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2010年11月27日 (土)

忘れられない光景

少し前の晴れた日の夕方、西日を受けて輝いているような建物。

手前の交叉点で思わず見とれて立ち止まってしまいました。
(写真写りはよくありません)

101126yugure

この時に抱えていた思いを、この先何十年たってもこの光景と共に鮮明に思い出すであろう、という予感がしました。
(要するに、この時は人生上のある分岐点だったのですよ。)

近頃、昔のことを色々と思い出すのですが(人生が終盤戦に入った証拠でもありますが)、その一つにン十年前の光景があります。

多分10歳前後でした。当時は見渡すかぎり田圃であった田舎で、週日は働きに出ていた両親は、専業農家から田圃を借りて仕事が休みの日をあてて自家用に米を作っていました。

稲刈りの風景です。まだ30代の父と母と兄と自分と弟と、黄金色の稲を刈り取り束にして木を組んだ台(稲架=はさ、でしたかしら)にかけて干し・・・

小春日和とでもいうべき、暖かい気持ちのよい日でした。稲の尖った葉先にちくちくされながら、ついうとうとしそうになっていました。東京オリンピックはまだ先のこと、多分まだ日本全体が戦後の貧しさを引きずっていた時代だったはずなのに、なんだかとても幸せでした。

とても幸せで、いつまでもこの日が続けばいい、と思いました。田圃の周囲は多分専業農家はとっくに刈り入れを済ませていたのか人影も無く、まるでこの世に自分達家族だけが存在しているような不思議な感じがしました。

世界中が消えてしまって、自分の家族がいつまでもこのままであればいい・・・

今思えば、このままであるということは、子どもは成長できないでずっと中途半端な子どもでいるということだし、両親はいつまでも子どもたちを育て続けなければならないし、つまり先の希望もない永遠の現状維持ということで、それはそれで困った事態なのですが、当時はどっぷり幸せでした。

そして、永遠にこの日を思い出し続ける予感がありました。

当時の両親の年齢を自分がはるかに超えた今、若い夫婦であった両親がいとおしく思えます。自分よりずっと若かった両親の思いはどんなであったろうか。二人とも既にこの世を去りました。今、また思います。

あの日は幸せだったな、と。

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