、プライバシーを保護できます。また、リモートイメージを読み込まない場合、メッセージのダウンロードが速くなります。」

(つまり、読み込むと場合によっては耐え難く「遅くなる」ということですね・・・)

また、こんなブログもあります。

わかばマークのMacの備忘録 Mail/リモートイメージを表示させない
http://wakabamac.blog95.fc2.com/blog-entry-337.html

「この辺りの対策を施してる人か、オフラインで開く場合は関係ないけど、わざわざヘルプにこう書いてあるのに、デフォルト設定でこの設定にしている Apple の姿勢には疑問が残ります。」

2011/5/10追記:

その後、Mailの環境設定の以下を変更しています。

「一般」タブの「新着メールのチェック」がデフォルトで「5分ごと」になっていたのを「手動」に。

「一般」タブの「参加依頼をiCalに追加」がデフォルトで「自動」になっていたのを「しない」に。

「表示」タブの「チャットメンバーの状況を表示」をオフに。

(加えて、起動時に毎回PRAM クリアをしています。)

今のところ、実に快適に動いています。メールチェックは手動でやればいいんだし、iCal使うことないし、チャットなんぞしませぬし、PRAM クリアされちゃって困る設定はしてないし・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年4月12日 (火)

鳩は小鳥を捕食するか

本日午後、外を歩いていました。

キャーキャーと小動物の鳴く声が頭上から聞こえてきたかと思うと、足元の歩道に鳩がバタバタと舞い降りてきました。

ケガをして落ちてきたのかと思ったのですが、なんと雀くらいの大きさの小鳥を足で押さえ込んでいました。

すぐそばに人間がいることに驚いて小鳥を置いて逃げるかと思ったら、小鳥を足で掴んだまま舞い上がって柵を飛び越えて傍らの学校の庭に降りていきました。

その間、小鳥はキャーキャーと悲鳴を上げ続けていました。

え?

構内は立ち入り禁止ですので、柵の隙間から覗いてみました。鳩に押さえ込まれたまま小鳥はキャーキャーと鳴きつづけていました。

これって・・・あれでしょうか・・・弱肉定食・・・じゃなくて弱肉強食・・・まさか・・・

喧嘩してただけですよね。きっと。

------------------------

↓かわいい画像です。

鳥の捕食シーンだけ画像集
http://matome.naver.jp/odai/2125913742398007243/2125913964788924903

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 9日 (土)

ひっそりと桜満開/(地元市の地震被害)

お天気があまり良くないからかもしれませんが、満開の週末、ご近所の桜の見所はひっそりしていました。

↓市水道部そばの公園。

110409sakura2

貯水タンク、ではなくて「第一浄水場除鉄、除マンガン装置」近く。

110409sakura3

陸上競技場も開放中止ではないのですが、

110409kaihou

ほとんど人はいません。

110409sakura4

110409sakura5

地元市内は地震の被害は無かったと思っていたのですが、総合体育館施設の一角が立ち入り禁止でした。

110409kinsi

階段通路の一部が崩れたようです。

110409kinsi2

旧図書館跡地は、被災者のための一時駐車場になっていました。

110409tyusha

もうすぐ震災から一ヶ月。被災地で“希望の桜”咲く、と本日のニュースが伝えています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110409/t10015200571000.html

「福島県いわき市で、津波にさらされた海岸沿いの桜が咲き、地元の人たちは復興に向けた希望の桜として見守っています。」

被災地の方々が心から花見が楽しめる時が来ますように。

********************

4.20追記:地元市の被害状況(武蔵野市防災安全センターの記事抜粋)

東北地方太平洋沖地震について(17:00 第四報) 2011/03/11
 ・7箇所ほどでブロック塀倒壊の報告が入っています。
 ・屋根瓦落下の報告が入っています。

東北地方太平洋沖地震について(18:30 第五報) 2011/03/11
 ・公共施設の一部に、ひび割れなどの被害報告が入っています。

東北地方太平洋沖地震について(08:45 第九報) 2011/03/12
  武蔵野市内において、建物倒壊等の被害は報告されていません。

●市議会本会議場の天井が崩落したのは複数の市議のブログ等で写真入で報じられています。
(その一つ)
「2011年03月12日12:12 カテゴリ地震被害 武蔵野市では本会議場の天井が崩落」
http://blog.livedoor.jp/go_wild/archives/52131778.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 8日 (金)

畑村洋太郎「『失敗学』事件簿」

「『失敗学』事件簿」 畑村洋太郎(小学館 2006年4月10日)を読んでいます。

サブタイトルに「あの失敗から何を学ぶか」とあります。

事例は、まだ記憶が鮮明な「福知山線脱線事故」(2005年)から始まりますが、16件の事例の中に、今回の地震と関連するものが含まれています。

掲載順に

(みずほ銀行のシステムエラー)
みずほはなぜ同じ愚を繰り返すのか 38ページ

(福島原発事故)
東京電力の原子力トラブル隠蔽事件 68ページ

(東日本大震災)
東北の地震に学ぶ教訓 138ページ

以下に内容を抜粋引用させていただきました。原典を読むことをお勧めします。

---------------

(みずほはなぜ同じ愚を繰り返すのか)
みずほ銀行は震災後システムエラーにより、ATMが稼動しない、振込みができない、などの事態となりました。これを聞いて思い出したのが、2002年4月の合併統合による大規模なATMシステム障害です。

「『失敗学』事件簿」によると、システム運用には「間違いが起こることを前提にした『逆演算』の対策が必要不可欠」であり、「あらかじめ起こり得る事態を想定して防衛手段を講じておく」「『仮想演習」も重要になる。」が、この「重要性をきちんと認識していなかったのではないだろうか。」 (P40-41)

それだけでなく、2002年の障害の後発表された報告書を読んで畑村氏が感じたのは

「この銀行はいつかまた同じトラブルを起こす」(P50)

というものでした。

システム障害の「背景に統合三行の勢力争いがあったことは明白である。みずほの経営問題そのものが事故の背景にあるのに、報告書は当時の最高経営責任者(CEO)の責任や旧第一勧業・富士・日本興業の統合三行がコンピュータシステム統合をめぐって演じた覇権争いなどに全く切り込んでいない。」(P50-51)からです。

「トラブルの発覚以前に、システムエラーの報告が現場から経営上層部に上っていた」(P45)のに、

「『システムの問題点を抱えたままの統合ではゴーサインが難しい』と、システムエラーの復旧を優先し統合延期を決断するトップではなかったということだ。」(P45)とも書かれています。

-------------------

(東京電力の原子力トラブル隠蔽事件)
福島第一、福島第二、柏崎刈羽の点検記録虚偽記載が2002年8月に発覚した事件です。

原発事故にみる『絶対安全』のいびつさ」(P72)の項があります。抜き出し引用しますと、

「 この世の中に『絶対安全』なものなど決してない。だが、それを標榜している唯一の産業が原子力発電なのである。正確には、そう標榜せざるを得ない状況になったと言うべきだろうか。1986年に起きた旧ソ連のチェルノブイリ原発事故などを契機に、『原子力は怖い』という感情が広がり、『事故は起き得ない』と絶対の安全性を標榜しないと運転させて貰えなくなった。」(P75)

「本当は、『人間がかかわる技術には必ず失敗の危険性がある。原子力も同じ。それでも、電力を確保するのに原子力は欠かせない。だから考え得る限りの安全策を取っている』と説明するのが筋である。」(P75)

後日談(P77)に、「本来危険であることを承知の上で細心の注意と覚悟のもとに使うべき原子力を『原子力は安全です』と『ウソ』の上に進められてきた原子力の取り扱いにある。国民全体が原子力をどう扱うかを自分の問題として考えない限り、このトラブル隠蔽事件の真の解決はない。」

-------------------

(東北の地震に学ぶ教訓)
2003年に震度6弱を記録した三陸南地震について書かれています。

「 筆者は約40年前、大学3年の夏休みに工場実習で釜石に出掛けた。日曜日に海水浴をしようと隣村の唐仁(とうに)という所に行った。そこで碑石を見て肝をつぶした。海岸よりはるか高いところにある碑には、『ここまで津波が来て皆死んだ。ここより下に家を建てるな』と書かれていた。空恐ろしくなって早々に引き揚げたのを、昨日のことのように覚えている。

 1896年の明治三陸大津波では最高38メートルもの津波が押し寄せ、2万2千人以上が死んだ。このような大惨事の言い伝えや警告にもかかわらず、あちこちの入り江で海岸近くまで人家が下がってきている。こうしてまたいつの日か大災害が起こり得るのだ。(P140)

↓同書141ページ掲載の図版

110408sekihi

144ページには「地震で学ぶ知識伝達の必要性」という項目がありますが、今回は非常に残念な結果となってしまいました。

ユーチューブに 「"TSUNAMI" 失敗は伝わらない」
(畑村洋太郎『だから失敗は起こる』第4回 
知るを楽しむ「この人この世界。」(2006年放送))
が投稿されています。

事が起きてしまった今見るにはちょっとつらい内容ですが、きちんと知っておく必要があると思います。

(画面右端のYouTubeをクリックすると、YouTube上の大きな画面で再生されます。)

-------------------

連日「本日の大気中の放射線量」を気にしなくてはならない、出来の悪いSFのような事態が来るとは想像していませんでした。

追記:失敗知識データベース 
http://www.sozogaku.com/fkd/index.html

(畑村創造工学研究所 
http://www.sozogaku.com/hatamura/ の中にあります。)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年4月 7日 (木)

桜は満開なれど

↓地元駅前の桜です。4月6日に満開になりました。

110407sakura1_2

110407sakura2_2

110407sakura3_2

満開なれど、花見「自粛」を「要請」されています。

↓地元の桜まつりは早々と中止になりました。

110407sakura4_2

(4月3日では桜は咲いていませんでしたが)。

諸々「自粛」が過ぎて今後の経済が立ち行かなくなるのでは、と懸念されています。

ふと、昭和天皇逝去の際を思い出しました。あの時は歌舞音曲の自粛を求められ、世の中全体がなんとなく重苦しい雰囲気になっていた気がします。

桜の下でバカ騒ぎをするつもりはありませんが、あっという間に散ってしまう桜花を今年は思いを込めて愛でたい。今年の桜を見ることなく亡くなった方々の冥福を祈りつつ・・・

(満開の前日5日は天気図では日本全国晴天でした。↓)

110407tenki_2

上の図の部分拡大。

110407tenki2_2

残念ながらこの後は天気は下り坂です。被災地に雪なんぞが降りませんように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「報道されなかった栄村大震災」

というタイトルのネットニュースがあります。
2011年4月7日 12時10分のexciteニュースです。

マスコミが報じなかった もう一つの「東日本大震災」http://www.excite.co.jp/News/column_g/20110407/Spa_20110407_00001.html

雑誌SPA!の同名記事↓を紹介しています。

-----------------

WEB SPA!
http://spa.fusosha.co.jp/feature/number00014398.php

「被害が甚大にもかかわらず被害県からは除外
“黙殺”された長野県「栄村大震災」の傷跡に迫る」

-----------------

栄村ネットワーク(被災情報ブログ)
http://sakaemura-net.jugem.jp/

によると、4/1にフジテレビが報道していますが、その内容がユーチューブでみられるとのことです。(限定リンク)
栄村大震災(2011.04.01 フジテレビ・スーパーニュース)

「4月2日レポートの後記 2011.04.02 Saturday

今日は天気予報の雪こそ降りませんでしたが、寒い1日でした。明日はいい天気のようです。
 フジTVの報道、ユーチューブで見ることができました。結構いい内容だったと思います。他の局もいい意味で追随してほしいものです。(以下引用略)」

注:上記記事中のユーチューブをクリックすると、すぐ再生が始まり音声が流れます。

------------------

4/9追記:4/8NHKニュースで栄村震災を報道しました(短時間)。
「長野 被災の栄村に支援明示へ」
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110408/k10015186821000.html

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年4月 2日 (土)

栄村大震災

関連情報サイト:栄村ネットワーク(被災情報ブログ)
http://sakaemura-net.jugem.jp/

--------------------------

以前、「マスコミのブラックアウト」という言葉を聞いたときには全く実感が伴いませんでしたが、今回被災した友人から電話をもらって初めて気づきました。

ブラックアウトとは、第一義の「停電」の他に「報道管制」を意味します。

今回意図的な「管制」があったとは思えませんが、情報伝達手段の発達した現在では、「報道されないこと」=「存在しないこと」のようになってしまう。

東京でも都心部は震度5強、地元市でも震度5弱だった3/11、東北は震度7と聞いて、ただただ驚くだけでした。翌3/12の栄村が震度6強だったのですから、栄村もそうとう被害をうけている、と思うべきでしたが、新聞に報道されたのは、記憶している限り12日の夕刊のみ。

たまたま知人がいるために栄村の被害を知りましたが、マスコミも政府も栄村には思いが回っていないようです。

上記栄村ネットワークにも紹介されていますが、

アンサイクロペディア「栄村大震災」
http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E6%A0%84%E6%9D%91%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD

が、皮肉を飛ばしながら、栄村の実情を伝えています。

注:「エン」サイクロペディアではなく「アン」サイクロペディアです。

昨日は4月1日限りのバージョンも公開されていました。語り口は皮肉たっぷりですが、内容は真っ当です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Skypeが使えない・・・

仕事用にはWindows PCを使っていますが、サイト管理やSkypeはMac OS X 10.5でやっています。

そのSkypeのアップグレードの案内がメールで来ました。

抜き出して引用すると、

「新しいバージョンへのアップグレードが可能となりました。お客さまは以前のバージョンのSkype for Macをお使いのようですが、このバージョンのサポートは間もなく終了します。そのため、最新バージョンのSkype for Mac*に今すぐアップグレードをお勧めいたします。

アップグレードが必要な理由はこちらをご覧ください。」

サポートが終るというのはユーザーにとって一大事です。早速クリックしてサイトに行きました。

が、そのメールを開いたのはWindows PC。WindowsにMac用Skypeを無理矢理インストールしようというのではなく、たまたま先にWindowsでメールを開いちゃったためです

ご親切にご案内くださっても、果たしてインストール可能かどうか、システム要件を確認する必要があります。

以前自宅のG3 Mac OS X 10.4に同様のご案内を頂いてほいほいインストールしたら使えなくなってしまい、Mac用の古いアプリケーションをダウンロードさせてくれるサイトで適合バージョンを探しまくって再インストールしたことがあります。参考までに、そんなサイトとは

Old Version for Mac Downloads
http://mac.oldapps.com/ とか

evolt.org
http://browsers.evolt.org/ です。

ですので、今回も確認しました。(経緯大幅略)

「Mac バージョン:
Mac OS X v10.3.9 「Panther」
Mac OS X v10.4 「Tiger」
Mac OS X v10.5 「Leopard」
Mac OS X v10.6 「Snow Leopard」
(32ビットおよび64ビットバージョンに対応)

プロセッサ:
G4、G5、またはIntelプロセッサ、800MHz以上。

RAM:512MB以上」・・・・

大丈夫・・・、と思ったわたくしがバカでした。

結果からいうと、Skypeが見事に使えなくなってしまいました。そんな~、とSkypeサイト内をあちこちクリックしまくって探したのが見落としていた次の記述。

「Skype 5.0 for Macおよびそれ以降のバージョンは、PowerPC搭載のコンピュータでは動作しません。」

早く言ってくれよ~、と言うわけにもいかない自己責任。見落としたわたくしが間抜けなのです。

そう、わたくしのMacはG4なれど一昔前のPowerPCなのです。ぐすん。

即、新バージョンを削除して、まだSkypeのサイトにあった以前のバージョンをダウンロードして再インストールし、無事に使えることを確認しました。

教訓:何事も確認には念を入れること。思い込まないこと。

(ついでに言うと、当該Macでメールを開いてクリックでサイトを辿っていくと英文サイトに行っちゃいます。そこにはシステム要件にPowerPCは入っていませんでした。これを、日本語バージョンと英語バージョンは事情が違うんだ、と自分に都合よく解釈してしまったのも大いなるボケミス

Skypeは海の向こうの同居人と電話代を気にせずおしゃべりができる大事なアプリケーションです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 1日 (金)

長野県栄村の被災

月曜28日の夜、友人から電話がありました。

元地元市の住民だったその人とは、そろそろ30年前からの知り合いです。

友人一家が、田舎暮らしがしたい、と地元市を離れたのは十数年前。家を買い、野菜を作り、パンを焼き、豊かすぎるくらいの自然を満喫している様子でした。

何度か遊びにおいで、と誘われましたが、先延ばしにしていてとうとう行かずじまい。

その友人の暮らす村が、3.11東北関東大地震に誘発されたと思われる、震度6強の3.12長野県北部大地震で被害を受けました。

地震直後気にはなったものの、電話の混乱を増加させてはいけないと、連絡は取らずにいました。

携帯電話で連絡してきた友人は、移動の途中らしく、電車の発車を促すアナウンスも聞こえて慌しく電話を切りましたが、「家は直さなければ住めない」とのことでした。

根が明るい友人なのですが、もう栄村に住むのが嫌になった、とこぼしていました。十数年かけて築いてきたものが崩れちゃって・・・と。

三陸の被害の大きさと原発事故の深刻さに隠れて、栄村の被災状況は東京には殆んど伝わってきませんでしたが、地元の方がブログに書いています。

---------------

あづみのきみ麻呂のザレ言
http://aduminpapa.naganoblog.jp/e699244.html

その中にデジブックがあります。

◆長野県北部地震の爪痕 ~信州・栄村大震災事情フォトレポート~
(注:音(音楽)がでますので、差しつかえある場合は消音にしてから)

↓デジブックへの直接リンク
http://www.digibook.net/d/3f14eb77a19a9855ed36693245f42be7/

---------------

他関連サイト

栄村ネットワーク(被災情報ブログ)
http://sakaemura-net.jugem.jp/

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »