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2010年12月14日 (火)

「そうはいかない」

絵本作家・エッセイストの佐野洋子さんが亡くなったのは今年2010年11月5日でした。

「絵本作家」なのですが、不肖わたくしは佐野さんの絵本を読んだことがありません。

あまりに有名な「百万回生きたねこ」を図書館で借りようとしましたが、人気絵本ゆえほとんどいつも貸し出し中で、読みたがっている子供を押しのけて予約するのもなんだかなあ、とそのままです。

そのかわり、エッセイは手に入るかぎり読みました。ハズレがなく、面白いのです。

言いにくいことを実に適確にさらりとずばっと言ってのけ、てらいなくこびもせず、美しいものも美しくないことも幸せなことも幸せでないこともその他諸々すべて冷静にとらえてしかも激しさも隠すことなく、要するにぐさぐさと核心を突きながらこのどうしようもない人間世界を見る目にいたわりがある・・・

佐野洋子さんの訃報を聞いて思ったのは、「ああ、もう面白い話が読めないんだな」でした。

ところが早めのクリスマスプレゼントのように、新刊がでました。

101214souha

『そうはいかない』 2010年12月6日 小学館

1989年から1992年に書かれた文章をまとめたものですので、~「シズコさん」「役に立たない日々」と順を追って読んで著者の晩年に近づいてきた読者には、時間を巻き戻された感じがありますが、まぎれもない「佐野洋子さんのエッセイ」です。

その中の1篇「ごきげんよう」を読んだ時、遠い昔の自分の中学生時代のことがいきなり思い出されました。

「ごきげんよう」にでてくる「宗太」は、学校では不良で服装は乱れ乱暴なのだが、自宅ではきちんとしたいいとこのお坊ちゃんで、直立不動で父に「お父さま、ごきげんよう」と体を直角に折って挨拶をする・・・

中学校の同級生に似たような人がいました。成績はそこそこ優秀、学級委員ながら乱暴で横柄で威張り散らす。ところが、家に帰ると、親に絶対服従で返事は「はいっ、お父様」というのだとか・・・

ついでにいろいろ思い出されてしまいました。クラスに、背の高いちょっとハンサムな男子がいまして、言葉も方言の混じらない綺麗な標準語。ちょっと屈折したところがあるので、もてるという感じではありませんでした。

気取ってやがる、と男子生徒からもちょっと敬遠気味でしたが、国語の時間だったか道徳の時間だったか何の時間だったか、自分の思い出を語る機会があったとき、「ボクには父がいなかった。悔しくて、小さい頃、道端に座って、バカヤロバカヤロと通りかかる人に石を投げていた」と気恥ずかしそうに話しました。

母親が料亭をやっていて云々とは、誰から聞いたのか覚えがありません。子供は無邪気に残酷に意味も分らず侮蔑の言葉を幼い頃のその男子中学生に投げつけていたのだと思います。

出身小学校が違うので、直接加担はしていませんが、今から思うと悪いことをしたなあ、みたいな気分になりますが、追いつく話ではありません。

同級生にはポリオ(小児麻痺)で足が不自由な人も何人かいました。一人は野球部で頑張っていました。今からしてみればすごいことですが、当時は特別に考えることもなく、そんなものだと思っていました。

ポリオのワクチン接種が始まる前に生れた世代です。

佐野洋子さんの本からあれこれ思い出してしまいました。

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