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2009年11月

2009年11月30日 (月)

冬の薔薇の神話の名前

5年前にじい様が亡くなってから、残されたばあ様を放っておいてはいけないと思い、わたくしは、ほぼ2週間に1度の割合で実家帰りをしておりました。毎日電話もしました。

電話に関しては、わたくしが万難を排して毎夕掛けるのに、"心配ないよ、ガチャン”と、うるさいと言わんばかりの対応をされますので、次第に必要以外はかけなくなりました。

それまで東京で気ままに過ごしていたわたくしが2週間に1度は田舎に帰る。はたからみれば“美談”の類いでしょうが、その陰で密かにストレスが蓄積していました。

用もないのに出歩くのが好きなわたくしは、休日ごとに都心をほっつき歩いていました。ただ歩くだけだったり名所旧跡めぐりだったり美術館巡りだったり。地元近辺も歩きました。バザーやフリーマーケット目当てです。何も買うものがなくてもひやかして回るだけで、出品者のさまざまな文化や暮しがうかがえるようで楽しかったのです。

そんな楽しみが5年前から吹き飛びました。田舎に行かない週末に行けばいい、といいますか。ばあ様と過ごす週末は回を重ねるごとに重苦しくなってきて、すなわち間の週末は疲れ果ててぐだぐだ引きこもりライフ・・・

いつになったら解放されるんだ〜、と思っていたら先月突然急展開してしまいました。本来の意味とは違いますが「梯子を外された」気分です。

田舎に行く必要の全くない先週末、わたくしは自治体のお知らせに載っていたフリーマーケットへ行きました。土日、公民館(コミュニティセンターと言います。略してコミセン)で開催です。2日間に亘って、ではなく土曜の所と日曜の所と別開催です。

土曜日の所はフリマが主ではなくて「○○祭り」の中にフリマとバザーがありました。古本市と陶器市も。フリマとバザーの違いは、市民個人が売り手なのがフリマで、コミセン係員が売るのがバザー。買う方にはどうでもいい違いです。

で、結論からいきますと、何とも面白かったです。初めに陶器市を見ました。物を増やすな、と思いつつ、あれいいな、というのがありました。が、買うには現金でなくナントカ券が必要だそうです。地元住民でなきゃダメってことですか。

ですので、現金で買えるバザーにいきました。さんざん迷って、綿100%の「高級」反物と合成漆の「木」の丸盆を買いました。反物で何を作るか、これから考えます(丸盆は早速使ってます)。計600円を払うと、例のナントカ券をくれました。陶器か古本と交換できるそうです。

陶器は欲しいものが無くなってましたので古本コーナーへ。ぐっ。マンガと推理小説の文庫本と古〜い実用書と・・・欲しい本がありません。へええ・・・と、それでもしつこく眺めていたら、へ?ウンベルト・エコですと。「バラの名前」ですと。なんでこげな本が混じってるんですかい。即交換するです。

もう帰ろうと出口に向かったところで泥付きニンジン大4本100円を発見。由緒正しいおばちゃんとして見逃す訳にはいきません。これ下さいっ。

で、またナントカ券を貰いました。で、また古本コーナーへ。松本清張もいらんな〜と眺めていたら。へ?「冬の薔薇 写真家秋山庄太郎とその時代」を発見。引き換えようとすると、係のお兄ちゃん、1冊でいいんですかあ、上下ものなら1枚で2冊でいいんですよお、とおっしゃいます。

(あのね、にいちゃん、本は量より質なの。欲しい本1冊はどうでもいい本2冊と同じじゃないの。)

今度こそ帰ろうと出口に向かえば、そこはフリマの会場。ついつい、アームバンドを100円で買うことに。またしても、券をくれます。ナントカ券ではなくて「本部」へ行けばナントカ券と交換してくれるという「引換券」(めんどくさいことが好きな役員がいたのかな)。

で、引き換えてまたしても古本コーナーへ。こんどこそ松本清張かと思いました。が美術選書の「ヴィーナスの神話」発見、ゲット。むらがる子供たちが絶対欲しがらない本です。

なんだか変なフリマ&バザーでしたけど、とりあえず満足。

さて、引き換えた本を正確に記しますと

1 『「バラの名前」覚書』ウンベルト・エコ 谷口勇訳
   而立書房1994年1月25日第1刷定価1900円。
2 『冬の薔薇 写真家秋山庄太郎とその時代』山田一廣
   神奈川新聞社2006年9月20日初版 定価1500円。
3 『ヴィーナスの神話』矢島文夫著
   美術出版社美術選書 1970.12.5 880円。

以上3点が脳内で交錯しまして「冬の薔薇の神話の名前」・・・

日曜日のフリマはこじんまりとした会場でこじんまりやってました。地元の優雅なお年寄りが出品者なのでおおらかなこと。開始30分でスーツやコートなどの衣類が100円から50円になり、わたくしが定価で買ったらン千円しそうなふかふかカーディガン日本製を50円で買ったら、おまけに「どれでも好きなのを1枚」くれるというのです。欲しい物がなかったので辞退しましたが、古き良き日本が残っとったぞ〜、という気分。

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2009年11月27日 (金)

究極の箱

葬儀及びその後の法事の仕方には様々な地方ルールがあります。ですので「変だ!」とは思っても口に出してはいけません。

生まれ育った土地より東京暮らしの方がはるかに長いわたくしも、5年前には、

「えっ! 先に出棺してお骨にしてそれから通夜、告別式なの?」

と驚きましたが、さすがは2回目(感心するようなことではありませんが)、慣れたもので、その場返しという香典返しスタイルに動ずるもことなく、つつがなく葬儀を終え、そして先日四十九日を終えました。

実家辺りでは、四十九日に納骨が普通らしいです。

ですので、5年前のじい様逝去の際新築したお墓のカロート(どんな字を書くのかと思ったら「屍櫃」だそうです。「からひつ」とも。お墓の下の納骨室)の扉をガラガラ開けて、ばあ様のお骨の入った骨壷をじい様の隣に置きました。

新しいお墓には以前のご先祖様のお骨は入っていません。5年前のじい様の葬式が我が家では実に50年振りの葬式だったのです。以前は土葬が普通でしたから、だいぶ前の墓地改修の際には皆様既に土に帰られていたようであります。

また、カロートに骨壷ごと入れるか、壷から出して床にまくかも地方ルールがあるらしいです。実家地方ルールでは、壷ごと納めます。

実家の祭壇に大事に飾って日々お線香上げてお供えしてきたお骨一式は、まず白い布をほどかれ桐箱から出されてから奥に押し込まれました。なんまんだぶなんまんだぶ・・・(お経、違います)

で、納骨の儀お終い、だったのですが、壷を包んでいた布はどうする? 墓地の片隅のゴミ捨て場へ、だそうです。桐箱はどうする? やはりゴミ捨て場へ・・・

あれ、持って帰っちゃダメですか。だって桐の箱ですよ。銀糸の布張りだし、物入れにも大きさ丁度いいし、腰掛にも踏み台にもなりそうだし・・・

ダメでしょうね。持って帰るとは言えませんでした。そんなこと考える人、他には居ないでしょうね。けど、もったいないなあ、あんないい箱を・・・

ところで、「スペース的にあと骨壷二つくらいはOK」というのはカロートを開けるという力仕事を請け負ったきょうだいの弁です。誰の話をしとるんじゃ。

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2009年11月25日 (水)

箱遺伝子

連休が終わった後はお約束のように仕事が重なって入りまして、ふうう、ちょい忙しかったです。と言っても今年の年収はまた去年を下回りそうな勢いなのですが・・・

通りがかりに見た、小料理屋かな?の新規開店の募集の張り紙には「時給850円〜」とありましたから、世の中全体が収入低下傾向にあるようです。去年より少なくても入ってくるお金があるだけマシだ・・・(と思いませう)

さて、四十九日は無事というかやっぱりというか、それなりに終わりました。今回初参加の人もおりまして、すっかり終わって自宅で茶なんぞを飲みながら言いますのは「愛嬌のあるお坊さんだこと」。

はて、70過ぎた坊様のどこか可愛らしいか。

それはですね、5年前のじい様の時も法要の最中けつまづいてスリッパでおっとっとをしたり木魚叩くバチを取り落としたりだったのですが、今回は法要の最中に袈裟の裾で七本塔婆を引っ掛けて倒して下さいました。こちらはもう慣れっこなので「そうきたか〜」で済ませたのですが、初参加の方は目が点になったらしいです。

いろいろ片づけるのは四十九日が終わってから、の筈でしたが、せっかち揃いの我が一族は「明日親戚の人が来るのに家の中が散らかっているから」という理由をつけて四十九日の前日に模様替えをいたしてしまいました。

どたばたどたばたソファベッドを物置き部屋から客間(実質ばあ様の洋服やらいろいろなもの置き場になっていた)に出し、客間にごたごたあった大小様々の引き出しを物置き部屋に移動し、お仏壇が新しく巨大化して居間に鎮座して圧迫感があったので、隣り合わせの本棚やら電話台を動かして納まりよくしました。一安心。

安心してそのままおとなしくしていればいいものを、勢い余って階段下の倉庫まで開けて「明日親戚の人に持って行ってもらえるものを出しておこう」と石油ストーブ3台を引っ張りだし、ついでに中身もを全部だして片付け。

なにやってるんでしょうね、つくづく。

で、法要が終わったら早速、「これは要らんかね」を始めまして、かなりの分量を捌きました。形見分けだかガレージセールだか分からんでし。

で、親戚も帰ったあと、残ったメンバーで今度は細かいところのお片づけ。いやあ、ゴミが山のようにでましたぞ。勢いづいちゃってるもので、本棚の中のどうでもいい本や町内会の古い総会資料や20年前の公共料金類の領収書だとか。それらにこだわりのある人が亡くなってしまったのですから、学術的に貴重な資料でなし、残された人間にはゴミでしかありません。

(もちろん、じい様の日記とかご先祖様の古い書類とかは保存してあります。戦争中に亡くなった先祖の香典帖や外地動員された際の書類なんぞは大事大事にしまい込みました。)

ばあ様は昔はさっさと物を捨ててしまう人で、わたくしは大事な物をあっという間に捨てられて悲しんだことが多々ありますが、晩年はなんでもかんでもしまい込んでいました。新聞折り込み広告に「永久保存版」とあれば内容がなんであれ大事にしまっておく。郵便受けに勝手に投げ込まれるフリーペーパーもしまっておく。市報も全て綴じてしまっておく。実にばらばらあちこちにしまっておくだけで一切読みませんでした。

思うに、何が大事か判断ができなくなっていたのだと思います。そんなんですから、大事なものがどこにあるかわからなくなる。あれがないこれがない、といつも探し物をさせられるのにうんざりしたわたくしが整理しようとすると、「捨てては困る」と必死に抵抗されました。

もう捨ててもいいですよね。

ところで今回の整理でつくづく感じたことがあります。人間の二分類法には「男と女」「貧乏人と金持ち」「やせとデブ」とかいろいろあるけれど、そこに「箱遺伝子」の有無を加えるべきです。

「箱遺伝子」とは何か。それはですね、人間、本来の用が済んで空いた箱を捨てられる人と捨てられない人とに分類できるという法則。

箱遺伝子を持っている人間は、空き箱は勿論、袋や缶、壜などもなかなか捨てられません。勿論その人なりの基準を満たした物件に限られるのですが。この類いの人間は概してお金を使いたがらない、古いものが好き、高価なものでも己れの基準に合わないものは欲しくない・・・という傾向があります。

持っていない人は概ねその逆だと考えてよろしいでせう。

そして、お母様は箱遺伝子の持ち主でした。大小様々の箱が引き出しやタンスにしまわれ物入れに使われていました。綺麗な包装紙を貼ったものもありました・・・

この遺伝子、しっかりとわたくしに受け継がれています。

今回はわたくしがばあ様の箱をかなり処分しましたが、捨てたのは「材質が悪い」「作りがちゃち」「デザインがよくない」など、わたくしの基準に合わないものばかりです。好みの箱は今後ほかの親族に安易に捨てられないよう、ちゃんと重要物入れの機能を持たせてしまってきました。

そんなしょうもないところに気を使うのは「箱遺伝子」のなせる業なんでしょうねえ。

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2009年11月20日 (金)

四十九日

明日はまた実家に行きます。明後日がばあ様の四十九日だからです。親族がお寺に集まって有り難いお経をあげてもらって納骨をいたします。その後は行きつけのお店でどんちゃん騒ぎ・・・じゃなくてお坊さんを上座に招いて仏様(亡きばあ様)に陰膳そなえて会食です。

しかし、ま、お葬式の時も、わが一族は声高らかに談笑するどころかアホな思い出話で馬鹿笑いまでしていたのですから、なんとも罰当たりです。しんみりめそめそしたって、死んだ人は面白くないだろ、っていったって。

四十九日は厳密に言えば、ばあ様の場合は11月30日です。修行を終えてめでたく仏様になります。22日だとまだ修行中の筈ですが、近頃は現世の人間の都合に合わせるらしいです。遅くすると失礼だから早めにするものだとか・・・

わたくしはいい加減な仏教徒です。どの程度いい加減かというと、無神論者まではいかないけれど死んだら全てお終いと何となく思っていて、でも状況によっては神様仏様にお祈りして時には賽銭まであげてしまいます。仏教に関しては救ってくれるなら宗派問わず(一応実家は曹洞宗)また大乗でも小乗でもOK、神様のほうも八百万伝統神道に限らず新旧キリスト教その他何でも救済してくれるなら大丈夫、小僧の神様だって歓迎、という口。

いい加減だからこそ、葬儀から始まる諸々の行事に神妙に参加して手を合わせております。手を合わせて目を閉じて、何を考えているかというと、何にも考えちゃおりません。葬儀以来ほんと頭からっぽ。

だからいいんです。型通りに手を合わせていれば、なんとなく悟ったような気分になってきます。人間いつか必ず死ぬんだ、と。ばあ様が亡くなった時はあたふたしましたけれど、こうして時が経つと自然の成り行きだったのだと思えてきます。

「ひがらもの」とばあ様はよく言ってました。日が経つと直る、という意味です。日薬(ひぐすり)、時薬(ときぐすり)という言葉もあります。

四十九日が終われば次は百箇日です。亡くなってから100日目。卒哭忌(そっこくき)ともいい、そろそろ泣き悲しむのを止める、という意味だそうですが、ばあ様、罰当たり一家は35日目あたりでもう立ち直っております。ご安心を。

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2009年11月16日 (月)

駅前ランド

13日の金曜日には、よくないことがおきます。チェーンソー持った殺人鬼が・・・と言うのは映画の中の、それも洋画での話。

キリスト教徒ではない一般大衆日本人には何の関係もありません。むしろ、11月13日は大安でしたから、さぞかし慶事が執り行われたことでありましょう。

ついでにいうと、ほとんどの日本人は死んでから天国にはいきません。何故って、天国はキリスト教の概念だからであります。熱心な信者にしろ罰当たりにしろ、一応仏教徒である大半の日本人が行くのは極楽浄土(西方浄土)であります。そこんところ、間違えないように。

(ほとんどが、とか大半が、とか書きましたけど、地獄行きという選択肢もありますわな。西洋、東洋問わず。)

さて、先週末の13日の金曜日は、お友達のお家のリフォームお披露目の宴会でありました。ご招待いただいたので行ってまいりました。快適な空間に仕上がっておりました。いいないいな。

お友達の家には電車に乗って行きます。わたくし、近頃暗くなってからお出かけすることはあまりないので気がつかなかったのですが、地元駅の駅前広場がネズミランドもどきのイルミネーションでピカピカになってました。

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はあ〜っ、確か去年は何もなかった筈。この景気の悪い時に電気代のかかるイルミネーションですか。
(景気が悪いからこそ、「いっちょうぱーっとやるか」のイルミネーションですか。)

思えば、今年のハロウィンは地味でしたなあ(わたくしの気がつく範囲では)。

どてかぼちゃのお化けランタンでは、やはり日本人の心をつかみきれなかったのでせうか。いっそ、おたんこなすの提灯にすればよかったかも。あるいはカンピョウのヒョットコお面とか。

それにしても夕暮れは、派手派手をねらっても物悲しくうら寂しい。
↓関係ないけど、しばらく前の仕事場からの夕暮れ風景です。

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2009年11月13日 (金)

いろいろ壊れます

ものごとがいろいろ上手くいっていない時にはいろいろ物が壊れる(特に電気製品)と聞いた事があります。

わたくしの人生が上手くいっているかいないか、極めて主観的な話題ですので今は触れたくありません。

が、機械類がこのところ不調続きです。

自宅のiMac G3 OSX 10.4のメール受信ができなくなりました。

しばらく前からインターネットも、もっさりしてなかなか繋がらず、定番のPRAMクリアとかアクセス権の修復とかサファリのリセットとか頻繁に繰り返してなんとかしのいできたのですが、ある日から全く繋がらなくなりました。

すぐ隣のiMac G3 OS8.6がばりばり元気にメールもネットもこなしますので、これは絶対 OS 10.4マシンが原因に違いありません。けど手は尽くしましたし、残されているのは再インストール・・・

(考えただけで気が遠くなります。データをバックアップして、まっさらにして各種アップデートをして、諸々のソフトも再インストールなんて)

おっと、その前に一つだけ手がありました。電源を引っこ抜いてしばらく放置するというもの。試してみませう・・・

で、電源を入れましたら、iMacの日付が思いっきり狂っていました。1970年ですとぉ。

これで原因がはっきりしました。内蔵電池が消耗しちゃっておかしくなっているのです(絶対そうだ)。

という訳で某ヨドバシに出向きまして買ってきました。1130円もしますが仕方ない。

で、交換しました。というと簡単そうですが、appleさんはユーザー自身の電池の交換を認めていません(らしいです)。自分で交換すると保証外だとか・・・

しかし、わたくしは、古いiMacの電池を交換したことがあります。大変だったけど、できない作業ではありません。その前のボンダイブルーiMacの、配線まで外したり手が滑ってCDドライブをぶら下げちまったりしたメモリ増設に比べれば楽なもんでしたし。今度のOSX iMacはその後のマシンだからもっと楽なはず・・・

しかしメーカーの推奨していない作業ですから、ヘルプに当っても方法が出てきません。かくなる上は、とネットで探します。当該機種名をいれてと・・・ありました。カバー外すのが結構大変みたい(その前の機種の時も外すのが一大事でした)

うだうだ言っててもしかたない、やるべ。

で、思いがけない発見。裏のメモリ増設用のカバーを外したところで(このカバーはコインで簡単に外れるようになってます)、奥のほうに問題の電池が見えました。おほほ、手の大きい人なら無理ですけど、全て小型にできてるわたくしの細い手と指なら、何とか隙間を縫って電池に手が届きます。よいしょ・・・ほほほ、外れましたことよ、ほほほ、新しいのを差し込みますことよ。へ、プラスはどっちだったっけな・・・

かすかな記憶を頼りにねじ込んで蓋してじゃーん再起動。無事でした。これで一件落着かと思いきや、メールもネットも改善しやしません。えーん、電池も切れてたけど、本当の原因は別ですかい、再インストールですかい、と暗くなりかけました。

なんとか方法はないかと、ネット検索すべく OS8.6 iMacを立ち上げたら、げっメールもネットもダメ。伝染したか・・・んな訳ありません。いくらLANで繋いでいるからといって。さあて、どうする。

考えられるのは、
1)ルーターモデムの故障、
2)スイッチングハブの故障、
3)たまたまその時プロバイダがお手上げになっていた。

3)はありえないでしょう(と思うことにした)。
1)2)は先日来再起動をかけているのに治らない。

モデムからあたりましょうか。そういえば初期化スイッチだかボタンだかついているし・・・と初期化しかけて、初期化したら自分で再設定しなければならないことを思い出し、ちょい待てよ。

スイッチングハブから当ろう・・・結果からいうと正解でした。モデムから直接LANケーブルを引っ張ってきてOSX iMacに繋ぎました。すんごい快調です。ハブの接続を戻すと、今までと違うポートに繋いでもまるでダメ。

すいすい繋がるネットで調べたら、スイッチングハブの寿命は案外短いことが判明。即、某ヨドバシに走り、新しいのを買ってきました。結果、ここ暫くのネット渋滞が嘘のようにすいすい繋がります。未だにADSLですが電話局の近くでもあり、かなりのスピードがでます。光なんぞいらんわい・・・

左:今回買ったのと同じ電池。以前別のiMacの電池交換をした時に外したものを物好きにも保管していました。イスラエル製。
右:今度のマシンから外した電池。おフランス製ざます。

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ところで、他にもいろいろなマシントラブルがあるのですが、また別の日に・・・

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どこまで続く突発性難聴

前回10月26日の不調はどうしたかというとですね、3日後に跡形もなく治まっちゃいました。まったくどういうことざましょ。

まだ薬を止めるわけにはいかないようで、11月4日にメチコバール30日分を処方してもらいました。受診時は異常なしということで聴力検査はなし。

このまま調子よければ、年内で薬を止めようかな・・・と思ったのですが、5日ほど前からまた「朝起きたらなんか耳が変」状態になり、一昨日は左が少々聞こえが悪かったです。ひえ〜、と思ったのですが、今朝は異常なし。ますますなんだか判らないです。

とりあえずは、疲れないように(難しい)ぐっすり眠るように(これも難しい)ストレスを溜めないように(これだって難しい)アルコールは飲まないように(これは簡単だけど本日飲み会・・・ウーロン茶で酔っぱらいましょうかね)・・・

それはそうと、今年の健診の結果を聞きに行きましたら、見事LDLコレステロール値が下がってまして、結果どこも悪くありません、の健康優良児みたくなりました。

昨年のお医者さんの忠告を振り払って卵を食べまくったのですが、これって卵とコレステロールの関係改善のデータになるかしらん。そう言えば、耳が不調になる時は卵が切れている時期と一致しているみたいな・・・(気がするだけかもしれません)

そろそろ違う病名を言ってくれないかな、と思いつつも、耳の不調とのつきあいに慣れてきちゃって、このままメチコバールを飲み続けるのも悪くないかなとか思っちゃったりして・・・

ビタミンB12(メチコバール)欠乏は認知症の原因とかいう説もあることですし・・・

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2009年11月11日 (水)

なくしもの

5月に、ワイワイが置いて行った荷物を整理していたら、大昔に作ったチビ人形が出てきました。当時、軍手で人形を作るのが流行っていて、わたくしもいくつか作りました。

手の部分を顔と胴体にして、指で両手と両足を作ります。すると、親指が余ります。普通捨てるのでしょうが、当時からなんであれ「捨てるのはイヤ」な性格でしたので、小さな人形を作ってしまいました。それから随分と長い間、数回の引越の際に無くなりもせずよく付いてきたものです。

5月に少々汚れているのが気になって、台所のコップで洗剤のお風呂に入れて綺麗に洗ってテーブルの上で乾かしました・・・

気がつくと、その後の記憶がぷっつん。それきり行方不明になってしまいました。なんだか、とても寂しい気分です。ばあ様も手の届かないところに行ってしまったし・・・

心当たりをあちこち探しましたが見つからず、ばあ様のお供をしたのかと思いかけたある日、ふと棚を見たらお人形の膝にちょこんと座っていました。何度も何度も見ていたお人形なのに、その日までちっとも気がつきませんでした。

そんなところにある筈がないと思い込んでいる時は目の前のものが見えないんですねえ。

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ついでに言うと、人間の記憶もあてにならないものですねえ。行方を知らないか、とワイワイに描いて送った図と結構違います。

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ともあれ、なくしたと思ったものが出てくるのは嬉しいことです。

ばあ様は晩年よく探し物をしていました。わたくしが見つけたりすると、本当にホッとした様子で、時には「ああ嬉しいよお」とか言ってました。その気持ち、今ならよく判ります。年を取るといろいろと大変だということも。

ばあ様の入院騒ぎの時、わたくしが何年も前から愛用しているマイペットボトル(ホット用の少し分厚く蓋が大きいタイプ。今時売ってません)が無くなりました。わたくし以外には中身のなくなったゴミでしかないので捨てられたのです。たかがペットボトルですが、寂しい・・・

葬式の終わった後、実家の裏手に回った時、大量のペットボトルがバケツに入っているのを見つけました。もしかして・・・

あったよ〜 

たかがペットボトルなのに懐かしい気持ちで一杯。

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2009年11月 7日 (土)

中庭の小さな世界

久しぶりに中庭を覗きました。
人間界のばたばたとは関係なく季節はすぎていきます。

庭一面に広がったこの花の名前は何でしょう。

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ばたばたバッタ君。焦る様子なし。

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枯れ花も満開の賑わい。

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なんだかな・・・

月が変わってしまいました。10月はあっという間に過ぎたのに、10月初めにばあ様を救急車で入院させたのが遥かな昔のことのような気もします。

10月の3日には一緒に近所を散歩しました。辛そうでしたが。晩ご飯は里芋の揚げたのをちゃんと自分で食べていました。その夜は珍しく熟睡して、翌朝8時になっても寝ていました。

雨戸を開けたら起きて来て、普通に見えました。でも、ご飯が食べられませんでした。おかゆなのに「固くて食べられない」と何度も言って。

病院にいくために入れ歯を外して口をすすいで貰ったら、食べたものが全部口に溜まっていました。

結局、前日の里芋がこの世の最後の食事になりました。

入院中、初めは「ご飯まだですか」と催促して(でも口からは水さえ摂取禁止)いたのに、結局、点滴と経鼻栄養だけで・・・

先週末はまた実家に行ってきました。人間が一人亡くなると、残された者にはいろいろとすることがあります。そういう用事で忙しいことはいいことです。余計な感傷をつつきまわさずにすみます。

少々お片づけをして参りました。といっても四十九日前なので、盛大にものを捨てるようなことはいたしません。こっちのものをあっちにおいてあっちのものをこっちにおいてカバーをかけて・・・と根本的に質量のプラスマイナスのない移動だけ。

いろいろと捨てられないものがあります。思えば5年前のじい様逝去の際はモノに執着がないばあ様が「こんなものいらん」と豪勢にじいの遺品をさっさと処分しますもので、それはちょっとどうかと・・・みたいに思っておりましたが、今となってはあの時ばあ様が躊躇なく捨ててくれたもので助かりました。二人分の遺品整理なんて、考えただけでくらくらする・・・

片付けながら、これでもう実家は「帰る家」ではなくなったなあ、と実感いたしました。こうやって人間は故郷と縁が切れて行くのですね。

ちょっと落ち着いたのも事実です。田舎に帰るたびに悩まされた不眠症は消え失せた気がします。以前は同じ屋根の下にばあ様が寝ているということだけで眠れなかったのに。いろいろばあ様とシンクロしていた気がします。ひどい風邪を引いたのも一緒、喉になにかつかえている気(ストレス球)がしたのも一緒、片方が怒ればもう片方が爆発して・・・

離れて暮らしていたせいで、亡くなった顔もみているのに葬式もしたのに、亡くなったという実感がちょい薄いです。実家の玄関を開けると、ばあ様がぶつぶつ言いながらいそうな気がして。

ばあ様のぶつぶつは本当にうるさくてうざかったけれど、こんな結末になるとわかっていたら子守唄のように聴いたかもしれません。

凡人たるわたくしは、ばあ様の言葉通りに今更ながら親不孝を悔いています。それなのに、「よくみてあげたから、悔いはないでしょう」と慰められて・・・

「死んでから、あんなことをするんじゃなかった、かわいそうなことをしたと思うようになるぞ」

と、ばあ様は切れ上がったわたくしに言ったのです。今更ながらに、言霊の効き目ばっちりこ。

お線香をあげに来て下さった方が言いました。みんな後悔している。親にやさしく出来なかった分は他人にやさしく返せばいい、と。

帰りの電車で乗り合わせた母娘二人連れの老親の方が心配性らしく、降りられないと困る、とだいぶ前から降車のしたくをしようとするのを娘が「まだ早いから」と止めるのが、過度の心配性だったばあ様の姿とダブり、ついつい「大丈夫ですよ、降りられますよ」と繰り返して口をはさんでしまいました。

人間、年を取ると誰もが同じように「なんだかわからないけど困る」不安を抱えて生きているのですね・・・

ばあ様の葬儀の花輪の菊がまだ元気です。

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